忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

アンタッチャブルの盗み方(漫才師ではなく)

2012年06月18日 | 過去記事

    




年に何回か健康診断がある。私は知らなかったが、最近の健康診断は「職場は楽しいですか?」とか「ストレスを感じていますか?」みたいな設問もしてくる。休憩時間は少ないと感じますか?いいえ。自分で無理をしていると感じますか?いいえ。仕事に来るのが嫌になったりしますか?いいえ。ということで、私に対する診断は、たぶん、楽しくない。

身体測定が楽しい。体重は無論だが、41歳になっても身長が伸びたり縮んだりする。体力測定もある。背筋力や握力はもちろん、体の柔軟さを調べたり、タッピングと呼ばれる、なんか、指を連続でとんとんするテストもあった。平均は30秒で100回程度、ということなので頑張ってみると、両手とも160回を超えて褒められたりする。チャレンジャー求む。

今回の測定。とくにメシ喰って寝てるだけだったが、体全体の筋力がアップしていた。やはり「体を動かす仕事」というのはよろしい。パチンコ屋時代の私を知っている人は想像して欲しいが、いま、この私が4階や5階まで階段を駆け上がり、且つ、息もキレてな~いのである。いままでどれほどのアレだったのか、と顧みるに、なんとも嬉しくなってくる。以前の私はコンビニに行くにも工作員を走らせていたが、なんと、いまは自分で歩いて行くのである!!!(当たり前)

ということで、逆立ちをして歩いてみる。心配無用、体重はまだ、ちゃんと100キロキープだ。おおぉ!!歩ける!!歩けるぞ!!(普通)

職場の兄ちゃん。30代前半だが、これがテニスやってました、とのことらしく、運動神経もよろしいと評判であった。しかし、出来ない。壁に向かって逆立ちも出来ない。お尻はそんなに大きくない。別の20代の兄ちゃん。私が片手で前転すると仰天していた。彼は側転も満足にできない。調子に乗った私が2段蹴りから後ろ回し蹴り、そして伝家の宝刀であるハイキックを中空に繰り出し、そのままの笑顔で「燃えよ!デブゴン!2!!」と言ったら誰も知らなかった。私は急にサモハン・キンポーに会いたくなって「スパルタンX」か「五福星」をレンタルしようかと思った。「香港国際警察」は倅が録画を忘れた。殺した。

先日、職員ではなく、利用者のジジババの身体測定もあった。握力などは測らないが体重は計る。総勢70名以上のジジババが医務室めがけてやってくる。ゾンビ映画のひとコマだ。

それはともかく、この過半が車椅子だ。これがまた全部、同じ形がない。大きさも違う、ということで、一台の車椅子を使い回す。つまり、大量のジジババを乗せ換える必要がある。これを「移乗」というが、貴重な男性職員はみんな逃げる。知らぬ顔してどこかに行く。だから私が捕まる。私は周囲の迷惑はともかく、汗をかくのが嫌いでもないし、ナースさんが「ありがと(はぁと)」とか言ってくれるから苦にもならず、順番にジジババをほいほい動かして体重を計る。もちろん、体重が増えたジジババにはおめでとうございます、残念ながら減ったジジババには、次は頑張ってね、というサービストークも忘れない。

ゴミが大量に出る。でかいゴミ袋が十数袋になる。中身は察しの通り、オムツと汚物のファミリーセットだ。コレが重くて臭いのは周知だが、これがまた、ゴミ捨て場が近くなく、途中、勾配の強い坂道もある。言うまでもなく、女性職員は難儀する。しかし、こればかりは「交代制」になっている。みんなが嫌だ嫌だいう仕事はそうなる。「平等」の成し得る業だが、つまり、これはさすがに「頼み難い」わけだ。だから私はさらっと、しれっとやっておく。世の中は平等で成り立たない部分がある。ここは「公平」の出番、せっかく男がいるんだから、と値打ちをこいてやっておく。やったあとで、その日の「ゴミ捨て当番」の職員が慌てたふりで「あ!ありがとうございます」とか言うことになっている。

巨大な台車にゴミ袋を大量に載せる。それでいよいよ、最大の難関「坂道」に差しかかる。基本的には下りなのだが、そこは田舎の山の中、舗装道路もガタガタで波を打つ。私はその道を「必要な公共事業はヤル方向で」とか言いながら台車を押す。あのちょっと凹んだ部分、そこに台車の右の車輪を合わせる。すると難なく進行方向を修正できる。ここまでは右手に力を、この部分だけは左手に・・・などとコツも掴んでくる。

機嫌良く仕事をしていると、医務室の前で呼び止められる。何事かと思ったら、なにやら試供品の栄養ドリンクなどを手渡される。「内緒ね(はぁと)」ということだ。また、女性職員が冷たいお茶を持ってきてくれたり、缶コーラを買ってきてくれたりもある。つまり、こういう見返りもちゃんとある(ある)。虐められたり、嫌われたりもない(たぶん)。

