太古の世界 〜マニアックな古生物を求めて〜

恐竜は好きか? 恐竜以外の古生物もか?
マニアックな種類を前に情報不足を嘆く心の準備はOK?

今見直す、恐竜ドキュメンタリー 『プラネットダイナソー』(2上)〜博学才穎のロードランナー

2020-02-29 14:21:54 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
 では引き続きハツェグ島の謎めいた獣脚類の正体に迫っていこう。

今回解説/考察するのは、『ドラゴンの血を引くドラキュラ』の名を持つ、ブラディクネメ《Bradycneme draculae》である。
本来なら冒頭でブラディクネメの図を出して人とのサイズ比較をしたり、分類諸々の基本情報を抑えておきたいのだが、ブラディクネメはそれが出来ない。
断じて筆者の気力がないのではない。
情報が致命的な程に欠落しているのだ。
ブラディクネメの記載論文はあいにくグーグルスカラー(普段の筆者が論文を探す際に使う無料サイト)で見つからなかった。だがハツェグ島の獣脚類について研究した論文(↓)によると、
Csiki, G. & Grigorescu, D. (1998): Small theropods from the Late Cretaceous of the Hateg Basin (western Romania) - an unexpected diversity at the top of the food chain. Oryctos 1: 87-104.
↓のスケッチにあるような、非常に断片的な脚の化石が見つかっているらしい。


コイツを見てくれ、コイツをどう思う?
凄く…ボロっボロです。
大腿骨の近位(胴体に近い部分。つまり上部)と脛骨の一部が辛うじて残されているだけで、ここから全身を推定するのは至難の業だ。――Wikipediaの記事に人との比較図が無かった。だから前回も軽く述べたように、ブラディクネメは系統樹にて、頻繁な引っ越しを繰り返している。ある時は“賢竜”トロオドン科の一種とされ、またある時は“元祖ロードランナー”アルヴァレスサウルス科とされた。この他にも可能性のある分類は提唱されているものの、今回は(比較的)主流とされるトロオドン科説とアルヴァレスサウルス科説に絞って取り上げる。(その他は次ヶ回以降に…)

さて改めて劇中での描写を説明しよう。
『プラネットダイナソー』6話『驚異の生き残り戦略』の冒頭と終盤にて、ブラディクネメはトロオドン科と思しき姿で登場した。見えにくいが小さなシックルクローが復元されているので、まず間違いなかろう。
実は冒頭のナレーションにて、『マジャーロサウルスのような植物食恐竜を襲う…』と補足されていたが、やはり映像では恐竜そっちのけでトカゲに齧り付いていた。そして島の王者ハツェゴプテリクスの襲来と合わせてトクサの奥へと行方を晦ます。

(冒頭より、トクサ原から頭を覗かせるブラディクネメ)

終盤では白亜期末の大量絶滅(K/Pg境界)の解説で再登場し、周囲に転がる死骸を漁っていたが、ここでもハツェゴプテリクスによって追い回される描写がなされた。(ちなみにブラディクネメは本編のラストを飾った恐竜でもある。)

役回りはさておき、まずは作中で採用されたトロオドン科説についてだ。
実際のところ、島流しにされたドラキュラの正体は何だったのか…?


Question①.
ブラディクネメは本当にトロオドン科なのか?

①Answers.
…不明。(筆者はやや否定派。)


「TVと違うの!?」という方も多いはずだ。では理由も交えながら、トロオドン科説の解説をしていく。

《トロオドン科説》
ブラディクネメは発見当初、恐竜ですらない正真正銘の鳥類(それもペリカン)と考えられていたエロプテリクスElopteryx nopcsai》なる生物と同種だと考えられた。ある研究では、鳥類は鳥類でも初期のフクロウではないか?とされることもあり、その際には身長2メートルという衝撃的な推測もされた。それもこれも発見された骨が断片的なのが原因だった。(2mと聞いて笑うなかれ。後に氷河期のキューバから、オルニメガロニクスという地上性の巨大フクロウが発見されている。ただし身長は1メートル程)
ブラディクネメの脛骨は非常に重々しく頑丈なので、鳥類ならば相当な高身長の持ち主だろうとされたのだ。

