話を遡ること数時間前。某氏とのコラボ企画の記事を練っていた時の事だった。不意にジワ〜っと溢れ出たのである。やる気ではない。単発記事のやる気であr(((往復ビンタ
(ヴェツソドンの生体復元。丸く短い鼻面が特徴的 #1より)
(アナグマの剥製 科博にて撮影)
(ラーテルの剥製 大地のハンター展にて撮影)
(ヴェツソドン(左)とモスコリヌス(右)の比較。切歯や臼歯の大きさ、頭頂孔の開き方、後頭部の張り出し具合いなどが違う。スケールバーは2cm #1より)
(ヴェツソドン(左)とモスコリヌス(右)の頭頂面の比較。#1)
(ヴェツソドンの顔の復元。#1の論文中では、爬虫類のような骨張った復元だった)
(ウンピョウの頭骨。体格比ではネコ科最長を誇る 大地のハンター展にて撮影)
(現生のウンピョウの写真。犬歯が全て隠れている Wikiメディア)
(ディキノドン類を仕留めた2頭のヴェツソドン #1より)
てなわけで挨拶はそこそこに、今回の主役を紹介したい。今回の主役は人呼んで“猛獣指定のパグ犬”こと、ヴェツソドン《Vetusodon》である!!
(ヴェツソドンの生体復元。丸く短い鼻面が特徴的 #1より)
ヴェツソドンは生まれたてホヤホヤ(?)の古生物であり、記載されたのは2019年。南アフリカのカルー盆地《Karoo Basin》、ペルム紀はロピンギアン《Lopingian》(およそ2億5900万年前〜2億5230万年前)の地層から発見された頭骨に基づいている。筆者が頭骨から推定した全長は約1m〜1.2m。同じく適当に現生哺乳類を元にして割り出した体重は約35kg。うん、重い(笑)。現生の哺乳類に比べて頭部が大きい事を考えてから、体型の近いアナグマやラーテルを拡大した値である。なので過信しないでもらいたい(特に体重は)。
(アナグマの剥製 科博にて撮影)
(ラーテルの剥製 大地のハンター展にて撮影)
記載論文(#1)はフリーでネットに転がっているし、単弓類を研究している古生物学者のクリスチャン・カンメラー(Christian Kammerer)氏が実骨をツイートしていたので、この記事を片手に読み勧めてもらえたら幸いだ。
発見当初からヴェツソドンは話題に事欠かなかった。
なぜなら本種が発見されたペルム紀後期は、もっぱらゴルゴノプス亜目《Gorgonopsia》やテロケファルス亜目《Therocephalia》が繁栄した時代であり、ヴェツソドンなどキノドン類の出る幕はないと思われていたからである。実際ペルム紀のキノドン類には、プロキノスクス《Procynosuchus》やドヴィニア《Dvinia》に代表される小型で魚食ないし雑食の、控えめに言ってモブキャラのような種類が多かった。
(プロキノスクスの組み立て骨格。頭骨はエグい変形をしているので注意されたし 科博にて撮影)
よって『ペルム紀はキノドン類にとっての暗黒時代……とまではいかずとも、来たるべき繁栄へ向けた“忍耐の時”』というのが一般的な認識だった(#2,#3)。
それを根底からドッサリひっくり返したのが、我らがヴェツソドンなのである!
ではヴェツソドンの特徴を見ていこう。…毎度ながら筆者は骨学的な事はサッパリなので、ざっくりした箇条書きになる事を念押ししておく。とはいえ、いくつかのポイントは多少なりとも掘り下げていきたい。ではまず口蓋面(口の裏側)から(´・ω・)テストニデルヨー
《口蓋面》
(ヴェツソドンの頭骨の口蓋面。スケールバーは1cm #1)
・切歯(前歯)がやや小さく細長い
・犬歯が太い楕円形
・臼歯(奥歯)の発達が顕著
詳しくはゴルゴノプスの記事で解説するが、基本的に獣弓類(下手すりゃ非哺乳類の単弓類全体)は臼歯が貧弱だ。子孫である我々人類がスルメだの煎餅だのナッツだのをしれっと食べているから違和感を覚えるのであって、これは単弓類全体で考えるとレア中のレアなのである。
だがキノドン類は例外だ。キノドン類は複雑な奥歯を発達させた事で、ゴキブリだのソテツだの魚だのをムシャムシャ出来るようになった。
その例に漏れず、ヴェツソドンも発達した臼歯を生やしている。さながらたけのこの里みたいなこの歯は、肉を噛み切るだけでなく、大きな骨や硬いスジ、あるいは干からびた死体ジャーキーをバリボリ食べるのに役立ったことだろう。
無論ゴルゴノプスやテロケファルスも顎は強靭だ。しかしゴルゴノプスやテロケファルスに臼歯は無い。あっても無いに等しい。これは彼らのライフスタイルや進化史が原因だと思われるが、これ以上は話が脱線するのでまたの機会に話そう。
・二次口蓋が中途半端