とあるヒマな日。私はとある利用者の通院のため、施設のワンボックスカーで外出していた。その日は例の「身体測定」というか「体重測定の日」だった。私が病院から戻ると、フロアでは看護師の女性と女性の介護職員が奮闘していた。コレは大変かどうか、よりも危険がある。「その道のプロ」とはいえ疲労してくると、想定していない事故も発生する。ならば体力のある男性がやったほうがなにかと安全だとわかる。

男性職員はいた。2名いた。しかし、明らかな「オレはイヤだ」という態度を隠さず、その「誰がやってもよい仕事」に近づかず、絶妙のバランスで距離を計りながら、なんと、テーブルについて雑談に興じていた。私は戻ってすぐ、いつものように、ああ、わたしがやります、あなたは他の仕事をしてくださいね、ということで代わった。明らかに「助かったぁ~~」という感じだった。

ひと通り終えると、次の仕事になる。しかし、そこで女性職員ら何人かは「(自分らが)やっておくから」と言い出した。誰かが冷たいお茶を持ってきた。「ベランダでタバコでも吸って来て」とか「とりあえずお茶飲んで」と言っていた。中には「シャワーでも浴びてきたら?体、洗ったげようか?」という50代熟女のエロチズムもあった。結構です遠慮しておきますお断りします辞退いたしますと連呼したが、それらは明確に手伝いにも来ない男性職員の兄ちゃんらに対する「あてこすり」だった。

兄ちゃんらはそのあと、こっそり、私に対して「たいへんですねw」と笑った。私も察して「便利くんですから」と笑って返した。「ウマく使われてますね」とも言われた。もうひとりがへらへらと「真似したら?」と言うと「オレは絶対にイヤ!」と強い意思表示があった。要するに「馬鹿にされてる」と思ってるわけだ。ま、どっちでもよろしい。



インドのカースト制度の底が抜けたところに不可触がいる。アンタッチャブルだ。英語では「触ることができない、触ってはいけない」という意味の形容詞になる。ガンジーはこのアンタッチャブルのことを「ハリジャン」と称した。「ハリジャン」はヒンズー語で「神の子」となる。ガンジーは「虐げられた人こそ神に近い」という意味で使った。

古き良き昔は今と違い、例えば給食費が払えない家の子供は給食が喰えなかった。教師も仕方がない、と知っていた。子供らもちゃんと、教師にバレぬよう馬鹿にしたり、虐めたりした。だから給食の時間、その子らは水を飲んで校庭で遊んだ。腹を空かせ、情けない気持ちでキャッチボールした者はプロ野球選手になった。悔し涙を隠しながらサッカーボールを蹴った子はワールドカップに行った。ボロボロの教科書、ノートも鉛筆もない子は地面に文字を書いて学び、学校にも行けない子供は山を越えて谷を越えて、余所の学校の授業を盗み聞きしてノーベル賞を取ったりした。世界にはこのような実例がごまんとある。

いまの日本。なかなか「虐げられる」ことは探しても見つからなくなった。貧乏しても、それを逆手にとって生活保護でマンションのローンを組む賢いのも出てきた。ハリジャンからは遠く離れてしまうことばかりだ。ならばせめて仕事場や学校で「人の嫌がるシゴト」があれば率先するしかない。これはもう、本来、取り合いになるべきだ。職場のゴミを集めて捨てたり、隣の玄関の前を掃除したり、誰がやってるんだろう?の「誰か」になる競争は激しい。日本は古来から、この「誰か」の割合が異常に高い。

これからの社会、世界は「この宝」の取り合い、奪い合い、このドブ掃除は渡さないぜ、頼むから便所掃除させてくれ、という「争い」が熾烈を極める。報酬は金じゃなく、そのカネで買えぬ栄誉なのだから当然だ。私も負けずに貪欲に取りに行く。



2 コメント

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Unknown (あきぼん)
2012-06-22 08:21:06
私の周りにも「1円にもならない」
「体を動かす」「邪魔くさい事」を
「損する」と考えてる人がほとんどですね。

まぁそういう人は
「上手く立ち回ってる」
「自分は人より賢い」と思っている人が
多い気がします。
1円にもならないという事は
損してないんですけどねw

まぁ私は「人は人、自分は自分」と思って
靖国の人たちが喜んでくれる人間に
少しでも近付けるようにと思っとりますw

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Unknown (久代千代太郎)
2012-06-23 13:27:43
>あきぼん さん

いますなぁ。よく「元はとった」とかもいいますが、商売人じゃないんだから、普通の人は「元とっちゃう」とよろしくないと思うんですがね。

お互いに精進いたしましょう。ぼちぼちと。
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