(↑国立科学博物館の企画展より、ヒクイドリの骨格標本。長い脛に注目)

だが結局、ブラディクネメ(および同族とされたエロプテリクスや、ヘプタステオルニスHeptasteornis andrewsi》)は、非鳥類型の恐竜とされている。
 ――実はこの手の『現生鳥類の仲間が中生代にもいた。』という話は、大抵は誤りなことが多い。例としては、パタゴプテリクスという陸棲鳥類が一時期ダチョウの祖先とされていた。―― 
その後改めて上記のエロプテリクスやヘプタステオルニスとの比較研究がなされた。その時々によって彼らは同族とされたり、別属とされたりしたが、いずれにしても”トロオドン科のような何者か”が混ざっている事が示された。
https://web.archive.org/web/20110716054243/http://palaeontology.palass-pubs.org/pdf/Vol%2018/Pages%20563-570.pdf
↑(3属の比較研究のpdf)

またハツェグ島からはトロオドン科と思しき抜け落ちた歯の化石(遊離歯)も発見されている。


(1番目の論文より、下段中央左がトロオドン科とされる歯。反りが弱いのが特徴)

おそらく上記の証拠に基づき、作中においてブラディクネメはトロオドン科として復元されたのだと考えられる。実際トロオドン科説は(ビジュアル的にも知名度的にも)人気で、ゲームソフト『カセキホリダー』シリーズにおいてもトロオドン科の外見で登場し、海外の切手でもトロオドン科として描かれている。

では話を少しトロオドン科の食性へとズラそう。もしもブラディクネメがトロオドン科なのであれば、彼らは何を食べていたのだろうか?
トロオドン科の食性(生態)と聞くと読者の皆さんは、“誘拐犯”としての姿をイメージするかもしれない。多くの書籍や作品において、トロオドン科の恐竜は知能の高さと敏捷性を活かし、他の恐竜の巣から卵や赤ん坊を盗み取っているように描かれている。とりわけ“元祖子育て竜”マイアサウラとの絡みは有名だろう。
筆者も今回の記事を書くにあたり、トロオドン科の誘拐犯疑惑について調べてみた。

(↑BBC制作の『プラネットダイナソー』より、子供の恐竜を襲うトロオドン科)

結果は驚きの。(つまり証拠不十分)

多くの書籍にも掲載されるだけあって、何かしら証拠(歯型なり胃内容物)があると思っていたが、どうやら創作の代物だったらしい ――それどころか獣脚類全体で誘拐や窃盗の確実な証拠は殆ど見つかっていない。オヴィラプトル科の卵泥棒は有名だが、それは現在だと化石に同定ミスがあった事が判明している。

(↑「プラネット・ダイナソー」で紹介された噛み傷の残る化石。これについては論文が見つからなかった。筆者が思うにこれは残飯漁りの結果だろう。)

もちろん小型獣脚類が他種の恐竜の赤ん坊を襲わない理由はない。赤ん坊は反撃しようがないため、非常に手軽な獲物なのだ。出来れば『ふれあい動物園』にでも行ってヒヨコを捕まえてみてほしい(もし捕まらないなら、のび太以下の運動オンチだろう。あなたは)。


代わりに胃内容物からは、ジンフェンゴプテリクスJinfengopteryx elegans》という初期のトロオドン科より、腹部から植物の種子が発見されているらしい。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2817200/
(↑ジンフェンゴプテリクスの論文)


(↑ウィキメディア・コモンズより、種子を飲み込んだジンフェンゴプテリクス。見えにくいが、腹部の赤みがかった粒が種子とされている)

この研究によると、トロオドン科の餌は肉に限らなかったらしい。
というのも果物や種子の栄養価は非常に高い。当時すでに存在していたとされるビワの場合、100gで39.9kcalある。後述の肉と比べれば少ないが、大概の植物のよりも桁違いに多い(菜っ葉100gで20kcalとされているので、その約2倍だ)。
トロオドン科は腹部が小さいため、一度に食べられる食料には厳しい制限があったと考えられる。そんな中で消化しにくく栄養価の低い葉や茎を積極的に取り込むのは難しかっただろう。

