太古の世界 〜マニアックな古生物を求めて〜

恐竜は好きか? 恐竜以外の古生物もか?
マニアックな種類を前に情報不足を嘆く心の準備はOK?

今見直す、恐竜ドキュメンタリー 恐竜超世界 (軽まとめ:獣脚類編)

2021-02-24 17:42:21 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
 めでたく進路の決まった高3の筆者であるが、この頃ちっとも筆は進まない。シリーズ物をほっぽって単発を書くのもお約束である。
というわけで今回は、一昨年2019年に話題(良い意味でも悪い意味でも)となったNHK放送の『恐竜超世界』の(北極パート)に登場した2種類の獣脚類を解説していく。


〘第一章 極北の秀才〙
トロオドン《Troodon》消滅事件について殊更説明するつもりはない。このあたりは『爆笑BAD LAND』や『GET AWAY TRIKE』にお任せしたいからだ ―ひいては筆者が苦手としているからでもある(!?)。
ともかく、北極圏にトロオドン科が生息していた ―しかも(おそらく)全長4m級のゾッとする大きさのが― のは事実であるので、当ブログでは便宜的に“北極トロオドン”と呼ばせてもらいたい。

(オーロラを眺める“北極トロオドン” ©NHK)

 さて、この“北極トロオドン”は作中、木の実を貯金したり(専門用語では貯食行動《Hoarding caching》と呼ばれる)、虫で魚を釣ったり(現生のゴイサギに見られる行動)と、“恐竜界No.1の知性”を余すことなく披露してくれた。
だが残念なことに、そうした行動を“北極トロオドン”が行っていた証拠は無い。何一つない。全く無い(断言)。
 たしかにトロオドン科はじめ獣脚類が大きな脳を持っていたのは事実であるものの(#1)、行動を生で観察でもしない限り、このような生々しい習性を語る事はできない。あくまで想像の産物なのである。弁護するならば、現生のシマリスドングリキツツキはドングリを、ホッキョクギツネはレミングを、カラスはマヨネーズ(!?)を貯食する事が知られている。

(ドングリを貯蔵するドングリキツツキ ↑Wikiメディアより)

というか貯食する動物は多すぎて書ききれない。野生の世界では常識とさえ言えるサバイバルスキルを、かの恐竜が知らなかったとは思いたくない(筆者の願望)。釣りに関してはノーコメント。繰り返しにはなるが、やはり絶滅動物の生活習慣は想像の産物でしかないのだ ―ただし想像は楽しい(笑)。
 とはいえ、トロオドン科の知性の一端を示唆する(かもしれない)報告(#4)がある以上、それを紹介しないで終わるのはもったいないのでそれを紹介しよう。
 …かつてモンゴルはゴビ砂漠から、とある獣脚類の巣の化石が見つかった。大部分は有名なシチパチCitipati》の物であったのだが、たった2つ……別種の雛が混じっていた(#⚫)。かつてヴェロキラプトルの雛とされた(神流町恐竜センターの模型劇が有名)この2匹は、斯々然々を経てビロノサウルス《Byronosaurus》へ分類し直された。もちろんトロオドン科の恐竜だ。

この2匹の雛が如何にしてシチパチの巣に紛れたのかについて、2021年になっても統一的な見解は得られていない。……というか答えはまず見つからないだろう。それを承知で考察するのであれば、可能性は大きく3つに絞られる。1つは『シチパチの親がビロノサウルスの雛を巣に持ち帰った(自分の雛に食わせるため)』可能性だ ―ぶっちゃけ一番可能性が高いのはコレだと思う。オヴィラプトル類が現生鳥類に匹敵するぐらい事細かな子育てをしていた可能性は昔から指摘されている(#2)。

(雛へ小動物を与えるオヴィラプトル類 ©National geographic)

もう1つは『ビロノサウルスの雛がシチパチの巣を襲った』可能性だ ―体格的に無理があるように思えるが、ビロノサウルスの雛には生まれつき鋭い歯が生えていた事は特筆に値する(#3)。

(ビロノサウルスの雛。幼いながら鋭い歯が見える ↑Wikiメディアより)

そして最後……『ビロノサウルスがシチパチの巣へ托卵をしていた』可能性である!?
 托卵と言えばカッコウだろう。このカッコウなる悪辣非道な鳥は、他者に自分の卵を預け、自らは一切の世話をしない。この預け先がベビーシッターであるなら、まだ分からなくもない。だが残念ながら相手は他の小鳥である。押し付けられた親鳥は、我が子がすり替わった事にも気づかず世話をし、やがて巣から丸々としたカッコウの雛が巣立つ。しかも多くの場合、押し付けられた側の雛は死んでしまうというから救われない話である。な〜んて、こういう風に〆たら炎上まっしぐらであろう。托卵は人間からすれば卑怯でしかないが、カッコウからしたら子育てのリスクやコストを抑えられる妙計なのだ。自然界では倫理などクソくらえ!騙されたほうが悪いのだァ!

(↑里親から餌をもらうカッコウの雛 ↑Wikiメディアより)

 …悪役ムーブをかますのは程々にしておこう。なんだか読者から冷ややかな視線を感じるので(;^ω^)。トロオドン科の巣とされる化石は別で見つかっているため、全てのトロオドン科が托卵をしていた訳ではないのだろうが、いずれにしろ托卵の可能性があるだけで興味深い。Nスペでは甲斐甲斐しく世話をしていた“北極トロオドン”のホワイトさんも、ひょっとしたら……此処から先は読者にお任せする。

…以下余談(笑)。
ベルクマンの法則(=寒いとこだと動物がデカくなりやすい)とアレンの法則(=寒いとこだと動物が丸っこくなりやすい)を考えると、しばしば映像化されるシュッとした“北極トロオドン”は、いささか考え直すべき代物だと思う。

(ブログ主がでっち上げた復元。クレジットさえあれば二次使用を許可します)
おそらく口吻はもっと短くても良いのではないだろうか?


〘第ニ章 白い悪魔〙
白い悪魔”……これを聞いて思い浮かべるのはなんだろう? 連邦のガンダムか、それとも狙撃手シモ・ヘイヘか? しかし筆者が思い浮かべるのはどちらでもない。頭の中にはあるのはナヌクサウルスNanuqsaurusただ1種だ。

(↑@harutrex氏より、ナヌクサウルスの復元イラスト)

かつてはアルバートサウルスないし、所属不明のゴルゴサウルスとして解釈されていた ――『恐竜たちの大移動』や『Walking With Dinosaur』(映画版)で確認できる―― が、2014年に独自性が認められ、『白熊トカゲ』の意味を取るナヌクサウルスと名付けられた。とはいえ見つかったナヌクサウルスの化石は、頭部の断片でしかないため、大半の情報は近縁種からの類推となってしまう。

(↑ナヌクサウルスの実骨 Wikiメディアより)

だからナヌクサウルスの生痕化石がどうとか、込み入った話はできない。
 そこで今回の記事では、ナヌクサウルスの“復元”に注目してみよう。

(“北極トロオドン”を追うナヌクサウルス。当時のアラスカにおいてナヌクサウルスは生態系の上位に君臨していた ©NHK)

作中ナヌクサウルスは純白の羽毛に身を包んでいた。これがホッキョクグマを参考にしているのは書籍版でも確認できる。
そりゃ“木の葉を隠すなら森の中”と同じ理屈だ。仮にナヌクサウルスが極彩色サンバ衣装を身に纏っていたら、獲物たちはゲラゲラ笑いながら逃げ去ったことだろう。当然飢え死に待ったナシ。
しかも恐竜は物がカラー(3色覚+紫外線)で見えた可能性が高い。だから黄色に黒のストライプを混ぜたトラ柄も無意味である。
 ところが作中のナヌクサウルスにしろ、現生のホッキョクグマにしろ、とある部位だけは白くない。それどころか漆黒に塗られた部位がある。

(現生のホッキョクグマの顔。毛の生えていない鼻は黒い Wikiメディアより)

それが(と目)だ。目は光の関係上しゃーないにしたって、鼻なら粉白粉でも何でもまぶしておけば良いではないか。事実ホッキョクグマはアザラシを狩る際に鼻を前腕で隠して忍び寄るという。

 …しかし鼻が黒いことには相応の意味がある!!

