複雑さを生きる(岩波書店 2006)を読んだ。
「複雑さ」についてのお話は、昔から好きで、
仏教の因果ネットワーク論や、ヴィーコの哲学、
フロイトの無意識論やユングの元型論、
一般システム論、自己組織化システム論、
非線形システム論、発生システム論、脳神経システム論、
認知システム論、ツボや経絡のシステム、
ネットワーク社会論、生態系システム論、
暗黙知、アフォーダンス、マルチエージェントシステム、鏡の背面、
心の社会、精神の生態系、アンチ・エディプスやリゾーム、千のプラトー、
最近では、オートポイエーシス、カオス、複雑系、身体性、・・・
などなど、ひととおりは読み散らかしてきた。
そんな中でも、とてもわかりやすくて、かなり良い本だと思う。
まず、宮沢賢治の春と修羅の冒頭の引用から始まっているところで、
既にして個人的にはツボにはまっている。
そして、その次に、これまた個人的には大好きな
ベイトソンが来れば、もう言うことはない。
この解説がまた、とてもわかりやすくて、正確だ。
複雑さを、魔術化、オカルト化していないところもいい。
ちょっと「ハラスメント」にこだわりすぎている、というか、
その部分で、議論のやわらかさが失われている感じもするのだが、
でも、この「ハラスメント」という概念は、かなり有効だと思う。
それが「相手に対する学習の欠如」に帰着されるのかどうかは、
ちょっと怪しい匂いがするにしても。
孫子の兵法や、リデル=ハートの戦略論も、
知らなかったので勉強になった。
「善く将たる者は、人を形(あらわ)して形(あらわ)すこと无し」
「迂を以って直と為し、患いを以って利と為す」
などという孫子の言葉を見ると、
羽生さんの、型にはまらず、戦型を選ばない戦い方や、
曲線的といわれる手筋も、こういうところと響きあっているのかも、
などと思う。羽生さんが孫子を読んでいたとしても、
不思議はないわけだし。
「はじめに」の中のメッセージ(一部改変)
われわれ人間ひとりひとりの心身には、
とても高い計算能力がそなわっており、
その力を活用することで、複雑な世界を生きることができる。
その創造的な力の作動を恐れ、線形で分断された因果や、
外から与えられる単純な規範にとらわれ、
短視野で直接的な目標の達成をめざすことは、
結局のところ事態を悪化させることが多い。
複雑な世界の中で、ものごとをうまく進めるためには、
現象の文脈を形作っている広い範囲の状況を視野に入れ、
無意識的な学習能力を活性化しながら、
対象世界に対する間接的かつ動的な働きかけを
継続しなければならない。
そのために必要な力があなたには必ずそなわっている。
このような人間の持つ価値についての確信が、
精神世界や宗教世界への没入や、身体的鍛錬によってではなく、
数理的・科学的な考察から導出されるという点が
複雑系科学の新しさだと私は考えている。
「おわりに」の中のメッセージ
複雑さを生きるためにわれわれは、
頭で考える前に感じなければならない。
その感覚を信じぬいた上で考えねばならない。
そうすることではじめて「わたくし」たちは、
いかにもたしかにともりつづけることができるのである。
どちらも、美しい文章だと思う。
テニスにも通じるなぁ・・・
ちょっと値段が高いのが玉に瑕ですが、お勧めだと思います。
この調子で、愛とか、幸福についても論じて欲しいです。
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