一方で植物由来の餌には、栄養不足を補って余りあるメリットが存在する。
『肉に比べて入手が容易。』
という点だ。まず植物は逃げない。強いて厄介なのは棘や藪(そして含まれた有害物質)の妨害くらいだろう。それさえ時間をかけて突破すれば、確実に栄養豊富なご馳走が山のように実っている。
それに植物は数が多い。食物連鎖の都合上、下位の存在は数は多くなっている。必然的に小動物よりも見つけやすいのだ。現在でもタヌキテンのような肉食哺乳類が、機会によっては果実(柿の実)に舌鼓を打つ様子が報告されている。

(↑ウィキメディア・コモンズより、トロオドン類の歯。セレーションの粗さに注目してほしい)

(↑「蘇る恐竜の時代」より、植物を食べるトロオドン科)

この報告を予言したかのように、歯の研究では、かねてよりトロオドン科が雑食である可能性が指摘されてきた。
↑の写真の通りトロオドン科の歯には『鋸歯(縁のギザギザ)が大きい』という特徴がある。これが俗に言う“古竜脚類”(最近では用いられない名称。例としてはプラテオサウルス)と似ている事などから、トロオドン科が時として植物をつまみ食いしていたのではないか?という研究だった。
http://www.arca.museus.ul.pt/ArcaSite/obj/gaia/MNHNL-0000780-MG-DOC-web.PDF
(↑トロオドン科の食性についての論文)

ジンフェンゴプテリクスの発見は正にそれを裏付けるものである。(もっとも誤飲による可能性や、獲物となった小動物を経由しての二次嚥下も考えられるのだが)
現在の肉食〜雑食鳥類(例カラス)の嗜好の広さを考えれば、トロオドン科がゼネラリスト(選り好みせずに何でも食べる生物)だとするのは、至極真っ当なことだ。

またトロオドン科は、恐竜の中でもずば抜けて発達した脳や感覚器を持っていたとされている。こういった鋭い感覚器は小動物を機敏に追いかけ、または敵から素早く逃れるのにも使われたことだろう。さらにアークトメタターサルと呼ばれる衝撃吸収/分散構造が、トロオドン科の後ろ脚に備わっていた。これは俊足の持ち主とされるティラノサウルス科やオルニトミムス科にも見られる構造で、トロオドン科が彼らと同様に優秀なランナーだった事を示唆している。――体格も細見で体重も軽量だったようだ。
トロオドン科は猟犬顔負けのスピードと狡猾さで小動物を追い詰めたに違いない――小型獣脚類が小動物を食べた痕跡は頻繁に見つかる――。 小さくも鋭い鉤爪と粗い歯によって獲物は即座に息の根を止められ、その日のメインディッシュとなったことだろう。――付け合せにフルーツを添えていたので、かなり見栄えも良い。

そろそろ切も良いので“まとめ”という。
以上からトロオドン科は、肉食性の強い雑食だと考えられている。もしもブラディクネメが快速のゼネラリストならば、同地域のハツェゴプテリクスにとって面倒な存在(彼らの卵や幼体を狙う輩)だったのかもしれない。

(↑「蘇る恐竜の時代」より卵を掠め盗ろうとするトロオドン科)



“まとめ”と聞けば皆さんも察しが付くはずだ。3/1をもって本記事は上/下の二段階構成とさせていただく(エエッー)
というのも、下手に続けようものなら字数が2万に達しかねないのだ。
これにて“上”は終了とし、あとは“下”も引き継ごう。

それでは読者の皆様、“下”にて会いましょう!!