一言で言えば日焼け対策だ。

(現生のトムソンガゼル。背中が黒っぽく、腹が白っぽいのも日焼け対策である Wikiメディアより)

そもそも羽毛や体毛の役割は保温やディスプレイだけではない。外の異物をシャットアウトする効果も大きい。人間だって素っ裸でビンタされたら痛いが、スキー用のジャンバーを着ていればそこまで痛くなかろう。日焼け対策という意味ならもっと劇的な差がつく。ハワイのビーチで服を着たまま寝ている観光客がいないのは、つまりそういうこと(・∀・)9。

話をナヌクサウルス(と鼻の色)に戻そう。
これについては、2020年に現生鳥類を使った研究(#5)が詳しい。下の写真を見てもらいたい。Cがアカメテリカッコウ《Chrysococcyx minutillus》でDがマミジロテリカッコウ《Chrysococcyx basalis》である (共に雛)。

同じ鳥の雛でも肌の色が全く違う。Cのアカメ(以下略)は真っ黒なのに、Dのマミジロ(以下略)は白っぽいピンクだ。そしてアカメはホッキョクグマのように白い体毛を生やしている。↑の写真でも確認できるだろう。
 これが重要なのだ。実は白い体毛は日焼け対策の効果が薄い、より正確には白は紫外線を遮断できないのである。

「南国でもないのに日焼けを気にする必要があるのかい?」

って読者も少なくないに違いない。
ではここで筆者のお気に入りのフレーズを一つ。

『一体いつから雪国では日焼けしないと錯覚していた?

スキー経験者はここでビビット来るはずだ。そう、雪原では案外焼けやすいのである。これには標高なども関係しているのだが、同時に雪が紫外線を乱反射していることが非常に重要なのだ。しかも『紫外線環境保健マニュアル2015』によれば、焼き肉プレートの如きアスファルトでさえ10%しか反射しないものを、なんと雪は80%も反射するのだという。
 とまぁ、日焼け談義はそこまでにして、これで謎はほとんど解けたに違いない。わざわざ言うまでもないが、メラニン(黒を発色する色素)は紫外線を通しにくい。つまり極圏の動物たちは体毛で紫外線を防げない分、素肌を黒くすることで日焼けを防いでいるのである。



少々端切れが悪いが、筆者の気力が続かないので今回はここで〆とさせてもらおう。では近いうちに別シリーズで会おう!! バイナラ~(・ω・ ;)


《参考文献》

[論文]

#1『Relative Brain Size and Behavior in Archosaurian Reptiles(James A. Hopson:2003)』…主竜類の知能

#2『An oviraptorid skeleton from the Late Cretaceous of Ukhaa Tolgod, Mongolia, preserved in an avianlike brooding position over an oviraptorid nest(James M Clark:1999)…オヴィラプトル類の抱卵姿勢

#3『The Perinate Skull of Byronosaurus (Troodontidae) with Observations on the Cranial Ontogeny of Paravian Theropods(Bever, G. S:2009)…ビロノサウルスの頭骨

#4『A theropod dinosaur embryo and the affinities of the Flaming Cliffs dinosaur eggs(Norell, Mark A:1994)』…ゴビ砂漠(炎の崖)の獣脚類と卵の混雑

#『A Diminutive New Tyrannosaur from the Top of the World(Anthony R. Fiorillo:2014)』…ナヌクサウルスの記載論文

#『Exposure to UV radiance predicts repeated evolution of concealed black skin in birds(MPJ Nicolaï:2020)』…鳥類の肌に見る紫外線対策

[書籍]

・ホルツ博士の最新恐竜事典(トーマス・ホルツ:2010)
・恐竜の教科書(ダレン・ナイシュ:2019)
・恐竜学入門 ―かたち・生態・絶滅(⚫デヴィッド・ワイシャンペル:2015)
・恐竜異説(ロバート・バッカー:1989)
・愛しのブロントサウルス(ブライアン・スウィーテク:2015)
・恐竜探偵 足跡を追う(アンソニー・J・マーティン:2017)
・(書籍版)恐竜超世界(NHK:2019)








『恐竜vsほ乳類』〜水辺の巨人・三畳紀後期(2億2000万年前)

2020-07-17 21:10:17 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
…やるべき事は山程ある。しかし意欲が湧いたからには仕方がない。書こう。

《前書き…というか言い訳etc》
てな訳で唐突ながら今回は、NHKスペシャル『恐竜vsほ乳類 1億5千万年の戦い』を記事にしようと思う。
先に白状しておくと、本作は筆者を恐竜の道へ引きずり込んだ元凶とも言える作品のため、折を見て記事にするつもりではあった。というのも本作はネット上において異常なほど影が薄い。『地球大進化』や『恐竜超世界』のように高く評価されることもなければ、『生命』や『恐竜絶滅 ほ乳類の戦い』のように酷評されてもいない。まるで存在自体が抹消されてしまったかのようだ。それでもネットの片隅では、本作への辛辣なツッコミ(半ばヘイトにも近い)が見受けられる。たしかにCGの出来栄えや映像の背景 ―イネ科の草原を走る恐竜たち― を指摘されては押し黙るしかない。

「だが…」

正直なところ筆者は本作『恐竜vsほ乳類』が、まずまずの良作特番だと考えている。それに言ってしまえば“恐竜vsほ乳類”は捏造でも何でもなく事実だ(#1、#α)!!…と、筆者だけが勝手に声を荒げても意味はない。そこで新シリーズでは関連した論文を織り交ぜた解説を挿みつつ『恐竜vsほ乳類』の名誉回復といこう。


《第一章・水辺の巨人〜三畳紀後期2億2000万年前》

最初の舞台となったのはアリゾナ〜ニューメキシコ州にかけて堆積したチンリ層《Chinle Formation》である。チンリ層というとアリゾナ州の「化石の森国立公園」が有名で、ここからは三畳紀後期の2億2000万年前(カーニアン〜ノーリアン)に大地を彩った多種多様な動植物の化石が発見されている(#2)。

(↑Wikiコモンズより、化石の森国立公園の場所)

化石が豊かであるということは、当時の生態系を調べやすいということであり、古くからチンリ層ないし化石の森を舞台とした恐竜特番は数しれない。『恐竜vsほ乳類』もその一つだ。それでは当時のチンリ層に生息していた動物たちを軽く見ていくことにする。


作中で最初に登場したのは全長3mの水棲動物メトポサウルス《Metoposaurus》だ。メトポサウルスは由緒正しき水辺の捕食者、またの名を迷歯亜綱(めいしあこう)という巨大両生類の一派である。
古くは石炭紀から世界各地の沼や川にのさばってきた彼らは、時に地上の支配者こと単弓類とも鎬を削ってきた。そしてペルム紀末に発生した史上最悪の大量絶滅(P-T境界)をも乗り越え、乾燥化の嵐が吹き荒れる三畳紀後期にまで無事に命脈を保ってきたのである。
迷歯亜綱の特徴は貧弱な四肢 ―滅多なことには陸に上がらなかっただろう― とカスタネットのような大口だ。この口を目一杯開き、目の前を通りかかった獲物を誰彼構わず丸呑みにした(#3)。これは現代のオオサンショウウオやワニの狩りに近く、水辺を狩場とする捕食者の間では至って古典的な方法だ ―おそらく1m程度の肺魚や両生爬虫類が主食だと思われる。

(↑#Bより、メトポサウルスの生態復元)

当然メトポサウルスのような天敵がいるとなれば、近場に暮らす小動物も自衛の策を考えなければならない。

(↑Wikiコモンズより、ヴァンクレビアの産状化石)

例えば全長50cmの半水棲爬虫類であるヴァンクレビア《Vancleavea》は、全身をドラゴンさながらの鱗で覆っていた(#4)。発達した牙(本種には異歯性が見られる)から考えると、ヴァンクレビア自身も油断ならない捕食者だったのだろうが、それでも大口を開けたメトポサウルスには敵わなかったのだろう。それに一帯の捕食者は巨大な両生類だけでなく、これまた巨大な爬虫類も周囲に睨みを利かせていた。代表的なのが半水棲のフィトサウルス類で、有名どころだと全長6〜7mのルティオドン《Rutiodon》である。

(↑Wikiコモンズより、ルティオドンの組み立て骨格)
現生のワニに瓜二つなフィトサウルス類は、トングのように長い吻部と鋭い歯を用いて周囲の獲物を捕らえていた。これには明確な証拠(#5)が見つかっている。というのもマレリサウルス《Malerisaurus》と呼ばれる小型爬虫類が丸呑みにされたまま化石になっていたのだ。なお傍証にはなるが、先述のメトポサウルスとフィトサウルス類は同じ場所から発見されることが多く、互いに被食者-捕食者の関係にあったようだ(#6)。
また三畳紀の陸上には、大型動物を骨ごと噛み砕いて消化してしまう捕食者が数多くいたことが知られており(#7)、当時のオアシスは決して“水辺の楽園”というわけではなかったらしい。

