幾つになってもこの日は忘れない。1995年の手帳にはこう書いてある。5:46兵庫県南部地震M7.2出張中止。
1/17から吹田市豊津町の江坂東急インに3泊、1/18から1/20日まで、銀行の事務集中部江坂センターに出張の予定だった。
テレビに映し出される被災状況は惨憺たるもので、もしも神戸に出張していたらと、ゾッとするような恐怖感に襲われた記憶がある。
吹田では大きなコンピューターが床を這っていた程度で、大きな被害はなかったが、神戸支店のビルは1階部分が壊れて営業できる状態ではなかった。
その後、2004年には新潟県中越地震、2011年には東日本大震災、2016年には熊本大地震と大規模な災害が続く。未だに仮設住宅に住まわざるを得ない被災者も多い。
つい先日のテレビで知ったが、神戸市では住民の4割が震災体験がないという。22年という歳月がそんなに長いとは思わないが、当時の高齢者は当然亡くなった人もいるし、進学、就職で転出する人も多いから当然かもしれない。
2日前に、地元6町会合同で、防災拠点の避難訓練が行われた。自治会の顧問と防災委員会のメンバーでもある私は、毎年カミサンと参加しているが、わが町だけでも1000世帯あるのに、参加者は2割にも満たない。
もしもに備えて、3日分の水、食料を自宅に備蓄するよう指導を受けているが、もう一度見直して不足があれば、補充を急がねばならない。今回の訓練で横浜市の水道局が、従来よりも量が多く(350ml→500ml)、5年から7年へと長持ちする飲料水の缶詰の販売を始めたという。早速注文することにしたが、大地震がこないよう天に祈るばかりである。
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