《参考文献》

※リンクと字数の都合により割愛した論文がある。それらはブラディクネメのWiki記事を参照してほしい。

《トロオドン科説》
・3属の比較研究
https://web.archive.org/web/20110716054243/http://palaeontology.palass-pubs.org/pdf/Vol%2018/Pages%20563-570.pdf
・ジェンフェンゴプテリクスの胃内容物について
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2817200
・トロオドン科の食性について
http://www.arca.museus.ul.pt/ArcaSite/obj/gaia/MNHNL-0000780-MG-DOC-web.PDF
・小型獣脚類の食性(肉食)の論文
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/1998Natur.391..147C

・バラウル関連の論文や記事(次回説明)

・ホルツ博士の最新事典
・鳥類学者無謀にも恐竜を語る
・各種ほ乳類図鑑

3/2補足
序盤にて取り上げたヘプタステオルニスは現在学名が消滅気味で、エロプテリクスは分類が錯綜しているようだ。
そのため次回以降も特に理由がなければ彼らことは(申し訳ないが)無視させてもらう。

《ネタ元》

・『プラネットダイナソー』第6話『驚異の生き残り戦略』

・『ダイナソープラネット』4作目『サルタサウルスの成長』

・私の気力(!?)

(2下)へ続く…(ヨテイ)





今見直す、恐竜ドキュメンタリー 『プラネットダイナソー』小人の国の狩人(1)

2020-02-24 19:35:15 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
 『鉄は熱いうちに打て』と言うではないか。という訳で筆者の意欲が続いているのを良いことに、別記事を書く。(エエッ)


今回は『プラネットダイナソー』第6話より、『ハツェグ島の小型獣脚類』について取り上げようと思う。
“ハツェグ島”と聞いて迷わずヨーロッパ(ルーマニア)を思い出せた方は、かなり熟練の古生物クラスタだろう。島名を聞いてから慌ててグーグルマップを開いた読者へ一言。それは無駄である。(ムジョウ)
というのもハツェグ島は氷河期の訪れと共に、今のユーラシア大陸の一部となってしまったため、今後数百万年は見られないのだ。それに引き換え白亜紀の地球は温暖だったため、ヨーロッパの広い地域が水没して島となっていた。その一つがハツェグ島である。
ハツェグ島の(とりわけ生物の)概要は、ドキュメンタリー本編や日本人イラストレーターの川崎悟司氏のブログを見てもらえると話が早い。
(↑についてリンクの使用を即日で快諾していただいた川崎氏へ、この場で厚くお礼を申し上げる。)

要点だけを羅列すると、以下となる。

・島内の恐竜(テルマトサウルスやマジャーロサウルス)は他の地域より小型。
・キリン並に成長する翼竜(ハツェゴプテリクス)が生息していた。
・現状ティラノサウルス類のような大型肉食恐竜が発見されていない。

前2つは置いておくとして、問題は『大型肉食恐竜の不在』だ。

当時の地球上では大型肉食恐竜が最上位の捕食者として君臨していた。これに疑いの余地はない。
だが島という特殊な環境によってかハツェグ島では、現在まで明確なティラノサウルス類やアベリサウルス類(例としてはカルノタウルス)が発見されていないのだ。
そのため大抵の場合ハツェグ島を取り上げた作品では、巨大翼竜ハツェゴプテリクスが恐竜を押し退けて最上位の捕食者と描かれている。
(↑本編より、マジャーロサウルスの子供を襲うハツェゴプテリクス)

なおハツェゴプテリクスの真の食性については、別個で記事を立てる予定なので、今回は深入りしないこととする。



ただし現時点でもハツェグ島から獣脚類(肉食恐竜?)そのものは産出しているのだ。それも2種類。4本の鉤爪を持ったバラウルと、謎めいたブラディクネメである。どちらも推定全長は1〜2m程度と小型。前者はドロマエオサウルス類か初期の鳥類、後者はアルヴァレスサウルス類かトロオドン類と見られている。
そして『プラネットダイナソー』第6話では、ブラディクネメがハツェゴプテリクスの引き立て役(いわば噛ませ犬)として登場した。見事トカゲを捕獲したと思いきや、上空のハツェゴプテリクスを発見して脱兎のごとく逃げ出したり、せっかく見つけた恐竜の死骸を安々と奪い取られたり…。と散々な描写が見受けられる。
たしかにハツェゴプテリクスとブラディクネメでは大きさに激しい差があった。想像してほしい。自分の5倍もの身長ながら自由自在に空飛んで餌を探す生物を…。しかも相手の口には自分を2〜3体咥えられるサイズの嘴があるのだ。間違いなく勝てないと思うし、出会ったら3秒以内に逃げ出したいだろう。(私だって御免だ)