そんな訳で生き残るべく恐ろしげな姿に進化したのが、映像で次に登場した全長4.5mの植物食爬虫類デスマトスクス《Desmatosuchus》である。

(↑『恐竜vsほ乳類』より、デスマトスクスの生体復元)

デスマトスクスといえば何に置いても真っ先に挙げられるのが、肩から生えた最大45cmのスパイクだ。この数本のスパイクは骨質のため非常に頑丈で、もっぱら身を守るために役立ったと考えられている。これと同様の進化を後に装盾類(アンキロサウルスやステゴサウルスの仲間)が遂げる事を考えると、両者の間には何かしらの収斂進化が働いていたのだろう。
読者の皆様がロマンたっぷりのスパイクについて知りたいのは百も承知。だがデスマトスクスの面白さはスパイクだけではない。彼らの頭部もまた、それに負けず劣らず奇妙な外形をしていた。

(↑#8より、図示されたデスマトスクスの頭骨。船の舳先のような形をしている)

デスマトスクスに代表されるアエトサウルス目は、揃って先端だけが潰れた口吻を備えていた。このブタのような鼻面は、さながらスコップのように使われ、地面に埋もれたトクサの地下茎などを掘り起こして食べるのに役立ったと考えられている(#8、#9)。

(↑#8より、アエトサウルス目の上腕骨。筋肉を付けるための凹凸が発達している)

その説を補強するように前肢の研究(#10)からも、アエトサウルス目は短く強靭な前肢で地面を掘る習性ないし能力があったことが指摘されている。もちろん作中で描写されていたように地表のシダ類をつまみ食いする事もあっただろうが、どちらかと言えば水気たっぷりの地下茎を齧るほうが好みだったのだろう。

(↑#9より、地下茎を漁るデスマトスクス)

しかしデスマトスクスには強敵が存在した。血に飢えた捕食者だけではない。真の強敵は生きたワイン樽ことプラケリアス《Placerias》だ。この全長3mの巨大生物は爬虫類ではない。無論メトポサウルスのような両生類でもなく、実は私達ほ乳類の親戚(ディキノドン類)にあたる。ディキノドン類はペルム紀後期〜三畳紀中期にかけて全盛を誇った植物食動物の仲間で、最大級のリソウィキア《Lisowicia》は体重が6トンにも及んだともされている(#11)。流石にプラケリアスの体重は1トンとされているが、それでも圧倒的な体格だ。どちらかと言えば扁平なデスマトスクスと力士よりも重厚なプラケリアス。縄張り争いでは間違いなくプラケリアスに軍配が上がったはずだ。

(↑Wikiコモンズより、プラケリアスの組み立て骨格)

さらにプラケリアスは頑強かつ強靭な頭部を備えていた。後のトリケラトプスにも似た嘴と、そこから突き出た牙状の骨(よく勘違いされているが、この部分は本物の歯ではない)。そして異様に発達した側頭窓(咬筋の通る穴)が特徴的な頭部は、見た目どおりの凄まじい力を発揮した。きっとブルドーザーよろしく土砂を掬いあげて地下茎を噛み切ったり、低木を根本から折って中の柔らかい芯を食べたりと、やりたい放題だったはずだ。
そしてもしも、プラケリアスを本気で怒らせてしまったら…。仮に飢えたフィトサウルス類が相手でも即座に踏み潰されて即刻あの世行きだろう。
ちなみにディキノドン類は鈍重そうな身体付きや発掘地の堆積物から、かつてはカバのような半水棲の動物だと考えられてきた。しかし今では骨格の再研究(#12)により、活動的な陸棲動物だったことが明らかになっている。ただしデスマトスクスのような爬虫類よりも生理機能が劣っていたため、あまり水辺を離れられなかった可能性が高い ―裏を返せば水さえ確保できれば長距離の移動も可能であり、その証拠にディキノドン類はペルム紀末〜三畳紀初頭に大繁栄していた。

(↑Wikiコモンズより、トリロフォサウルスの組み立て骨格)

大型の動物がいるなら、そこには小型の動物もいる道理。その証拠に尻尾の長いトリロフォサウルス《Trilophosaurus》や手乗りサイズのプロコロフォン科《Procolophonidae》など、実に様々な小型爬虫類がチンリ層からは見つかっている(#13)。こうした小型爬虫類たちは、前述の巨人の間を縫うようにして餌のシダやトクサを探しては、奇妙な凹凸状の歯でガジガジ食べていた ―ちょうど現生のイグアナに近いかもしれない。そんな彼らの周りには敏捷な小型の肉食爬虫類も数多く生息していた(#14)。

(↑『恐竜vsほ乳類』より、アデロバシレウスの生体復元)

最後の紹介となるのが我らが先祖のアデロバシレウス《Adelobasileus》だ。
全長は僅か10cm。作中で語られたように主に昆虫を食べていたと考えられており、現代のトガリネズミに姿も生態もそっくりだった(#15)。よく見てみると本作の哺乳類たちは、アデロバシレウスに限らず、微妙に爬行(ガニ股)しながら動き回っている。ぶっちゃけた話、ほ乳類が直立姿勢を獲得した時期は定かでない。原型は祖先とされるキノドン類など獣歯類の段階で獲得されていたものの(#16)、足全体が真下へ伸ばされた構造にはなっていなかった。それでも我々ほ乳類は中生代のどこかで爬行をやめ、真の直立歩行へ舵を切ったらしい。ただ股関節の構造などを考えるに、真の直立歩行を獲得したのは、アデロバシレウスよりずっと先 ―下手すると白亜紀までお預け― だった事は間違いない。


(↑『恐竜vsほ乳類』より、大型動物の影で生きるアデロバシレウス)

この可愛らしい動物は、化石の発掘状況がとても悲惨だったことでも知られている。なんでもアデロバシレウスの化石は、他の生物の糞化石《Coprolite》の中から見つかったらしいのだ。もし本当であれば当時の食物連鎖を伺い知る上で貴重なヒントとなるが、同時に大繁栄している今日の子孫と比べれば、本種は比較にならないほど矮小な存在と言える。とても生態系の頂点に立つ“高等動物”とは名乗れなかっただろう。

こうした様々な動物たちは、皆等しくチンリ層の厳しい環境に晒されていた。そもそも当時はパンゲア大陸全体の気温が高く、中央部は完全に砂漠化しており、緑が残るのは沿岸部など限られた地域だけだった。さらに悪いことにP-T境界による温室効果ガスの増加や、酸素濃度の急激な低下なども重なることで、我々人類からすると正気の沙汰とは思えない環境が広がる世界。それが三畳紀後期だったのだ(#17)。少なくない生物(例→テロケファルス類)が劣悪な環境に耐えられずに絶滅する中、辛うじて残っていたはそれぞれ生き残りの道を模索するしかなかった。

(↑#18より、当時の環境を図示したもの)

2020年に発表された熱力学的シミュレーション(#18)によると、プラケリアスやデスマトスクスのライバルこと大型の竜脚形類(例→プラテオサウルス)は、この劣悪な環境を嫌って深い森や高緯度地域へ逃れていたらしい。チンリ層は高温かつ疎林〜氾濫原および沼や川が点在する環境だったらしく、であれば竜脚形類の好みには合わなかったはずだ。またチンリ層に生息していた動物にしても、水中に潜ったり、活動時間を工夫したり、藪や巣穴に潜んだりと、何かしらの対策を身につけていたらしい。

(↑『恐竜vsほ乳類』より、干魃で息絶えたメトポサウルス(奥)と、身を潜めるアデロバシレウス)

ここまで見てきたように当時チンリ層に生息していた動物は概ねガニ股〜中腰の姿勢で動き回る長距離の移動 ―逆に咄嗟の動きは極めて敏捷だった― が苦手な種ばかりだった。これは様々な要因(進化や環境)が考えられるが、そういった生態はパンゲア超大陸の気候と相まって恐ろしい悲劇を度々もたらしたらしい。ここまでに挙げたメトポサウルス、フィトサウルス類、アエトサウルス目、ディキノドン類は、どれもボーンベッド《bone bed》が報告されている(#6、#19、#20、#21、#C)。多少の異論はあるが、おそらく動物たちは例年よりも厳しい乾季がきても馴染みの水辺を離れられず、あえなく衰弱死したものと見られている。とりわけ陸上を苦手とするメトポサウルスにとっては命取りとなったことだろう。同様の現象は太古の昔に限った話ではなく、現代でも頻繁に報告されている(#β、#γ)。