二次口蓋とは、人が口の中に指をツッコんだ時に感じる“口の天井”のことだ。実は魚類から鳥類にかけて、ほとんどの動物にはコレがない。じゃあ「口の中に指をツッコんだらどうなるか?」と聞かられたら、それは簡単。鼻の裏までズブリで鼻血ぶしゃーである。本当に鼻血ぶしゃーかは別として、これは捨て置けない問題だ。なぜなら二次口蓋が無い状態でモグモグよく噛んでいたら、食い物が鼻道に入り込んでしまうからである。それが嫌ならさっさと飲み込むしかない。実際、哺乳類以外の脊椎動物は基本的に餌を丸呑みにする。幸い自然界にテーブルマナーの厳しい親御さんはいないのでどヤされる心配はないのだが、これだと一つ困った事が起きる。餌をきちんと消化出来ないのだ。
( ´Д`)=3「いやまっさか〜(笑)」
って思った読者もいるだろう。なら今晩にでも缶詰めのスイートコーンをよく噛まずに食べてほしい。そして翌日の大便を観察してもらえないだろうか? 別に意地悪で言ってるのではなく、本当に消化されないのを確かめてほしいだけなのだ。悲しいかな、人間には砂嚢(砂肝)がない。これもまた便利な代物なのだが、それはリムサウルスの解説へお任せして、とどのつまりモグモグ咀嚼出来なければ、せっかくの食い物も無駄になってしまう。
ではどうするべきか? ここで一旦思い出してみよう。
Q.なぜ哺乳類以外の脊椎動物は咀嚼が出来ないのか?
A.鼻に食い物が入る(=呼吸の邪魔になる)からである。
…もう分かっただろう?
ズバリ(・∀・)9「鼻と口を隔ててしまえば良いのだァ!!」
てなわけで哺乳類(と一部の獣歯類)は、鼻と口を隔てる“第2の口蓋”=二次口蓋を獲得するに至った。肉塊のような消化し易い餌ならまだしも、植物や昆虫のような硬い餌を相手にする時、これが役に立つのは言わずもがなだ。
それではヴェツソドンに戻ってみるが、ヴェツソドンは二次口蓋が中途半端である。たぶん軟骨がこの上をカバーしていたのだろうが、その意味ではまだまだ発展途上である ――ヴェツソドンの主食が肉塊だった事も一因だろう。
《側面》
(ヴェツソドンの左向きの頭骨。パグ犬のような鼻面だが、化石化に伴う変形で誇張されている点に注意。スケールバーは1cm #1)
・上顎骨(上顎の歯列寄りにある表面のボツボツした丸い骨)が大きい
※ボツボツは後で解説するので今は省略
・鼻は硬骨で形成されている
おそらく哺乳類(ないし哺乳形類)になったタイミングで鼻の骨が軟骨になったと思われる。しかし詳細は不明……いずれ記事にしたい。
(ヴェツソドンの頭頂面と右向きの頭骨。後頭部の頭頂孔が残っているのは興味深い。また右向きの頭骨は、↓に出すプロガレサウルスの頭骨にも似ている。スケールバーは1cm #1)
・パグ犬さながらの短い口吻
・側頭窓が非常に広い
・頬骨(眼窩の後端から伸びる横長の骨)が太く長いアーチ状
一にも二にも、太い咬筋が通っていたためである。例えばディメトロドン《Dimetrodon》やディノケファルス類《Dinocephalia》も強靭な顎を備えていたが、しかし頬骨(と側頭窓)は太短い(小さい)ばかりだった。これは筋肉の配置が関係しているのだが、一部の派生的な獣弓類(ゴルゴノプス以降の獣歯類)は、積極的に頬骨(と側頭窓)を発達させていった。単弓類の咬筋もまた、これだけで記事一本が出来上がってしまうほど美味しいネタなので、詳しい話はいずれしたいと思う。ともかくヴェツソドンも咬筋(それも人の頬にあるのと同じ筋肉)を発達させていた事は覚えておいてほしい(#4)。
・頭頂孔が半開き
より一般(?)には“第三の目”という名称の方が通りが良いかもしれない。ただ間違っても手塚治虫の『三つ目がとおる』ではない。少し物知りな読者であれば、ムカシトカゲにはおでこに3コ目の眼があるなんて話を聞いた事がある人もいるのではないだろうか? もっとも、「眼」と言っても物を見ることは出来ず、せいぜい明暗を感じる程度である。しかし体温調節にはもってこいの道具だ。
・第三の目(頭頂眼)が明るいと感じる場所=日の当たる暖かい場所
・第三の目(頭頂眼)が暗いと感じる場所=日の当たらない寒い場所
さながらON-OFFスイッチのように働いて、上手いこと身体を調節してくれるのである。
その一方、頭頂眼があるという事は、すなわち持ち主の体温調節が日光に左右されていた(=変温動物)事を示してもいる……。って無難に〆るのも悪くないが、本当にそうだろうか? 獣弓類の身体は凄いもので、探せば探すほど恒温動物だった証拠が出てくる。現生のハト(体温37℃)やトガリネズミ(半日絶食したら死ぬ)ほどの高代謝ではないにしろ、これが充電せねば動くこともままならない変温動物だったとは、とても信じられない。…毎度ながら単弓類の代謝も話すと長k(((以下略!