これだけ聞いていれば、「翼竜が最上位の捕食者で良いのでは?」と思うのではないだろうか?
だが私の答え(持論)を述べてしまおう。

それは「NO」だ。


これは荒唐無稽な話ではない。現に小型獣脚類と大型翼竜の間で、捕食/被食の関係があった証拠が見つかっている。この報告によると、ハツェゴプテリクスに極めて近いアズダルコ類の翼竜(ケツァルコアトルスの可能性がある)の化石から、小型獣脚類のサウロルニトレステスの歯型が見つかっている。明らかに大型翼竜が小型獣脚類の献立に組み込まれていたのだ(ヴェロキラプトルから同じような報告が挙がっている)。
厳密にはサウロルニトレステスはバラウルに近縁(ドロマエオサウルス類に属する。)とされているため、「これをブラディクネメにも当てはめて良いのか?」と聞かれたら、私は渋い顔をせざるをえない。それに上記の報告では、犠牲となった翼竜が幼体だった事も分かっている。(大人vs子供で比較とかサイテー!!)
だがそれでも、推定された子供のサイズはサウロルニトレステスを軽く上回っていたようだ。少なくとも小型獣脚類が常に蹴散らされるだけの存在ではないことは、これで分かってもらえるだろうか?

さらにダメ押しとして、人間が闘鶏に襲われて死ぬ事例が報告されている。流石に鶏と人間のサイズ比は、いちいち説明せずとも良いだろう。このケースでは闘鶏の脚にあった小刃(闘鶏用の道具)が、男性の首に刺さって出血多量を引き起こしたようだ。そして実際にバラウルでは、脚に4本の鈎爪(シックルクロー)が発達していた。

(↑バラウルのニュース記事より。これは片脚で、上2本がシックルクロー)

このシックルクローは自前の刃とも言うべき武器で、彼らのような小型のドロマエオサウルス類にとって、『一撃必殺』の武器だったことが研究によって示されている。このシックルクローの威力については、次回以降のバラウルの解説の際に詳しく説明する予定だ。一口に説明しておくと、自身の十数倍の体重を持つ相手を仕留められた可能性がある…。と考えていたが、諸事情によりシックルクローの解説は別記事で行うことにした。そのため詳しくは別記事を参照。
ちなみにブラディクネメについては分類が錯綜しているため、鈎爪の有無については不明である。もしもアルヴァレスサウルス類だとすれば、彼らに目立った武器(大きな爪や歯)はなかっただろう。一方でトロオドン類だとするならば、バラウルよりも小さなシックルクローを持っていたと推測されている。(これについても次回以降、順番に詳しく解説する予定だ。)
ただしシックルクローが小さいにせよ、類縁の可能性があるトロオドン類が、比較的大型の獲物を食べていた証拠は見つかっているらしい(他種の恐竜にトロオドン類の歯型が残されていたのだとか)。
死骸を漁ったにせよ、生きている相手を襲ったにせよ、彼らは決して非力なトカゲハンターではなかったと考えられる。大人のハツェゴプテリクスまでは襲わずとも、子供や卵を狙って巣に侵入したり、死骸を巡って小競り合いを繰り返していたはずだ。――ちょうどハゲワシとジャッカルがするように。
(↑「恐竜たちの大移動」より、死骸を漁るケツァルコアトルス)

(↑「恐竜たちの大移動」より、死骸を漁るトロオドン科)


ところが上記の研究とは180°異なり、「バラウルやブラディクネメが大人しい小動物だったのでは?」という研究もある。それによると四刀流の使い手バラウルは植物や虫を主食とする穏健派で、ブラディクネメは小昆虫の専門家とされているのだ。
(これらの異説についても個別の解説に絡めて解説する予定である。)



…開幕から早速とんでもない話を書き連ねてきたわけだが、実は上記の話を根底から揺るがしかねない研究も挙がっている。単刀直入に言ってしまおう。
『現在ドロマエオサウルス類とされている恐竜の中に、実はティラノサウルス類が混ざっているのでは?』という話だ。

「!?」

と思われた方へ…今度は安心してほしい。私も全く同じである。(ボーゼン)
毎度のように次ヶ回以降で解説(もとい考察)する予定なので、気長に待っていてほしい。



唐突ではあるが、今回も解説に一段落がついたため、『ハツェグ島の小型獣脚類について』(1)は、ここまでとさせてもらう。
それでは読者の皆様、また次回!