こうした生物や環境に囲まれながら、ほ乳類アデロバシレウスは産声をあげた。
しかし今でこそ世界を統べる王の器と讃えられる哺乳類でさえ、当時はまだ新参者のぺーペーでしかない事を、読者の皆様は次回以降に知ることになる。



《参考文献》

[論文]

#1『Dinosaur physiology and the origin of mammals』(恐竜vsほ乳類)

#2『Vertebrate trace fossils from New Mexico and their significance'』(ニューメキシコの古脊椎動物)

#3『How tetrapods feed in water: a functional analysis by paradigm』(半水棲捕食者の戦術)

#4『The osteology and relationships of Vancleavea campi (Reptilia: Archosauriformes)』(ヴァンクレビアの骨学)

#5『Malerisaurus, a new eosuchian reptile from the Late Triassic of India』(フィトサウルス類の餌食)

#6『Mortality dynamics and fossilisation pathways of a new metoposaurid-dominated multitaxic bonebed from India: a window into the Late Triassic vertebrate palaeoecosystem』(両生爬虫類の集団化石)

#7『Coprolites of Late Triassic carnivorous vertebrates from Poland: an integrative approach』(ポーランド産の糞化石)

#8『The Triassic thecodontian reptile Desmatosuchus: osteology and relationships』(デスマトスクスの骨学)

#9『Aetosauria: a clade of armoured pseudosuchians from the Late Triassic continental beds』(アエトサウルス類の食性と分類)

#10『Osteology of a forelimb of an aetosaur Stagonolepis olenkae (Archosauria: Pseudosuchia: Aetosauria) from the Krasiejów locality in Poland and its probable adaptations for a …』(アエトサウルス類の前肢)

#11『Resizing Lisowicia bojani: volumetric body mass estimate and 3D reconstruction of the giant Late Triassic dicynodont』(リソウィキアの体重)

#12『The aquatic Lystrosaurus: A palaeontological myth』(ディキノドン類は半水棲だった?)

#13『A new procolophonid and a new tetrapod of uncertain, possibly procolophonian affinities from the Upper Triassic of Virginia』(三畳紀の小型爬虫類)

#14『The origin of the crocodiloid tarsi and the interrelationships of thecodontian archosaurs.』(小型の肉食爬虫類)

#15『Adelobasileus from the Upper Triassic of West Texas: the oldest mammal』(アデロバシレウスの論文)

#16『Reassessment of the postcranial anatomy of Prozostrodon brasiliensis and implications for postural evolution of non-mammaliaform cynodonts』(直立姿勢の獲得)

#17『The latitudinal diversity gradient of tetrapods across the Permo-Triassic mass extinction and recovery interval』(超大陸パンゲアの気候)

#18『Modeling Dragons: Using linked mechanistic physiological and microclimate models to explore environmental, physiological, and morphological constraints on the early evolution of dinosaurs』(獣脚類と竜脚形類の代謝機能)

#19『Taphonomy of the Lamy amphibian quarry: a Late Triassic bonebed in New Mexico, USA』(メトポサウルスの墓場?)

#20『Taphonomy and Depositional Setting of the Placerias Quarry (Chinle Formation: Late Triassic, Arizona)』(旱魃の犠牲となったプラケリアス)

#21『New specimen of Dinodontosaurus (Therapsida, Anomodontia) from west-central Argentina (Chañares Formation) and a reassessment of the Triassic Dinodontosaurus Assemblage Zone of …』(ディノドントサウルスの集団化石)

[洋書]
#A『The Triassic-Jurassic Terrestrial Transition: 37』(三畳紀〜ジュラ紀の諸々)

#B『Petrified Forest National Park: A Wilderness Bound in Time』(化石の森国立公園)

#C『Taphonomy of the Late Triassic Placerias Quarry (Petrified Forest Member, Chinle Formation) of eastern Arizona』(化石の森におけるタフォノミー)

[ネット記事]

#α『How the earliest mammals thrived alongside dinosaurs』(恐竜と哺乳類は共存した)(Nature)

#β『野生の馬が大量死、熱波で水場干上がる オーストラリア』(CNNニュース)

#γ『池でフナやコイが大量死 猛暑が原因か 千葉』(0テレNews)

[書籍]
・恐竜vsほ乳類(書籍版)
・恐竜学入門-かたち・生態・絶滅
・恐竜異説
・ホルツ博士の最新恐竜事典
・愛しのブロントサウルス
・オーロラをみた恐竜たち(図録)
・地球最古の恐竜展(図録)

《関連記事》

《ネタ元》

恐竜は白銀世界の夢を見るか

2020-07-11 16:32:48 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
 はてさてリクエスト1本目は、白亜紀後期のアラスカの環境についてだ。本来なら今すぐにでもパキリノサウルスやらナヌークサウルスやらの記事を書きたいところだが、それには彼らの棲んでいた環境を知っておく必要がある。なので恐竜だけが好きな読者には申し訳ないが、暫しの辛抱を願いたい ―だがこの記事を読んでもらえれば、大好きな恐竜への関心もより一層高まるだろう。

<基本情報>
まず白亜紀後期のアラスカと言っても正確な場所を知らねば意味がない。しかし殆どのドキュメンタリー作品で詳しい場所は言及されておらず、ただ漠然と“白亜紀後期のアラスカ”として記憶している方も多いのではないだろうか。そんな方のために、ここで正式名称を明かしておこう。件の最果ての地の正式名称はノーススロープ(North Slope Borough)。

(↑Wikiコモンズより、現在のノーススロープの位置)

(#3)の論文によれば、ここは当時でも北緯70〜85°と、かなりの高緯度だったらしい。緯度で考えると現代のグリーンランドの北部に近しく、無論イギリスや北海道など眼中にも無い。中生代の大陸配置と現代の大陸配置は差異も多いため、正確な比較は困難を極めるが、これで大まかな場所は掴んでもらえただろう。
それとノーススロープを語る上で欠かせないのが、その周囲を取り囲んでいたノブルックス山脈である。この山脈の存在により、当時のノーススロープは外界から多少なりとも隔離されていた可能性があるという(#7、#14)。この隔離がどの程度のものだったのかは分からない ―恐竜の分布を見るに何箇所か通行可能な“抜け道”があったように思える― のは面倒な話である。しかし、それ以上に重要なのが山脈がもたらす環境面への影響だ。
明確な証拠こそ乏しいものの、おそらく春先には山からの雪解けが麓を潤していただろうし、場合によっては洪水や雪崩を引き起こしていた可能性がある。間接的な証拠としては、ノーススロープに沖積平野(河川によって運ばれた堆積物によって形成された平野)が確認されている事が挙げられる事や、その中から巻き込まれたと思しき恐竜の化石が多数見つかっている事が挙げられる(#7)。
またノーススロープ自体は夏場に気温が十数度に達したため、万年雪や永久凍土は存在し得なかったようだが、より気温の低い山脈上部であれば、こうした万年雪なども存在したと筆者は考えている(好例はアフリカのキリマンジャロ山)。

<気候・植生および恐竜たちの生活>

(↑#13より、白亜紀のノーススロープ)

気候の研究(#1)によると、パキリノサウルスなどが生息していた約7000万年前(白亜紀後期マーストリヒチアン)のノーススロープの年平均気温は2〜8℃とされており、気候区分では温帯〜冷温帯に当てはまる。ざっくりとした比較だと現在のウランバートル北海道に近い。もちろん夏場には13〜15℃ぐらいにはなったようだが、裏を返せば冬場には0℃を軽く下回ったことが分かる。ちなみにノーススロープは白亜紀を通して冷涼な気候であったらしく、その前の約1億年前(白亜紀前期セノマニアン)には平均気温が7〜13℃だったようだ(#1)。
この気温であれば当然のように豪雪に見舞われただろうし、天気によれば吹雪に遭うことも少なくなかっただろう。また重要な要素として河川の凍結も挙げられる。よほどの大河か、あるいは近場で温泉でも湧いていない限り、こうした環境で河川が凍結を免れるなど不可能に近い。これは由々しき事態と言えよう。なぜなら生命活動に必須の水分補給が難しくなるだけでなく、もしも誤って極寒の河に浸るようなことがあれば、あっという間に冷凍食品の仲間入りだからだ ―マンモスシカが氷漬けになり、それがオオカミワシの餌になるのに近い。
当然ノーススロープの恐竜たちは、こうした雪や氷を上手く凌ぎながら生活していた事になる。ひょっとしたら寒冷地独特の習性 ―それこそ恐竜超世界の“トロオドン”のような― を持っていたかもしれない。そして前述のように過酷な寒冷地に棲んでいたのであれば、程度の差はあれど多くの恐竜が羽毛に覆われていたかもしれない(#2、#15)。

