久しぶりの名馬物語。
ダービー後ということでダービー馬から選ぼう、ということと、記念すべき10回目ということで、筆者にとっても格別の思い入れのある馬。スペシャルウィークです。
[出生~クラシックへ]
父サンデーサイレンス 母キャンペンガール(母の父マルゼンスキー)
栗東・白井寿昭厩舎 牡・黒鹿毛
スペシャルウィークは、1995年に日高大洋牧場で誕生しました。名馬マルゼンスキーを父に持つキャンペンガールに、リーディングサイアー・サンデーサイレンスが配合され、決して大きいとはいえない牧場の期待を背負い、誕生が待たれていました。ところが母キャンペンガールは出産を前にして容態が悪化。牧場スタッフは「おそらく母馬は助からない、せめて仔馬だけでも・・・」という思いで、陣痛促進剤を投与することを決断しました。
キャンペンガールはお産をした5日後に死亡し、命を授かった黒鹿毛の牡馬は乳母(うば)馬によって乳を与えられ、育てられることになりました。しかも乳母馬はサラブレッドではなく、重種馬でした。さらに乳母馬は気性が荒く、仔馬を近づけようとしなかったため、人の手をかけられ、育てられていきました。
日高大洋牧場から、育成のためノーザンファーム空港牧場に移され、トレーニングが課されていき、素質を認められていくことになりますが、実はこの年のノーザンファーム空港牧場ではもう一頭、ずば抜けた素質を見せ、評判を集めている馬がいました。父シルヴァーホークの美しい栗毛の牡馬は、後にグラスワンダーと名付けられます。
キャンペンガールの仔馬は、臼田浩義オーナーからスペシャルウィークと名付けられ、栗東の白井厩舎に入厩します。デビュー戦を前に、武豊騎手が騎乗した調教の後、白井調教師が声を掛けたそうです。
「ダンスパートナーに似てないか」
ダンスパートナーは白井調教師が管理し、武豊騎手が騎乗してオークスを勝った馬。将来のG1制覇の期待を込めた問いかけです。
その問いかけに、武豊騎手はこう答えたそうです。
「ダンスインザダークに似ています」
ダンスインザダークは武豊騎手が三冠馬になれるのでは、とまで思ったという逸材で、熱発のアクシデントで皐月賞を回避、ダービーは2着に敗れたものの、菊花賞を勝ってその力を示しました。
何より、ダンスパートナーとダンスインザダークは父母が同じ、全姉弟なのです。
陣営がデビュー前からG1制覇を意識していたことは想像に難くないでしょう。
期待通りに新馬戦を勝ちあがったスペシャルウィークは、2戦目の白梅賞で伏兵アサヒクリークに敗れてしまいます。この後、ダービーを意識して共同通信杯への出走も考えられていたそうですが、結局関西のきさらぎ賞に出走することになりました。ここでボールドエンペラーを破って重賞初制覇となるわけですが、結果出走しなかった共同通信杯は悪天候によりダートに変更。ダートで連勝していたエルコンドルパサーが圧勝しましたが、ダートの経験がなかったスペシャルウィークがもし共同通信杯に出走して敗れていたら・・・その後のローテーションは大きく狂っていたかもしれません。
続いて弥生賞でセイウンスカイ、キングヘイローというクラシック候補2頭を破り、一躍クラシックの本命と目されることになります。
一冠目の皐月賞では、試練が訪れます。コース変更で内ラチ沿いに馬場のいい「グリーンベルト」が出現する中で、スペシャルウィークは大外18番からのスタートとなってしまったのです。道中のロスが大きく、セイウンスカイが逃げ切り勝ち。キングヘイローにも後れを取って3着と敗れてしまいました。
それでも、ダービーでは1番人気に押されます。皐月賞の敗因は不利な外枠。3着という結果は「負けてなお強し」と判断されたということでしょう。
武豊騎手は、この時まだダービーは勝ったことがありませんでした。今でこそダービー歴代最多の5勝を誇る武豊騎手ですが、「武豊はダービーだけは勝てない」「七不思議のひとつ」などと言われていたものです。