(2)へ続く…(ゼッタイ)



《参考文献》

福井県立恐竜博物館2014年度特別展 図録『スペイン 奇跡の恐竜たち』

・ティラノサウルス類とドロマエオサウルス類の混同について
https://academic.oup.com/zoolinnean/article/158/1/155/2732041
・ハツェグ島の獣脚類について
Csiki, G. & Grigorescu, D. (1998): Small theropods from the Late Cretaceous of the Hateg Basin (western Romania) - an unexpected diversity at the top of the food chain. Oryctos 1: 87-104.
・バラウルのニュース記事
https://www.bbc.com/news/science-environment-11137905
・闘鶏の死亡事故
https://twitter.com/livedoornews/status/1220212921935908865?s=19
・バラウルは植物食なのか…
Balaur: More than just a "Double-Sickle-Clawed Raptor"
・ヴェロキラプトルの胃内容物
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0031018212000946
・ヴェロキラプトルの捕食方法について
https://www.livescience.com/17485-velociraptors-killer-claws.html
・トロオドン類は雑食性なのか…
Holtz、Thomas R.、Brinkman、Daniel L.、Chandler、Chistine L.

《ネタ元》

・『プラネットダイナソー』第6話『驚異の生き残り作戦』

・私の気力(!?)


今見直す、恐竜ドキュメンタリー 『発見!恐竜の墓場』(1) 〜主人公は偽ラプトル!?

2020-02-23 04:25:35 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
 まずは挨拶から…
皆様ご無沙汰しております。本ブログ主ことGuanlongです。復活するする詐欺で有名(←なんとかせなならん)な当ブログですが、これからも断続的な復活と休眠を繰り返す予定ですので、たまに覗いてもらえると執筆の励みとなります。

では早速本題に入らせていただきます。



ということで前置きは別記事(“概要”の記事)に書き並べてあるので、今回からは新企画を気兼ねなく進めていくこととする。

今回の犠牲番組はナショナル・ジオグラフィック制作の『発見!恐竜の墓場』だ。


これは2007年に発売されたDVD作品で、おおまかな内容は、『ゴビ砂漠で発見された“恐竜の墓場"と呼ばれるミステリアスな集団化石に秘められた大量殺戮のトリックを暴く過程で、新たに掘り出されたジュラ紀中期の化石を元に恐竜進化の謎をも解き明かしていく。』というものである。

「なぜ記念すべき第一回で比較的マイナーな本作を取り上げたのか?」

という疑問について、その答えは一つしかない。それは、

「今作の主役たる獣脚類のグアンロンが、私の推し恐竜だから!!」


(↑DVD本編より、主役のグアンロン)

…である(どうぞ呆れてくれ)。
冒頭の挨拶で述べたとおり、私のgooブログにおけるユーザーネームは“Guanlong”。言わずもがな上記の主役恐竜グアンロンから拝借した名前である。ではここでグアンロンについて軽くまとめておこう。

(↑ウィキメディア・コモンズの図より、人とのサイズ比較)

学名《Guanlong wucaii》
全長 約3メートル
分類 獣脚亜目→コエルロサウルス類→ティラノサウルス上科→プロケラトサウルス科
食性 肉食
生息地域/年代 中国ウイグル自治区/約1億6千万年前(オックスフォーディアン)
特徴 暴君竜ティラノサウルスの親類だが身体は小さく細身。頭部は頑丈さよりも華奢さが目立つ。最大の特徴は頭部を飾る一枚の鶏冠で、これが名前の由来(guan→冠、long→龍)となっている。