(↑#11より、中国で発見された羽毛恐竜たち。※詳しい産出地はそれぞれ異なる)

例えば白亜紀前期の中国北部も非常に寒冷だったが、そこにはユウティラヌスYutyrannus》やシノサウロプテリクスSinosauropteryx》のような大小様々な羽毛恐竜が見つかっている(#11)。

しかし単に寒いだけが北極圏の特徴ではない。ちょっと地理に詳しい方であれば、こうした極圏では白夜と呼ばれる現象が発生する事を知っているだろう。これは読んで字のごとく『白昼のような夜』である。低緯度に住む日本人からしたら想像もつかない事だが、なんと極圏では1年の半分が長い長い昼で、もう半分がこれまた長い長い冬(極夜)なのだ(春と秋は季節の変わり目に少しだけ存在する)。

(↑恐竜たちの大移動より、夏場に餌を探すエドモントサウルスの幼体)

夏季には有り余るほどの日光を糧に各種の植物がこれでもかと繁茂していた。―詳しい種類こそ分からないが、おそらくモクレンスズカケノキのような初期の被子植物が繁栄していたことだろう。
そして植物は分類云々を置き去りにする勢いで、まだ雪が残る大地に若芽を芽吹かせていたのである(#4)。もちろん大食らいの植物食恐竜が“∞サラダバー”を逃すはずもない。一説によると、彼らは北極圏の外れからノーススロープへの短い距離の“渡り”を行っていた可能性があるようだ ―なお最近では長距離の“渡り”を行っていた可能性は否定されているが、これはエドモントサウルスの記事で取り上げる予定。
そして植物食恐竜を狙う肉食恐竜にとっても白夜の間は効率よく狩りが出来たようで、ここぞとばかりに獲物を喰らっていたようだ ―ノーススロープでは植物食恐竜が大繁殖していたため、捕食者は無力な幼体に狙いを絞って一方的な虐殺を繰り返していたと思われる。

(↑NHK1.5chより、ナヌクサウルスの生体復元。現在のホッキョクグマを復元の参考にしている)

もっとも、肉食恐竜にしても極圏の暮らしは楽ではない。なにせナヌークサウルストロオドン科の研究(#6、#7)によれば、夏が過ぎると彼らも滅多に餌にありつけなかった可能性が高いとされている。極圏の夜と捕食者と言えば、ドキュメンタリー作品の1つ『恐竜たちの大移動』では、ゴルゴサウルス(←未記載時のナヌークサウルスをゴルゴサウルスとしていた)が夜の暗闇に乗じた奇襲を仕掛ける様子が映像化されていたが、実際には視覚の効かない夜間の狩りは難易度が非常に高い。如何に嗅覚の優れたティラノサウルス科であっても、どうやら空腹と無縁ではなかったようだ。こうした冬の餌不足に対処するために肉食恐竜も独自の進化を遂げていたらしく、ナヌクサウルスはホッキョクグマのように分厚い皮下脂肪や鋭い嗅覚を備えていた可能性が指摘されており(#7、#14)、トロオドン科にしても発達した脳や眼を獲得していたようだ(#6、#7)。


(↑ウォーキングwithダイナソーより、オス同士で争うパキリノサウルス)

逸れた話を戻すと、白夜の恩恵は採食だけでなく、繁殖にも影響を与えていた可能性がある。とある論文(#2)では恐竜たちが白夜を利用して精力的な繁殖活動(異性へプロポーズしたり、同性と争ったり)を行っていた可能性も指摘されている。それが本当なら、当時のノーススロープは多種多様な恐竜たちが食って騒いでを延々と繰り返す、地球史でも指折りの賑やかな場所だったのかもしれない。


(↑恐竜たちの大移動より、秋の終わりを迎えた森)

だが序盤で述べたとおり、ノーススロープの1年は、その半分を過酷な極夜によって占められていた。こうなると日光の不足から多くの植物が葉を落としてしまい、植物食恐竜は慢性的な食糧不足に陥ったと見られている(#3)。―なお落葉性の植物は白亜紀の中頃から勢力を拡大したらしく、あのティラノサウルスが生息していた6600万年前には森の植物の9割を占めていたとする報告もある(#9)― おそらく冬の頭ぐらいには、弱った恐竜がバタバタと倒れる様子が見られただろう ―言うまでもなく空きっ腹を抱えた肉食恐竜の餌食だ。しかし全ての植物が葉を落したわけではなく、ノーススロープに生えていた常緑性の針葉樹は、こうした冬季にも青々とした葉を抱え込んでいたらしい(#11)。

(↑Pacific coniferous forestより、一般的な針葉樹林の風景)

こうした針葉樹はけっして栄養価が高くないものの、冬季における貴重な食料源になったと推測できる(ヘラジカやマンモスで似たような行動が確認されている)。とはいえ針葉樹も十分ではなかっただろう。なぜなら当時のノーススロープにおいて、針葉樹が占める割合は4〜50%と推定されているのだ(#4、#15)。つまりどれだけ楽観的に考えても、冬には夏と比べて餌資源が半分になってしまうのである。 ―ちなみに被子植物と裸子植物では裸子植物のほうが冷涼な気候にも強いらしく、北へ行けば行くほど植物の多様性は減り(#15)、その一方で裸子植物の占める割合は少しずつ増加している。
閑話休題。…とりわけ小型の植物食恐竜アラスカセファレAlaskacephale》やパルクソサウルス《Parksosaurus》にとって背の高い針葉樹は高嶺の花であり、大きな親類の食べ残しに集るぐらいが関の山だっただろう。

(↑Wikiコモンズより、アラスカセファレの生体復元。)

ちなみに彼らの常食とされる下草(シダや野花)の類いも、多くが雪の下に埋もれていて手出しできない。こうなると八方塞がりで餓死するしかないように思えるが、彼らには奥の手があったらしい…。
ここで孫子の兵法における有名な一節を紹介したい。かの孫子曰く『三十六計逃げるに如かず』。要は自身が不利になったときは、あれこれと対策を練るよりもさっさと逃げた方が良い、という意味である。そして前述の小型恐竜たちに当てはめた場合、彼らにとってベストな選択は、慌てず騒がず冬の間中ずっと地下に籠もってしまうこと。言わずと知れた冬眠である。
報告例こそ少ないものの、小型恐竜が冬眠を行っていた証拠は確かに見つかっている。例えば当時南極圏にあった白亜紀前期のオーストラリアからは、ティミムス《Timimus》という小型獣脚類が報告されているが、その骨を調べたところティミムスが冬眠を行っていた可能性が示されている(#10)。それだけでなくパルクソサウルスに近縁な小型鳥盤類のオリクトドロメウス《Oryctodromeus》は、地面に深さ2メートルほどの巣穴を掘っていた事もよく知られている(#11)。

(↑#11より、巣穴を掘るオリクトドロメウス)

もちろん現在に至るまでノーススロープから恐竜の掘った巣穴は見つかっていない。それにオーストラリアの極圏に生息していた(やはりパルクソサウルスに近縁な)小型恐竜ラエリナサウラ《Leaellynasaura》の化石の断面を調べた結果、彼らが冬眠していなかった事が示されてもいる(#13)。だがそれでも、最果ての地に棲んでいた恐竜の一部が長く厳しい冬を地下シェルターで凌いでいた可能性は十分にあると言えるだろう ―現代の極地でも大はヒグマから小はネズミまで、様々な脊椎動物が冬眠をしている事も追記しておく。

そして忘れてはならないのが、こうした寒冷地に生きるには(種類によって程度の差はあれど)、恐竜たちが恒温性/内温性を獲得する必要があったという事だ。その証拠にデイノスクスのような外温性のワニ類は、ノーススロープから一切発見されていない(#8)。それでも研究の最前線では、今もなお恐竜の代謝について激しい議論が重ねられている。死人に口なしとはよく言ったものだが、もしノーススロープを始めとした極圏の恐竜たちに発言権があれば、口を揃えてこう言ったはずだ。

「「「私たちは温血動物だ!!!」」」

…強く、ハッキリと。



《参考文献

[論文]
#1『Late Cretaceous terrestrial vegetation: A near-polar temperature curve』(白亜紀のアラスカの気温)

#2『Dinosaur demise in light of their alleged perennial polar residency』
(極地の恐竜)

#3『Dinosaurs on the North Slope, Alaska: high latitude, latest Cretaceous environments』(ノーススロープの環境)