最大のチャンスと考えられたのが、ダンスインザダークで2着に敗れた96年のダービーでした。武豊騎手が「ダンスインザダークに似ています」と言ったのは「この馬ならダービー馬になれる」という手応えを感じていたのではないでしょうか。
レースは意外な展開となります。内枠から押し出されるような形で、2番人気のキングヘイローが逃げる形に。皐月賞馬で、3番人気のセイウンスカイも好位につけますが、決して遅くないペースでレースが流れていきます。
そんな中スペシャルウィークは後方で脚を溜め、折り合いに専念。直線で鋭く抜け出すと、セイウンスカイらを並ぶ間もなく交わし去ります。そして、武豊騎手がムチを回して持ち替えようとした瞬間・・・!名手・武豊騎手がムチを落としてしまったのです。クルッとムチを回して持ち替える動作など、騎手にとっては当たり前とも言える技術でしたが、この時ばかりはさすがの名手も平常心ではなかったのかもしれません。
幸い、既に大勢は決していたため、スペシャルウィークは後続を5馬身ちぎってゴール!鞍上で喜びを爆発させた武豊騎手は何度も何度もガッツポーズ。「叫びたいぐらい」嬉しい、と語った通り、念願のダービージョッキーになった喜びが溢れる瞬間でした。
[世代の頂点]
スペシャルウィークのダービーでのパフォーマンスは素晴らしく、文句のつけようがないもののように思われました。しかし、「スペシャルウィークが世代の頂点か」という問いかけには、疑問符がつけられるのでした。その理由は当時「外国産馬にダービーの出走権が無かった」からに他なりません。
スペシャルウィークと育成時代でニアミスとなっていたグラスワンダーは、デビューから4連勝で朝日杯を制し、「怪物」と呼ばれていました(朝日杯の後骨折、休養)。
また、共同通信杯でニアミスとなったエルコンドルパサーは、デビューから5連勝でNHKマイルCを制していました。
スペシャルウィークにとっては、ダービーを制しても彼らを倒さない限り、真の世代No.1とは認められないつらさがあったのです。
ところがスペシャルウィークは、秋初戦の京都新聞杯でキングヘイローとのマッチレースこそ制したものの、菊花賞ではセイウンスカイの鮮やかな逃げ切りを許してしまいます。
続いて中2週でジャパンCに出走しますが、勝ったのはエルコンドルパサー。エアグルーヴにも後れを取って3着に敗れてしまいます。
スペシャルウィークは年内は休養して立て直すことになりますが、スキップした有馬記念ではグラスワンダーが復活勝利。
古馬との混合G1を勝ったエルコンドルパサー、グラスワンダーに、二冠を制したセイウンスカイ。スペシャルウィークにとっては、「倒すべき相手」が山積み状態だったわけです。
[古馬としての充実と苦悩]
アメリカジョッキークラブCを楽勝し、春の天皇賞を目標に阪神大賞典に向かったスペシャルウィークは、先輩のG1馬であるメジロブライトと対決することになります。得意とは思えない重い馬場でしたが、早めに抜け出したスペシャルウィークはメジロブライトを完封。天皇賞でも1番人気に押されます。
前年の天皇賞馬であるメジロブライトと、菊花賞で後塵を拝したセイウンスカイ。レースは菊花賞での反省を活かして、セイウンスカイを射程圏に入れ、阪神大賞典と同様にメジロブライトを完封する、という横綱相撲で勝利します。
年明け3連勝で前途洋々に見えたこの勝利ですが、実は落とし穴が潜んでもいました。先行策を取るようになってから、スペシャルウィークは折り合いに不安を抱えるようになったのです。
一方、エルコンドルパサーはジャパンC制覇の後、ヨーロッパへ長期遠征に出ていました。イスパーン賞2着の後サンクルー大賞を勝ち、秋には凱旋門賞への挑戦が計画されました。