とまぁ書き連ねたは良いものの、これでは一見すると「ニワトリみたいな鶏冠を持った小っこいラプトルモドキ?」のように感じるだろう。――寝る間を惜しんで恐竜関連の書籍を読み漁っているような熱勉家なら話は別だが。
実際DVDの前半ではグアンロンのことを“肉食のラプトル”と呼称していた。
では早速、ここで最初の修整/解説ポイントとなる。この“ラプトル”という名称は、大元を辿ると現生の猛禽類(ワシ・タカ)を指す専門用語だった。その意味とは“略奪者”。天空から獲物を急襲し、一気に掻っ攫う捕食者としては、的を得た名称だろう。そして上記の意味が転じて系統的にも近いドロマエオサウルス科(代表種はデイノニクスやヴェロキラプトル)を指す言葉にもなった。
さて問題となるグアンロンだが、実はこのドロマエオサウルス類に含まれていない。彼らは恐竜界の大スターと謳われて久しいティラノサウルスの仲間なのだ。その証拠は骨盤や前上顎骨歯(人間でいう前歯)の形状である。特に前歯は特徴が一発で分かる。歯の断面がD字型なのだ。
(↑はグアンロンの記載論文の図)
これはグアンロンから9000万年後のティラノサウルスにも共通する特徴で、一説には獲物から肉を引き剥がしやすくする効果を持った特徴とされている。

閑話休題。つまるところグアンロンとドロマエオサウルス類は同じコエルロサウルス類に属するものの、両者の間に直接的な類縁関係は無いのだ。

(↑コエルロサウルス類の系統図。上部にティラノサウルス類のグアンロンが確認でき、一方の“ラプトル”は下部で確認できる)

 ――付け加えておくと、学名に“ラプトル”とあっても、その生物が必ずしもドロマエオサウルス類に属するわけではない。例えば日本から発見されたフクイラプトルは、最初こそドロマエオサウルス類とされていたが、今ではカルノサウルス類(代表種としてはアロサウルス)かティラノサウルス類に属するとされている。―― にも関わらず作中でグアンロンがラプトルと呼ばれたのは、ひとえにラプトルという言葉が、抽象的なイメージとして確立されているからだ。今もなお恐竜映画の金字塔として名を残す『ジュラシック・パーク』において、この矮小な盗賊たちは圧倒的なスピードを観客の脳裏へ叩き込んだ。実際のドロマエオサウルス類の走行能力についてはさておき、これにより『ラプトル=小さい&敏捷な肉食恐竜』という概念が誕生したのだ。そしてグアンロンもまた全長3メートルと小柄で、脚の様子から敏捷な事が示唆されている。ならば大衆へと説明する際に「グアンロンはラプトルのような恐竜だ。」と言ってしまえば、おおよそのイメージを持ってもらう事が出来る。厳密性には欠けると言わざるをえないが、これは一般の視聴者に対して必ずしも悪手とは言えない。まずは『知ってもらう事』から始めねば、その先で論じる云々ですら何ら意味をなさないのだから。


という事で最初は『グアンロン≠ラプトル』を解説した訳だが、ここでもう一つ本作におけるラプトル絡みの訂正を行なおう。それはDVD解説パートの序盤にて映された以下の骨格についてである。

(↑ナショナルジオグラフィックHPより、DVD内で取り上げられたのと同一の標本)

解説ではこの恐竜を“肉食のラプトル”と呼称し、S字状の長い首や長い後ろ脚に軽く触れていた。あたかも↑の標本がグアンロンであるかのように。だがしかし、それは甚だしい大々間違いだ!!
その真名はリムサウルス《limusaurus inextricabilis》である。ではここでリムサウルスについても軽くまとめよう。

(↑ウィキメディア・コモンズより、人とのサイズ比較)

学名 《Limusaurus inextricabilis》
全長 約2m?(成長段階を加味した数値)
分類 獣脚亜目→ケラトサウルス類→ノア
サウルス科?(詳細不明)
食性 昆虫食~植物食
生息地域/年代中国 ウイグル自治区約1億6千万年前(オックスフォーディアン)
特徴 非常に短く退的な前腕と細長い首、
ろ足、尻尾が特徴的。成熟するにつれて歯が失われた事が判明しており、成体と幼体では餌が異なっていた。名前の由来は「泥まみれのトカゲ」で、これは化石化の経緯が関係している(詳しくは次回(2)で軽く解説する)。