ちょっと考えられそうなのは、当時の気候だろうか?ペルム紀の地球には超大陸パンゲアしかなく、とりわけ後期ともなれば平均気温が23℃(過去6億年の中で最高)に達した。パンゲア内部は乾燥化によって“死の砂漠”が拡がっており、沿岸部にしても赤道直下の強烈な日差しから身を守らねばならなかった。さしもの獣弓類も現生哺乳類ほどの高度な体温調節は出来なかった事を鑑みても、彼らが頭頂眼の観測結果を“日時計”のように使っていた可能性は、あながち否定できないのではないだろうか?
ヴェツソドンにしたって、わざわざクソ暑い昼真っ盛りに狩りをせずとも良いだろう。昼間は木陰で惰眠をむさぼり、明け方と夕方〜夜間にかけて自慢のエネルギーを爆発させる。そんな生き方を私は勧めてみたい。
《比較》
いかがかな?
……(#・∀・)「こげな物いくら並べられても知るかボケェ💢」
って人もいるに違いない。筆者も現時点ではこのレベルがせいぜいである。そこで次はちょっとばかり趣向を変え、収斂進化(?)の相手であるモスコリヌス《Moschorhinus》と比較してみたい。ちなみにモスコリヌスは、キノドン類ではなく肉食性のテロケファルス亜目であり、同時にペルム紀末の大量絶滅(P-T境界)すら乗り越えた実績を持つタフな捕食者だ。
(ヴェツソドン(左)とモスコリヌス(右)の比較。切歯や臼歯の大きさ、頭頂孔の開き方、後頭部の張り出し具合いなどが違う。スケールバーは2cm #1より)
どちらも頭骨長20cmほどで、パグ犬のような短い鼻面をしている。後頭部の側頭窓が広いのも同じだ。パッと見では確かに瓜二つ。でも丹念に観察してみれば、下顎の張り出し具合いや眼窩の形状など、差異がポロポロ出てくる。そこで次は違いが顕著出ている口蓋面を例に比較してみよう。
(ヴェツソドン(左)とモスコリヌス(右)の口蓋面の比較。#1)
・内鼻孔があまり見えない=作りかけの二次口蓋が見える
(モスコリヌスは内鼻孔が隠れ気味なれど、ほぼ丸見え)
・歯列(とりわけ臼歯)が一歩引いている
(モスコリヌスは骨端崖っぷち)
ヴェツソドンの場合、歯の手前に頬(ふにふにした肉質のもの)が付いていた可能性がある。じゃあモスコリヌスに頬は無いのか?と聞かれたら、これも素直に首を縦には振れない。後でヒゲ諸々と合わせて解説するが、頬かダルダルの唇のような、何かしらの肉質の物が口を覆っていた可能性は高いと思われる。
・側頭窓が緩い楕円形
(モスコリヌスは三角形)
・後頭部の左右への張り出しが甘い
(モスコリヌスはオーバーハングしている)
内鼻孔や臼歯(と推測された頬の有無)を踏まえたら、ヴェツソドンのほうがモスコリヌスよりも発展していると思う人もいるだろう。それは概ね合っている。しかし全てが正しいとは限らない。
(ヴェツソドン(左)とモスコリヌス(右)の頭頂面の比較。#1)
よく見てみよう。彼らのおでこ(正確には後頭部の中央)を。その通り、ヴェツソドンにはハッキリした頭頂眼があるが、モスコリヌスには頭頂眼がないor目立たなくなっている。↑でも説明したが基本的に頭頂眼は、有ったら変温動物/無かったら恒温動物なのだ。これをどう受け取るかは解釈次第であるものの、必ずしもヴェツソドンのほうが哺乳類的であるというのは、いささか軽率な考えだろう。
てなわけで次は復元の話をしたい。
(ヴェツソドンの顔の復元。#1の論文中では、爬虫類のような骨張った復元だった)
歯列(と頬云々)の話でしたように、ヴェツソドンには柔らかな頬か唇があった可能性が高い。しかし同時に、頬や唇を突き破りかねない長さの犬歯が生えているのも事実だ。
このあたりの復元は描き手によると言えばそうなのだが、一つ考えられるとすれば現生のウンピョウのごとき見てくれだったという話かもしれない。
(ウンピョウの頭骨。体格比ではネコ科最長を誇る 大地のハンター展にて撮影)
(現生のウンピョウの写真。犬歯が全て隠れている Wikiメディア)
ウンピョウは古の“サーベルタイガー”に勝るとも劣らない長さの犬歯を生やしており、これでレイヨウやサルを噛み殺す。ただし歯の断面は薄べったい楕円形になっておらず(真円形)、いわゆるサーベルのような切れ味はない。この点がヴェツソドンに近い(彼らの場合、犬歯の断面はサーベルと真円の中間だが)。
