忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

2010.10.29

2010年10月30日 | 過去記事
「今、しばらく続けたい」 引退撤回表明の鳩山前首相

<鳩山由紀夫前首相は28日午前、国会内で開いた自身のグループ「政権公約を実現する会」の会合で、「私の役割があるとするならば、国益に資する立場で、今しばらく頑張っていきたい」と述べた。任期限りで引退せずに議員として活動していく考えを示したものだ。そのうえで「皆さんがこれからの日本を築いていく原動力であるので、私を使っていただいて共にしばらくの間、努力をしていきたい」と理解を求めた>

よく「政治家は結果責任」といわれる。その「結果次第」で教科書に載るような偉人にもなれば、その責任を問われて辞めさせられたりもする“リアルな世界”だったりする。しかしながら、これはとくに「政治家」だけに限った話ではなく、およそ「プロ」と呼ばれる職業においては「条件」ですらある。無論、人気というものを実力に数えることに文句はない。というのも「伴う実力」がない事例とは政治の世界だけの話でもないからだ。

しかしながら、物事には何でも限界というモノがある。私の周囲には阪神ファンが多いが、金本アニキがホームラン40本打たずとも「アニキ―!」という熱いメッセージは変わらない。道端で「数字の6」を見ただけで金本の話になるファンは少なくない。

もちろん、それは「過去の業績」もあろうが、それよりもファン心理とはそういうものだ。阪神ファンは阪神の選手が好きなだけなのである。しかし例えば、そんな阪神ファンを引きつけて止まぬ「超人気投手」がいたとしよう。その投手は毎年0勝なだけではなく、15~20敗はする。出てくるだけで試合をブチ壊す。初回からワンアウトも取れずに暴投を繰り返し、ストライクを取りに行くと例外なくスタンドに放り込まれる。その彼が<私を使っていただいて共にしばらくの間、努力をしていきたい>と言ったとする。

阪神ファンは「阪神タイガースが好き」であるから、ある程度無条件で属する選手を応援する。しかしながら、その願いの中には「阪神タイガースの優勝」という贔屓のチームが「成績を上げる=結果を出す」というものの優先順位が高い。中には「負けてもいい。最下位でもいい」という人がいたとしても、とはいえそれは「勝つより負けたほうが嬉しい」にはならない。あくまでも「負けても嫌いにならない」というファンの覚悟、心理であり、勝負事だから勝ったほうが良いに決まっているし、負けてばかりのチームを可哀そうだと思うのもまたファンの気持ちであろう。そして、そんな大好きな阪神タイガースから去っていく選手がいる。他球団に移ったり、メジャーに行く者はアレとして、最近では久しぶりにもらい泣きした「矢野選手の引退」が記憶に新しい。

矢野選手が引退を決意した理由はいろいろあると思う。記者会見だけが全てじゃないから、それは矢野選手本人にしかわからぬこともあったと思う。しかしながら、明白な事実として「これ以上、選手としてやれない」という現実も動かし難いものがあったと周知である。

あの日、阪神ファンは矢野に感謝して泣いた夜だった。とはいえ、あのまま矢野選手が正捕手として<私の役割があるとするならば、チームに資する立場で、今しばらく頑張っていきたい>とか言っちゃって居座り続けておればどうか。ファンはシーズン最下位決定の夜に「体力に限界を感じながら、よく頑張った!感動した!」と言うだろうか。

「矢野とルーピーを一緒にするな!ごら!」と甲子園球場の方から聞こえてきたからもう止めるが、この鳩山由紀夫という還暦過ぎのガラクタは、自分のことを「大エース」だとでも思っている節がある。周囲からすればもう「先ずはあなた自身のために、ンで、民主党のために、日本のために、いや、すべての政治家という職業の人のためにも止めた方がいい」という声は漏れまくりであるはずだ。「言っていることとやっていることが違う」どころではなく、この御仁は「言っていることと言っていることが違う」というレベルにある。もう危険水域、誰かが止めてやらねばならんレベルなのである。もう還暦を過ぎて3年か4年は過ぎるのだろう。ゆっくりと余生を過ごせばいい。妙な色遣いの絵でも描いてみればいい。着るとおかしいけど、描けば芸術になるかもしれんじゃないか。

プロ野球選手に限らず、およそチームプレイを生業とする「プロスポーツ選手」とは、その引退の原因、真因を問わず、最終的には「チームのために」と述べて辞めていく。周囲からは「まだやれる」と惜しまれながら、いや、事実「やるだけの実力」があっても、成長著しい後進のために身を引く潔さにこそ、日本人には「美徳」と称賛される。その競技結果という記録だけでなく、生き様としての「結果」に対する評価こそが後世の記憶になる。比して、我が身可愛さで無神経に居残る、それも「オレ様が4番だ!」「私こそエースでしょう!」と醜く争うトロとイカの生臭さをみよ。すなわち、民主党のいうチームは「弱い」とか「勝てない」から問題なのではなく、参加するに値する「資格」がないのである。