#4『Depositional environments of the Late Cretaceous (Maastrichtian) dinosaur-bearing Prince Creek Formation: Colville River region, North Slope, Alaska』(アラスカの植生)

#5『Paleobotanical evidence for cool north polar climates in middle Cretaceous (Albian-Cenomanian) time』(ノーススロープにおけるセノマニアンの植生)

#6『Description of two partial Troodon braincases from the Prince Creek Formation (Upper Cretaceous), North Slope Alaska』(トロオドンの頭蓋)

#7『A Diminutive New Tyrannosaur from the Top of the World』(ナヌクサウルスの記載論文)

#8『Physiological, migratorial, climatological, geophysical, survival, and evolutionary implications of Cretaceous polar dinosaurs』(デイノスクスの失敗)

#9『The paleoenvironment of Tyrannosaurus rex from southwestern Saskatchewan, Canada』(6600万年前のサスカチュワンの環境)

#10『Bone histology of dinosaurs from Dinosaur Cove, Australia』(ティミムスの生態)

#11『Artistic reconstruction of Oryctodromeus by Josh Cotton. Intended for cover of the Journal of Vertebrate Paleontology hosting the article.』(オリクトドロメウスの骨学や系統学)

[ネット記事]

#12『China's dinosaur hunter: The ground breaker』(nature)

#13『Dinosaurs of the North Pole』(ノーススロープ大全)

#14『ティラノサウルスの小型種、極地で発見』(ナショジオ)

[洋書]
#15『Lower and Middle Cretaceous Terrestrial Ecosystems: Bulletin 14』(白亜紀の諸々について)

[和書]
・ホルツ博士の最新恐竜事典
・恐竜探偵足跡を追う
・恐竜の教科書
・オーロラをみた恐竜たち(図録)
・恐竜博2011(図録)
・恐竜異説
・ティラノサウルス全百科
・ゆっくり恐竜解説書籍版(同人誌)



今見直す、恐竜ドキュメンタリー 『発見!恐竜の墓場』(2)〜泥だらけの走り屋

2020-05-24 17:32:27 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
 前回はグアンロンやリムサウルス分類について軽い説明を行った。
そこで今回は、題名にもなった“恐竜の墓場”に踏み込んでいく。今回は修整箇所が少ないため、化石の解説がメインとなる。ご了承願いたい。
また墓場については各種の図鑑にも掲載されているため、このブログと手元に図鑑に用意し、同時進行で読み進めてもらえると私としては楽な解説ができる。これについては強制ではないので、各々の判断に任せる。

それでは第2回解説を始めよう。



まず始めに読者の方々へ聞きたい事が何点かある。それは田植え(もしくは田んぼ遊び)を経験した事があるかどうか?だ。なければ一度ここでブログを読むのを中断し、youtubeで『田植え 泥んこ』と検索してほしい。おそらく田んぼの泥に四苦八苦しながら、全身泥まみれで不格好に動く人が見られるだろう。
この映像は、よく覚えておいてほしい。特に重要なのは、足の沈み方と纏わりつく泥の様子である。
…さて、毎度のようにズレた話を元に戻す。上記の“恐竜の墓場”はDVD内において、“死を招く落とし穴”とも呼ばれていた。名の由来は形状にあり、
(↑外から見た落とし穴。写真は落とし穴の研究論文より)


(↑ウィキメディア・コモンズより、埋葬されたいた亜成体のグアンロン。この裏に別の恐竜が眠っていた)

およそ高さ1〜2メートル、直径も1〜2メートルの円柱状構造となっている。イメージとしてはドラム缶かホールケーキのような形だ。そして内部は幾層もの堆積物が詰まっており、そこに複数の小型脊椎動物が折り重なるようにして“埋葬”されていたのだ。――さながらショートケーキのスポンジに挟まれた苺のように。
これらの保存条件は極めて高かった。通常なら骨格の脆い小動物の遺骸は、短時間で分解や破損の憂き目に遭ってしまう。こうなると化石としての保存は絶望的だ。だが今回に限り、ほぼほぼ完全な骨格が多数産出している。これは遺骸が急速に穴の中へ沈んでいた事が原因だとされている。つまり墓穴に囚われた犠牲者は、内部に満たされていた土砂によって命を落したか、もしくは墓場の上層より発見された新手の肉食動物に襲われたらしい。


(↑ウィキメディア・コモンズより、脊椎動物3体の集合化石。緑→リムサウルスの成体、水色→リムサウルスの幼体、紫→死肉目当てに囚われたワニ)

そして不運なことに、夕飯を確保したはずの肉食動物も途端に穴から出られなくなり、最初の犠牲者と同じような末路を辿ったと推測されている。つまり肉食動物や死肉食動物(分解者)が、十分に遺体を食い荒らす時間がなかったため、多くの生物が良好な状態を保って現代にまで保存されたと考えられているのだ。また仮に分解者には見つからずとも、落とし穴の表層で長期間風雨に晒されていれば表面の劣化は進み続ける。このような浸食作用も化石には見られないため、おそらく犠牲者は余程急速に埋葬されていたようだ。
https://pubs.geoscienceworld.org/sepm/palaios/article-abstract/25/2/112/146116
穴については、↑の有料論文が詳しい

…実は私は今まで、墓場に関する重要な秘密をひた隠しにしてきた。感の良い読者はお気づきだと思うが、先に述べた土砂にも重要な秘密が隠されているのだ。
皆さんは冒頭で唐突に湧いて出た田んぼの話を覚えているだろうか?ここでは覚えているという前提で話を進めさせてもらう。墓場の内部に溜まっていた土砂は、湿地や沼地の土砂であった事が分かっている。ここでピーンと来る方がいるはずだ。

さてここで思考をジュラ紀へ飛ばそう。



遠い昔の中国の水辺…
その畔で天を仰ぎ見るように大口を開けていた陥没穴…。偶然にも通りかかった小型恐竜(リムサウルス)が、うっかり脚を滑らせて中に転がり落ちたことで、この1連の悲劇は始まってしまう。中に溜まっていたのは泥混じりの土砂だった。当然リムサウルスは脱出せんと、菜箸のような後ろ脚をフル回転させて藻掻きに藻掻く。
https://www.nature.com/articles/nature08124
 ←の研究によると、リムサウルスは長細い後ろ脚を持っていた。
(脚は各種の図鑑でも写真が掲載されているので、各自でも観察してほしい。)

(↑ナショナルジオグラフィックHPより、バラけたリムサウルス(幼体)の化石。)

 ――ここから先は↑の論文や写真を元にした私の推測となるが、リムサウルスは身体が小さく体型も細身だったため、走れば快速が出せる動物だと考えられる。つまり現在のレイヨウのように、敵から素早く走って逃れる動物だったのではないだろうか。
そして私の仮説を補強するように、リムサウルスの親戚にあたるエラフロサウルスについての研究が掲載された洋書『Foster, John (2007). Jurassic West: The Dinosaurs of the Morrison Formation and Their World. 』によると、「彼らの中足骨(踵から先の骨)の長さが大腿骨の長さを上回っていた。」そうだ。
これは現在の脚力の強い動物(例はダチョウ)にも見られる特徴で、リムサウルスの仲間が強い脚力を持っていたことを示唆している。――

普段ならこの程度の段差など苦もなく跳ね超えるはずのリムサウルスだったが、今回ばかりは様子が変だった。

(↑DVD本編より、泥に足を取られたリムサウルスと思しき小型恐竜)

…いつまで経っても出られそうにない(!?)
それどころか泥が前にも増して身体に纏わり付いてきた。これはちょうど田植えをしている人と同じである。一歩踏み出そうとすれば、途端に大量の軟泥が動きを阻害する。まるで泥は重りだ。
しかも穴の深さが災いした。穴の深さは1~2メートル。これはリムサウルスの身長(体高)を超えている。つまり底に足がつかない。これでは沈んでいる間に頭まで浸かってしまう。そうなれば一巻の終わりだ。
しかも当のリムサウルスは、懸命に藻掻き暴れるうちに衰弱してしまった。これも田植え終盤の人と同じである。筆者も一度経験したが、一仕事終える頃には、もうクタクタで立つ気力もなかった(金輪際やりたくない)。この場合のリムサウルスでもそれは同じで、じきに首を持ち上げるだけの気力すら失ってしまっただろう。
こうして沈むに任せていると、周囲を囲む土砂によって、犠牲者の内臓が圧迫され始め、これが最終的な死を招く。
皆さんは小学校で水圧について習ったはずだ。水中(この場合は粘度の高い泥水)の物体は360°あらゆる方向から内向きの圧力を掛けられる。今回の落とし穴では水圧が生物の内臓を常時圧迫し続け、遅かれ早かれ呼吸困難を引き起こしてしまうのだ。この危険性は現在の流砂と同じである。また水圧には耐えられても、最終的には鼻先まで埋まって生き埋めになるか、脱水症状か飢餓により衰弱死することになる。 