グラスワンダーは京王杯SCを圧勝し、安田記念ではエアジハードに惜敗していました。
宝塚記念はスペシャルウィークとグラスワンダーの2強対決で盛り上がることになります。しかし年明け3連勝のスペシャルウィークと、安田記念でエアジハードに敗れているグラスワンダーの下馬評は、「スペシャルウィーク優勢」と見る向きが多かったように思います。
また、スペシャルウィークは秋に凱旋門賞に挑戦するプランが持ち上がっていました。宝塚記念はその「壮行レース」という位置づけでもありました。
レースは道中スペシャルウィークがやや掛かり気味に先行し、先に抜け出します。グラスワンダーはその後をついて、直線で末脚爆発。メジロブライトらを完封したスペシャルウィークのスパートさえ打ち砕く、グラスワンダーの真骨頂ともいえる走りです。
3着のステイゴールド以下は7馬身離しましたが、スペシャルウィークにとってはプライドを砕かれるような完敗となりました。
この結果、スペシャルウィークの海外遠征は白紙、秋は国内専念となりました。
ヨーロッパに長期遠征したエルコンドルパサーは前哨戦のフォア賞を快勝し、凱旋門賞でモンジューとの壮絶なマッチレースの末、2着。日本競馬界にとっては、凱旋門賞を勝てはしなかったものの、とてつもなく大きなニュースとなりました。さらにレース後には勝ったモンジューがジャパンCに遠征することも発表され、日本のファンは大いに盛り上がりました。
凱旋門賞の1週間後、スペシャルウィークは京都大賞典、グラスワンダーは毎日王冠と、同じ日に東西に分かれて始動しました。JC、有馬でモンジューやエルコンドルパサーとの対決を夢見るファンは固唾を飲んで始動戦を見守りました。
ところがグラスワンダーはメイショウオウドウ相手に写真判定に追い込まれ、ハナ差で辛勝。スペシャルウィークは生涯初の着外に沈む惨敗を喫してしまいます。
さらに、次走の秋の天皇賞は「ステイヤーにとって鬼門」と言われ、京都大賞典からのステップは不利という声も聞かれ、スペシャルウィークにとって逆風となりました。また、この頃からズブさが出てきたスペシャルウィークは、調教で1勝馬に先着を許してしまいます。
おまけに当日の馬体重はマイナス16キロ。評価は急落し、単勝4番人気となってしまいます。
「スペシャルウィークは終わった」という声も囁かれ、当時公にはなっていませんでしたが、すでに種牡馬入りが決まっているため、価値を下げないよう、ここでも惨敗するようだと秋2戦を待たずに引退、という声も出ました。
[復活、そして最後の対決へ]
実はレース前のマイナス体重は、陣営の考えがありました。スペシャルウィークは元来細身の体型で、ベスト体重はダービー優勝時の468キロ前後ではないかと考えられていました。京都大賞典の馬体重は486キロ。一般的には古馬になると馬体重が増加することが良いとされますが、スペシャルウィークにはそれは当てはまらないのでは、という判断だったようです。
武豊騎手にも「秘策」がありました。古馬になってから、先行して押し切る競馬で結果を出してきていたわけですが、春の天皇賞の頃から引っ掛かる心配が出てきていて、集中力が最後まで保てないという問題がありました。
そこで選択したのがこの戦法。直線の長い東京競馬場、先行馬が揃い、ペースが速くなることも含めて、直線勝負にかける競馬にガラリと変えてみせました。
ジャパンCを目指していた同世代のライバル・グラスワンダーは筋肉痛を発症し回避。有馬記念に目標を切り替えます。
エルコンドルパサーは結局凱旋門賞の2着を最後に引退。ジャパンCには出走せず、ジャパンカップ当日の昼休みに引退式が行われました。
その一方でジャパンカップにはエルコンドルパサーを破って凱旋門賞を制したフランス調教馬のモンジューが参戦し、スペシャルウィークは迎え撃つ「日本総大将」という位置付けに見立てられました。
