小説のほうも読み返している。
「日の名残り」と、その前作である
「浮世の画家(An Artist of the Floating World)」
とは関係が深いと言われている。
「浮世の画家」は日本が舞台、
「日の名残り」はイギリスが舞台だが、
どちらも、もっとも粗く言えば、
戦争を経た大きな価値観の変動の中での
人間の在り方を描いていると言えるだろう。
太陽が沈んだ後の夕暮れ、たそがれどき。
価値観が混迷し、アイデンティティが崩れる時間。
「誰そ彼(たそかれ)と われをな問ひそ
九月(ながつき)の 露に濡れつつ君待つ我そ」
それはまた、日常の規則・規範や
制約から解き放たれるつかの間の自由でもあり、
明日への再生のための時間でもあるだろう
(再生、といっても、希望に満ちたものではなく、
ある種の諦めに満ちたものだが)。
この題名は、元々は、フロイトの精神分析の用語で、
一日の名残りとして、それを補完するもの、
自我に抑制された無意識の現れとして視る夢、
という意味もあるらしい。
以前にも書いているが、
広くは、ヨーロッパ、あるいは、
大英帝国貴族階級の精神とそれを象徴する
ダーリントン卿の人生や、ダーリントンハウスの日の名残り(西洋の没落?)、
スティーブンス、そしてミス・ケントンの人生の日の名残りと再生。
そして、美しいイギリスの夕暮れの風景、
が重畳的に響きあっている。
しっかりとしたテーマが背景にあり、
緻密な舞台設定と構成があり、
そして、文章、語りが、切なく、美しくて、怪しい。
3拍子揃った素敵な作品、マスターピースだ。
小説に限らないが、こういう作品を
作りたいものだ、と何度読んでも思うのだなぁ。
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