(↑「プラネットダイナソー」より、生き埋めに遭った小型恐竜。)

やがて力尽きたリムサウルスは沈降を続け、半日も経たずに鼻先まで泥へ埋もれてしまった。こうした悲惨な事故が何度も繰り返された結果、幾重にもなった犠牲者が穴に残されたのだ。そして穴が棺の、泥が防腐剤の役割を果たし、遥か先の未来で探究心の塊たる我々人類によって掘り出され、今ではブログの記事ネタにもなっている。
たかだか穴、されど穴。
このような悲惨な末路を考えると、私はつくづくジュラ紀の中国に生まれなくて良かったと思う(皆さんはどうだろうか?)。ちなみにリムサウルスの正式な学名は、《Limusaurs inextricabils》となっている。前半のL〜が『泥のトカゲ』を意味し、後半の種小名inextricabilsが『脱出不能な』を意味する。もちろん上記の事故から取られた名前だ。…なんとも物悲しいと思うのは私だけだろうか? ――私ならリムサウルスの健脚や小顔を名前にするはずだ。―― とは言うものの、この種小名は本種の堆積経緯が非常に分かりやすい。よって命名に対する私のgdgdはチリ紙1枚分の価値すらない。

さて、今回の記事も一区切りがついただろう。
というわけで第2回解説は以上となる。冒頭で述べたとおり、今回は解説メインのため、あまりDVD本編と絡ませることが出来なかった(申し訳ない)。
そして本来は“泥”に関する秘密がもう一つあるため、それも解説してから〆ねばならないのだが、例によって筆者の気力が続かず、さらには解説進行の都合のため今回はここで〆させてほしい。



(3)へ続く…(ヨテイ)


《参考文献》

・落とし穴についての論文
https://pubs.geoscienceworld.org/sepm/palaios/article-abstract/25/2/112/146116
・リムサウルスについての論文
https://www.nature.com/articles/nature08124
・オーストラリア産の新種
https://amp.9news.com.au/article/3ef78a7f-aea9-4f7d-86ba-f19dc839089a?__twitter_impression=true
・エラフロサウルスについての洋書
Foster, John (2007). Jurassic West: TheDinosaurs of the MorrisonFormation and Their World.

・日経ナショナルジオグラフィックHP
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2184/?ST=m_news
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0808/feature02/gallery/10.shtml

《ネタ元》
・発見!恐竜の墓場

・筆者のやる気(!?)


今見直す、恐竜ドキュメンタリー 『発見!恐竜の墓場』(4下) 〜サバ折りの達人

2020-05-16 23:45:58 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
(4上より続く)

…例えばグアンロンと同じくらいの全長ながら、体重は良くて1/3とされる恐竜界の“ハンニバル・レクター”ことコエロフィシス《Coelophysis》の体内や吐瀉物からは、丸呑みなど到底不可能に思えるサイズの陸棲ワニ類(スフェノスクス亜目 )や同種の幼体が見つかっている。

(↑ウィキメディア・コモンズより、コエロフィシスの腹部。中で散らばっているのが獲物の骨。)

(↑ウィキメディア・コモンズより、コエロフィシスの前半身。華奢な頭部と手に注目。)

筆者としては消化の進み具合を鑑みるに、これは生きた獲物を襲ったように思える。実際コエロフィシスは死体漁りもしただろうが、基本的には生きた獲物を積極的に食べるハンターだと考えられてもいる。しかもコエロフィシスの前肢は全く無用の長物とまでは言わないが、グアンロンに比べれば使い勝手や破壊力が劣る得物と言わざるをえない。鼻先も強固とは言い難い造りだった。
次なる例は更にグアンロンとの比較が容易だろう。それはコエルロサウルス類のコンプソグナトゥス科に属するシノカリオプテリクス《Sinocalliopteryx》である。


(↑ウィキメディア・コモンズより、シノカリオプテリクスの全身骨格)

この種からは驚くべき胃内容物が報告されており、なんと小型獣脚類のシノルニトサウルス《Sinornithosaurus》に初期の鳥類コンフシウソルニス《Confuciusornis(通称は“孔子鳥”)、そして謎の小型鳥盤類(痕跡のみ)とプシッタコサウルス《Psittacosaurusが残されていたのである(全てが同一個体から見つかってはいない点に注意)。やはりシノカリオプテリクスも活発なハンターだったと考えられており、一部(筆者が思うに、シノルニトサウルスと孔子鳥は特に)は生存時に狙われた獲物だったはずだ ――プシッタコサウルスの存在も興味深いが、これは後で説明する。

それにしても悪食大食漢であろうか。いくら活動的で高代謝な小型獣脚類でも、こりゃ常軌を逸しているとしか思えない。人間ならイエネコや柴犬を丸呑みしているに等しい食事だ。
しかし獣脚類には喉や顎を広く開けておく仕組みが備わっていたため、こうした手品まがいの芸当も可能だったと考えられている ――現代の獣脚類(鳥類)でもカモメやアオサギが頻繁にウサギやらカモやらを飲み込む様子が観察されている。

(↑ウサギを丸呑みにする大型のカモメ)

そしてシノカリオプテリスは体格や武器がグアンロンと似ているとはいえ(前肢はより短い)、全長は2.5mを超えないとされている。さらに鼻面は華奢で頭骨もグアンロンより小さかった。であればグアンロンも同程度のポテンシャルを秘めていた可能性は十分にあるだろう。

これでグアンロン(全長3m)の潜在的な恐ろしさは痛感してもらえただろうか?
例えばグアンロンと同時代/同地域からは、小型の半水棲ワニ類だけでなく、陸棲ワニ類のジュンガルスクス(スフェノスクス亜目で全長1m)が見つかっている。


(↑DVD本編より、ジュンガルスクス。後ろ脚の復元が間違っている(本来はベタ足)点に注意)

さらに鳥類こそ未発見だが、同じく飛翔性動物の翼竜が少なくとも2種見つかっている(KryptodrakonSericipterus)。

(↑DVD本編より、Sericipterusと思しき翼竜)

順に翼開長が1.5m、1.7mで体重も軽い(やや反則気味だが獣脚類と翼竜に関係には根拠もある)。翼竜を襲って無事仕留められたのなら、食べるべきは胴体(とりわけ胸部)だ。皮膜は繊維のせいで食えたものではないだろうし、なにより胸には山のように飛行用の筋肉が搭載されていた。――学習図鑑などでは「小型翼竜は筋肉量が少なく、自力で羽ばたくのが苦手だった。」と書かれがちだか、実際は羽ばたき飛行のほうが得意だった。
また翼竜とグアンロンは餌の小動物を巡って互いに盗みを働いていた疑いもあり、現代の大型猛禽類中型食肉目に近いライバル関係だった事だろう。


ここまでグアンロンの体格で仕留められそうな獲物を他種からの類推で探ってきた。だが上記だけでは心許ない。何かグアンロン自身から更に知り得る情報はないのだろうか?
…実はそれを探る“手掛かり”がグアンロンの足元から掘り出されている。

(↑ナショナルジオグラフィックHPより、未記載の獣脚類。)

(↑DVD本編より、死ぬほど疲れた亜成体。急カーブに注目)

ここから先は“墓場”のシナリオに纏わるネタバレとなってしまうため軽くしか触れないが、言ってしまえば上2体はグアンロンの犠牲者になった可能性が高い(とりわけ亜成体は)。未記載のほうは詳しい情報が公開されていないが、おそらく全長1〜1.5mのコエルロサウルス類だろう。そして亜成体は全長1.5mと推測されている。この内グアンロンはグアンロンでも、未記載を殺したのは亜成体の可能性が高く、逆に亜成体を殺したのは状況からしてグアンロンの成体(全長3m)しかありえない(後者は落とし穴の論文でも言及済み)。

※上記は“手掛かり”であって“証拠”ではないため異論を挟まれる余地がある(シナリオの解説回に解説予定)。

これまでの根拠を総合してジュンガル盆地を総覧すると、前述の他にも何種類か絶好のターゲットが見受けられる。

リムサウルス(←3へ飛ぶ)
・アオルン《Aorun
・ハプロケイルス《Haplocheirus
・シショウグニクス《Shishugounykus
・“ゴングブサウルス”《“Gongubusaurus”
※↑彼らの詳しい解説は別記事にて行う。