尖閣ビデオ、全体の一部=仙谷官房長官

< 仙谷由人官房長官は28日午前の参院内閣委員会で、政府が衆院に提出した尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件のビデオ映像について「那覇地検が(全映像の)相当な範囲だと判断して、これなら出していいと(国会に)送った」と述べ、全映像の一部であることを明らかにした。自民党の西田昌司氏が「編集は国権の最高機関の権利を侵害する」と批判したのに対し答えた>

2時間40分の映像を6分弱に編集したらしいが、まるで映画のCMだ。民主党がさっさと公開しないから様々な憶測を呼んでいる。「海保に殉職者が出た」なんてのもあるが、いずれにせよ、民主党のいう「中国漁船から海保の巡視船に対して体当たりしてきた」以上の「何か」が映っていることは言うまでもない。民主党をして「明らかに中国漁船に過失がある」と言わしめるほどの映像であるし、また「それだけ」ならばさっさと公開も出来たはずだ。ま、ともかく、管や仙谷が観たのは編集された6分弱の映像だと言い切るつもりだろう。コレ、いずれは公開される、というか国民の知るところとなるだろう。日本国民の憤りは「民主党でも予想できるほど」のすごいことになるんだろう。

そのとき、このクソ共は「知らなかった。観ていなかった」とできる。そんな阿呆な、というなかれ、この政権のドタマはこんなもんである。言われているように、もしかしなくても「中国漁船が海保隊員を海に突き落として船で轢こうとした」くらいのことはあったんだろう。日本の国民が「よくぞまあ、貴様ら、この映像を見て、あんな対応が出来たな?」と民主党のドタマを吊るすとき、こいつらはまた、それを検察などの所為にするつもりだ。







中国が巡視船36隻を追加投入へ 尖閣など海域権益の確保狙う


< 28日付の中国英字紙、チャイナ・デーリーによると、中国国家海洋局幹部は、管轄海域での取り締まりを強化するため、巡視船36隻をパトロール部隊に追加投入する計画を明らかにした。

 中国が領有権を主張する沖縄県・尖閣諸島付近の海域や、ベトナムなどと領有権を争っている南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島周辺の海域の権益を確保する狙いとみられる。

 同紙によると、36隻のうち7隻が1500トン、15隻が千トン、残りは600トン規模。同紙はいつまでに増強されるのかについては明らかにしていない。

 同局のある幹部は同紙に対し「巡視船の不足は海洋権益を守る国家の能力低下につながる」と述べ、パトロール部隊増強の必要性を訴えた。(共同)>

「弱り目に祟り目」だ。ロシアの大統領も北方領土に上陸すると言い出すのも、支那共産党の便衣兵が日本の領海で追突してくるのも「今しかない」と判断したのだろう。ドイツの詩人ローガウが「戦争につながる平和」を愚かだとしたのは1600年代だが、多くの日本人は周囲に蔓延っていた「ど左翼」を放置していた結果、国を明け渡すか、死んで護るか、を選ばざるを得なくなった。その要因を作った世代はもう「殺すことも殺されることもない」から呑気なものだが、いま、健やかに育っている子や孫を持つ世代にとっては迷惑では済まないレベルにある。それでもローガウは「希望とは杖、忍耐とは旅の着物」だとも言っている。「絶望」してしまったり、「あきらめ」てしまったりすれば支那共産党が喜ぶのだと強く心に刻んでおこう。「やれること」はまだヤマテコある。「あ~あぁこりゃダメかもわからんね」を吹っ飛ばそう。民主党はとっくにダメだがね。






中国の私服警官が日本人学生への取材を露骨に妨害 上海万博会場で

<中国漁船衝突事件の影響で延期されていた「日本青年上海万博訪問団」の大学生ら計約680人が28日午前、上海万博の人気パビリオン、中国館を見学した。一行が同館に入場する際、中国の私服警官らが、日本メディアによる写真撮影やインタビュー取材を露骨に妨害、中国側が今回の訪問団の交流活動を可能な限り目立たせないようにする姿勢を明確に示した>


交流したくないなら蹴ればいいのだが、支那の中は混乱気味であるのが通常だから、まあ、歓迎されたりもすれば、捕まって拘留されたりもする。「交流&拘留」である。しかしまあ、好んで支那に行く人は、支那共産党という独裁政党が2010年の現代でも国家として「人質」を取ることもためらわない、と知っておくべきである。



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