スペシャルウィークは前走同様、前半は折り合いに専念して進めます。武豊騎手は「道中手綱プラプラで行ければ最後は切れる」というスペシャルウィークの特徴を把握し(動画5:40頃、プラプラですね)、直線入口で他馬を一気に置き去りにし、最後までしっかり脚を使って完勝の内容。
再戦が叶わなかったエルコンドルパサーを、海の向こうで破ったモンジューが来日し、ホームではありますが撃破してみせたスペシャルウィーク。
そして、ラストランとなる有馬記念で「宿敵」グラスワンダーと最後の対決に臨むことになります。
さて、その昔、「競馬の神様」と呼ばれた大川慶次郎さんという競馬評論家がおられました。「展開」の概念を生み出し、全レースのパーフェクト予想なんかも達成されてる凄い方ですが、昔気質で独特の信念を持っておられたことでも知られていました。
有名なところでは、オグリキャップの引退レースとなった有馬記念では、「オグリキャップはピークを過ぎた」という見解を示していました。ところがご存知の通りオグリキャップは感動の復活勝利。「私なんかは一番にオグリキャップに謝らなければいけない」と語られたそうです。
そして、スペシャルウィークについても天皇賞の前の時点で「ピークを過ぎたのでは」という見解。「別冊宝島20世紀名馬大全」の記事では、オグリキャップのような復活勝利を遂げたスペシャルウィークについて「グラスワンダーとの対決が本当に楽しみ」と書かれていました。
しかし大川慶次郎さんは有馬記念の5日前に他界。残念ながら2頭の最後の対決を見ることは叶いませんでした。
スペシャルウィークが、「秋のG1・3連勝」という前人未到の記録を成し遂げてラストランを飾るのか、グラスワンダーが宝塚記念に続いて、返り討ちにするのか。
はたまた菊花賞馬ナリタトップロード、皐月賞馬テイエムオペラオー、天皇賞馬メジロブライトらが食い込むのか・・・
2番枠を引いたスペシャルウィークは、直線の短い中山競馬場に変わることもあって、直線勝負はできないのではないか、と思われてもいました(某雑誌予想家は「武豊は逃げると思っていた」などと発言)が、武豊騎手が選択したのは最後方からのレースでした。
これはグラスワンダーの的場騎手は「宝塚記念とはポジションが逆になるんじゃないかと思っていた」としていて、事前に予想していたようです。
展開は超スローで団子状態のレース。グラス・スペシャルは後方で、3~4コーナーから一気にペースアップする形。グラスワンダーが物凄い手応えでまくり、スペシャルウィークもその直後から急追。ツルマルツヨシが抜けたところをテイエムオペラオーが一気に差し込んできた瞬間、大外からグラスワンダーとスペシャルウィークが一気に交わし去って、鼻面を並べてゴール・・・!
勢いは完全にスペシャルウィーク。
武豊騎手は勝ったと思い、的場騎手は負けたと思ったそうです。それもそのはず、ゴール直前でスペシャルウィークの鼻はグラスワンダーよりも前に出ています。そしてゴール板を過ぎたところで馬体が完全に入れ替わります。
武豊騎手は際どいながらも、控えめにウイニングランをします。場内も大歓声で迎えます。
しかし、写真判定の結果は、わずか4センチ差でグラスワンダーが1着!ゴール前後の判定写真では、ゴールの直前でも直後でもスペシャルウィークの方が前に出ていましたが、ゴールの瞬間だけグラスワンダーが踏ん張り切っていたのです。
武豊騎手は「競馬に勝って勝負に負けた感じ。馬を褒めてやって下さい」と語りました。
武豊騎手の夢を叶え、様々なライバルとの名勝負を繰り広げたスペシャルウィークは、まさに「主人公」なキャラクター。筆者にとっても未だに特別な思い入れのある馬です。
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