その中でも特に面白いのが、基盤的な角竜、インロン(全長1.2m)の存在である。こちらはプシッタコサウルスと同程度かより小型の恐竜である。そのためグアンロンのメニューに取り入れられる資格は十分にあると言えるだろう。

(↑DVD本編より、インロンのCG復元)

(↑@harutrex氏による寄稿。題は「初期の角竜を仕留めたグアンロン」。)

――想像力を掻き立てる話として、これらインロンやグアンロンに代表される角竜と暴君竜の系統では、「軍拡競走」が起こっていた可能性が指摘されている。これはDVD内の言葉を引用すると『熾烈な進化の追いかけっこ』と言え、その究極に位置するのが、今から6600万年前に勃発したトリケラトプスとティラノサウルスの好カードなのだ。その起源が両雄の登場から9000万年以上も遡った先で跳ね回っていた小型恐竜にあると思うと、どこか感慨深く感じられる。――


ざっと挙げれば以上の6種。実際には未同定の小型獣脚類(ドロマエオサウルス科?)が他にも確認されているし、周辺の大型恐竜(マメンチサウルスなど)の卵や幼体も格好の獲物だったに違いない(「無抵抗」「高カロリー」「ありふれている」の三拍子バーゲンセールを逃す手はない)。
これら全長1〜2m前後の相手ならば、自慢の速攻を遺憾なく発揮できただろう。後は空宙で振り回すなり、地面に投げ飛ばすなりして息の根を止めるだけ。この際には前述の湾曲した顎が、獲物を咥え留める助けになった事は想像に固くない。さらに(1)で解説したように、グアンロンを含むティラノサウルス上科目の全上顎骨歯(前歯)の断面には、他の獣脚類よりも厚みがあった。これにも獲物を振り回す際に発生する負荷に耐える役割があったのだろう。

これらの事からグアンロンは、『ジュンガル盆地の小型恐竜の中では』という
限定を付けた上で、やや頭一つ抜き出た存在だったと思われる。これは落とし穴のシナリオに多少関わってくるため、あえて書き残しておく ――これは落とし穴の論文でも指摘済みの事柄である。

(↑恐竜博2009より、インロンを追うグアンロンの群れ。奥には別の小型獣脚類の姿も見える。

(↑ウィキメディア・コモンズより、インロンに飛び掛かるグアンロン)


…かくして結論は出た。

《結論》おおむね間違っていない(笑)。

やや不安の残る箇所はあるとはいえ、亜成体の殺害は確信犯だし、それ以外にも余罪を疑わせる情報が多数存在する。
グアンロンには申し訳ないが、当ブログでは『疑わしきは罰する』がまかり通るのだ。もっとも、こうした同体格前後の相手を狙えたのはグアンロンに限った話ではなく、タニコラグレウスTanycolagreus》やドラコラプトルDracoraptor》といった全長3〜4m級の肉食性獣脚類の多くでも同じだったはずだ。決してグアンロンが特別な恐竜だった訳ではない!!

ただしDVD内におけるグアンロンの描写として、決して見過ごせない誤りが1つある。それはグアンロンを指して『ジュラ紀のライオン』と表現したところだ。たしかにグアンロンは狡猾で油断ならない捕食動物だったかもしれない。だが当時の生態系における彼らの生態的地位は、ちょうどライオンに一歩及ばないヒョウやカラカル(中間捕食者)だと推測されている。(4↑)で述べたとおり、自身の10数倍を軽く超える体重、体格の持ち主に敵う道理など存在しないのだ。

(↑ウィキメディア・コモンズより、小型恐竜を咥えたシンラプトルの復元骨格。)

ちなみに真の頂点にはメトリアカントサウルス類(例→シンラプトル)と基盤的なテタヌラ類(例→モノロフォサウルス)が位置していた。こうした大型獣脚類はジャンジュノサウルス(ステゴサウルス類)やマメンチサウルス科(マメンチサウルス)といった大型の植物食恐竜が主な餌食だった。


…ここまでで上下で3万8千文字を執筆してきた筆者である。色々と悪寒混じりの冷や汗を隠せないが、残る力で次々回以降の伏線モドキ(もとい予告?)を張らなければ筆を置くに置けない(悲しい性である)。

件の落とし穴に埋もれていた者として、グアンロンは落とし穴に嵌った殆どの恐竜とは真逆の意味で異質だった。

(↑落とし穴の論文より、埋まっていた恐竜の産状図の一覧。都合により横転してるため、右が最下層(リムサウルス)で左が最上層(グアンロン)である)


グアンロンの足元から3〜4体の小型獣脚類が見つかっただけでなく、その殆どは骨が無残にもバラバラで最期の様子を伺い知る事すら困難だった。それなのに落とし穴の中でも2頭のグアンロンだけは違っていた。冒頭のとおり(ほぼ)完全な骨格が、それも間接が繋がったまま化石化していたのである(とりわけ亜成体は)。とはいえ単純に埋まった順に保存状態が良かったのではなく、成体と亜成体では亜成体のほうが明らかに保存状態が良好だった…と思いきや、何故か亜成体は首だけを見事にサバ折りにされていた。全くもって不可思議怪奇の極みだ。
これについては皆様なりの推理をしてみてほしい(まず当たらないだろうがw)。これらの謎は後々(6以降?)で解説していこう。

それでは筆者の気力が復帰しだい、またブログ内にて会おう!(covidに負けるな)



(5)へ続け…たいが、もしかすると次回はジュンガルスクスやインロンなど、他の生物の簡易解説記事を投稿するかもしれない。


※補足 グアンロンの鶏冠はハンディキャップ理論により説明される事が多い。これは活動的な捕食者であるグアンロンにとって、頻繁に使いやすい頭部に脆い鶏冠を発達させるのは不利益にしかならないが、そのハンデを背負うことで自身の健康さなどを強調するディスプレイ戦術の1つである。だが筆者はもう1つ別の意味が隠されていると考えたい。それは『獲物の種類に制限がかかる事』だ。というのもグアンロンが狙うだろう小動物は、大抵サッと藪の中や岩の割れ目に逃げ込んでしまう。この際に頭部が細ければ難なく口を突っ込んで獲物を掻き出せるが、ことグアンロンにとっては無理な相談だ。

(↑ウィキメディア・コモンズより、肉食の鳥類ジサイチョウの写真。目立つ鶏冠を持っているが、それは採食時に邪魔にならないように配置されている。)

というのも鶏冠は薄くて脆いため、下手に狭い所へ突っ込もうものなら簡単に傷付きかねず、さらに鶏冠が“突っ張り”となって隙間への侵入も拒んでしまう (グアンロンは鶏冠を傷付けずに済むような広い場所で狩りしていたかもしれない)、とも考えられる。だが以上の話はハンディキャップ理論と若干の矛盾が生じる点や、そもそも逃げられる前に自慢の快速で仕留めれば良い問題なので、上記の補足については余談程度に留めておいてほしい。


《参考文献》

・落とし穴についての論文(有料)
https://pubs.geoscienceworld.org/sepm/palaios/article-abstract/25/2/112/146116
・グアンロンの記載論文
https://www.nature.com/articles/nature04511
・コエロフィシスについての論文
https://royalsocietypublishing.org/doi/full/10.1098/rsbl.2006.0524
・シノカリオプテリクスについての論文
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0044012
・軍拡競争についての論文(1)
http://www.diva-portal.org/smash/record.jsf?pid=diva2%3A1114214&dswid=-1021
・軍拡競争についての論文(2)
https://dugi-doc.udg.edu/handle/10256/16906
・前歯についての論文
https://www.nrcresearchpress.com/doi/abs/10.1139/e11-068
・オーストラリア博物館HP(解説記事)
https://australianmuseum.net.au/learn/dinosaurs/fact-sheets/guanlong-wucaii/
・捕食者の力関係についての論文
https://www.nature.com/articles/439665a.pdf
・ナショナルジオグラフィックHP(解説)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2178/?ST=m_news
・ナショナルジオグラフィックHP(写真)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0808/feature02/gallery/10.shtml
・中国の落とし穴を報じたニュース記事
http://www.yidianzixun.com/article/0Hl0aUdO/amp
・ホルツ博士の最新恐竜事典
・恐竜異説
・恐竜の教科書
・肉食恐竜事典
・恐竜探偵足跡を追う
・愛しのブロントサウルス

《ネタ元》
・発見!恐竜の墓場

・筆者の気力(!?)