肝心の唇についてだが、もちろんウンピョウは犬歯をきっちり隠している。であれば、ヴェツソドンの口元もダルダルふにふにの唇を付けたほうが現実的かと思われる。つまり論文の復元図は(論文)3:7(筆者)ぐらいで誤りだろう。……そもそもキノドン類(ないし獣弓類)は、ほぼ間違いなく口元にヒゲ(感覚毛)があった。
(プロガレサウルスの頭骨。口周りのボツボツがヒゲの痕跡。↑で示した右向きの頭骨と外形が似ている #5)
《余談》ちなみに↑の標本が「よみがえる恐竜・古生物」という図鑑にて“トリナクソドン《Thrinaxodon》の頭骨”とされていたが、実際にはプロガレサウルス《Progalesaurus》の頭骨である。なおこの事は筆者がヲタク界隈で初めて気づいた可能性が微レ存(^ω^)9ウッヒッヒ
ゴホン…閑話休題。
であればヒゲを生やす毛根なり何なりを考えると、やはり唇があったのは至極当然だし、歯列も骨の縁より一歩下がった位置にあるのも、そうした肉質の存在を示唆(頬の存在を補強)しているさえと言える。まぁ、唇や頬&犬歯だけ剥き出しにしていた可能性も高いが ――筆者はこの可能性を押したい。実用性もさることながらカッコいいからである(笑)。
あとヒゲがあったのだから、十中八九ヴェツソドンの全身にも体毛が生えていただろう。復元図ではタワシ状の豪毛(?)が背中に申し訳程度生えていたが、たぶんそれはない(キッパリ)。この頃の単弓類は物がカラーで見えた ――もしかすっと鳥類みたく紫外線まで見えていたかもしれないが確かめようがないのでボツw―― ので、ヒョウ柄ではなく自然に溶け込みやすい色(ピューマやクズリのような)の毛皮を身に纏っていたに違いない。
(ディキノドン類を仕留めた2頭のヴェツソドン #1より)
狩りについては、まず間違いなくゴルゴノプスより代々受け継がれし『今からテメェを右ストレートでぶっとばす。まっすぐ行くから覚悟しとけよ』戦術の使い手だろう。これについてはゴルゴノプスの記事でみっちり解説するつもりなので、期待してもらって構わない。控えめに言って身の毛もよだつ殺し屋だったとだけ言っておこう。
《参考文献》
[論文]
#1『A new, large cynodont from the Late Permian of the Karoo Basin, South Africa and its bearings in epicynodont phylogeny』(Fernando Abdala:2019)…ヴェツソドンの記載論文
#2『Dimetrodon Is Not a Dinosaur: Using Tree Thinking to Understand the Ancient Relatives of Mammals and their Evolution』(Kenneth D Angielczyk:2009)…単弓類の総括
#3『Evolution of the Permian and Triassic tetrapod communities of Eastern Europe』(AG Sennikov:1996)…ペルム紀〜三畳紀の食物網
#4『Phylogenetic interrelationships and pattern of evolution of the therapsids: testing for polytomy』(Kemp, Tom S:2009)…獣弓類の咬筋
#5『Padrões de diversidade e distribuição de cinodontes não-mamaliaformes do Triássico da América do Sul e África.』(Fernando Abdala:2012)…プロガレサウルスの論文
[ネット記事]
・『Vetusodon elikhulu: cuando lo antiguo tiene algo de moderno』(CONICET:2019)…ヴェツソドンのニュース記事
[書籍]
・『哺乳類型爬虫類-ヒトの知られざる祖先』(金子隆一:1998)
・『絶滅哺乳類図鑑』(富田幸光:2002)
・『恐竜異説』(ロバート・バッカー:1989)
・『肉食恐竜事典』…(グレゴリー・ポール:1993)
・『生命大躍進』(図録)…(科博:2015)
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