(↑日関電工新聞HPより、餌を漁るリムサウルスのイラスト。)

そう、本種リムサウルスは大衆のイメージしたがる獰猛な肉食恐竜ではない。かのジュラシック·パークにて人々を震え上がらせた“ラプトル”とは似ても似つかないのだ。この取り違えは弁明しにくいが、もしかするとDVD制作陣にはリムサウルスの詳細な情報が届かなかったのかもしれない。というのも本作の目玉となったのは前述のグアンロンや、それと関係性の強い一部の種類に限られており、リムサウルスは名前すらただの一度も呼ばれていない。となれば時間やら予算やらの都合でリムサウルスの説明が手抜きになるのも仕方ない…。と思えなくもない。――もっともDVDの発売年(2007年)にはまだリムサウルスが正式に命名されていなかったため(命名は2009年)、下手な仮称で混乱を招くよりはマシだ。

(↑DVD本編より、リムサウルスと思しき
小型獣脚類。グアンロンに襲われている)

ただ本作でもリムサウルスと思しき恐竜のCG映像は確認できる。そのCGの出来映えは決して悪くなかったため、その食性くらいは正しく説明できたと思わなくもない。…とどのつまり『リムサウルス≠ラプトル』という事である。ついでに補足しておくと本作において正真正銘のラプトルは登場しない。いわば“モブ生物”の解説パートにて、赤茶色の体色をした“新種のラプトル”が登場する。
(↑おそらくこの恐竜は最初期のアルヴァレスサウルス類だろう)。

かくして“墓穴”の筆頭犠牲者2種について軽い解説をした(厳密にはもう1種犠牲者が存在するものの、それは追々解説する)。

果たして読者の方々、ここまでの内容はいかがだっただろうか?あまり長く書いてしまうと読み難く、さらに私の気力も続かない(やる気スイッチ故障中)ので、今回はここまでにしようと思う。次回以降はDVDの内容を更に掘り下げつつ、サクサクとしたテンポの良い解説にしていく予定だ。
このブログを読んで新たに感想や意見を持った方は、遠慮なくコメント欄、SNS、リアルの友人へ記事内容を話してみてほしい。

「どこそこが変だよ」

といった指摘は有り難く頂いて内容を修正する助けとし、

「分かりやすかった!」

といった感想があれば私の希薄なモチベも少しは長続きするはずである。――評価大好きマンの私にとって、こうした感想は麻薬よりも激烈に効き、たちまち最高にハイッ!ってなれる(笑)。
そしてもし、この私の粗雑なブログが皆様の明日の話題の種となれば、それこそが私にとって本望に他ならない。


2回目へ続く…(ヨテイ)


《参考文献》

・グアンロンの記載論文
http://lesdinos.free.fr/Ty160.pdf
・ティラノサウルス類の全上顎骨歯
https://www.nrcresearchpress.com/doi/abs/10.1139/e11-068
・フクイラプトルの記載論文
http://cactus.dixie.edu/jharris/Currie%26Azuma_Fukuiraptor_growth.pdf
・メガラプトル科の系統解析
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4943716/
・リムサウルスの論文
https://www.nature.com/articles/nature08124
・ナショナルジオグラフィックHP
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2178/?ST=m_news



《ネタ元》

·ナショナルジオグラフィック制作DVD『発見!恐竜の墓場』

·筆者の気力(!?)



ps.グアンロンの日本語版Wikipedia記事を大幅に加筆しました。生意気ながらグアンロンの概要を知るのには、おおむね文句のない出来になったと自負しております。なのでコチラの方も気が向いたら斜め読みしてください。また本ブログではWikipediaに書くのは輝られるような内容も、どんどん深く掘り下げて書く予定ですので、これからもお付き合いください。そしてWikipediaの加筆にご協力いただいた大学生のT氏、O氏、社会人のSY氏、SM氏には、この場を借りて厚くお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。