一句鑑賞

谺して・・・

昨夜のBS2のグレートトラバース2を視た。
九州に入り英彦山が田中氏の感想を交えて放送された。
私の好きな場所といえば失礼なのだが、嬉しかった。
昔というか10数年前に主宰と二人で吟行したことがある。
その時の吟行記がメモリーに残っていたので・・・貼り付けました。
この5月には必ず登ってみよう。
トラバース2達成!おめでとうございます。


吟行記・谺して句碑ふたつ

英彦山は修験者の山。頂上を上宮として祀り、数本の登山道が頂上で出合っている。修験者が駆け巡った道には、けもの道などとその険しさをあらわす名が付けられている。本登山道というべき奉幣殿からの道はよく整備され急登も少なく、家族連れにも時間を掛ければ楽に頂上に立てる山である。
しかしながら、その取り付きの参道が不慣れな人には難関なのである。石段で簡単そうな道なのだが、一段一段が高くて不揃いなものだから、けっこう足に負担が掛かる。その石段を奉幣殿まであと一歩まで登り詰めると、周囲は大杉の木立となっている。その左手の一本のすぐ脇に久女の句碑が、凛とした筆跡を刻んでいるのだ。

谺して山ほととぎす欲しいまま

今まで三度英彦山に登っているが、昨年四月に登ったときに初めてこの句碑の存在を知った。俳句をするものとしては暢気なものである。出会ったときは嬉しくてしかたなかった。
 数年前に頂上から尾根伝いに、別のルートを下り始めた時であった、深い谷の底から時鳥のそれこそ一鳴きを聴いたことがある。今回は鳴くだろうかと句碑のところまできたのだが、鳴くのは鶯と名を知らぬ鳥たちである。久女も数度の逗留中に聴いたのであろうから、これは仕方のないことと句碑と神宮を後に長い石の段を下りる。
 その英彦山神宮から車で約五分の豊前坊に、高住神社がある。登山では英彦山への別ルートの登り口となっている。
英彦山神宮より人も少なく、ただ一軒の店が登り口の脇にあるだけで、深山の趣はこちらの方が強く感じる。
深い山から染み出している水は、獅子頭に似た石の口から絶えず流れ出している。豊前坊の名水なのであろう。各地から水を汲みに来る人が多いようだ。
高住神社へ登る参道は、杉木立の鬱蒼とした中の石磴を緩やかに上っていく、英彦山神宮のそれと比べれば楽なものだ。その参道の尽きるところに一本の栃の大木がある。その傍らに久女の二つ目の句碑が、文字を朱にして刻まれている。

栃の実のつぶて颪や豊前坊

なんという言い切りの強さであろう。つぶてのごとく実が降ったのであろうか、それとも英彦山颪に叩かれて強く降ったのであろうか。否、これは両方を併せた実の落ちようなのであろうと、無理やり納得した。栃の大木はそれを証明するに足る大きさなのだった。

「谺して山ほととぎす欲しいまま」にしても、上五で切れているのか、山で切れているのかがはっきりしない。それでいてしっかり言い切っているのである。「谺している山もほととぎすの声も、すべてが私に見える景色なのよ。」と言って笑っている久女がどこかにいるような気がする。

 豊前坊の神社を辞し、参道を中途まで下りてきたそのとき鳴いたのである。「テッペンカケタカ」と、すぐ前方で鳴いたのだ。それも何度も何度も、少しずつ場所を移動しながら、数分かそれ以上か、次第に遠退いて行く声はいつまでも耳に残った。

時鳥が山全体を欲しいままにして鳴いている。

他の音は耳に入らなかった。これが欲しいままの情景なのか、それは久女にしか分からない。
鳥肌が立つのはこんな時なのだ。主宰もしばらくは一歩も動けなかった。

主宰を案内し、久女句碑へのピンポイント吟行。福岡空港を車で発したのは午前八時、空港に帰着午後一時。
久女の魔法にかかったままの帰路であった。
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