2012年12月25日~1月1日まで、海南島へ行ってきました。
私にとっては二年ぶり、三度目の海南島です。
今回一緒にいったメンバーはF、S、Mで、4 women(もうgirlsではない…)の旅でした。
日本は極寒の季節ですが常夏な海南島は暑いんだろうなぁと思いながら夏ものの服を押し入れから引っ張り出し身支度。
クリスマス気分ゼロな中成田から広州へ、広州で国内線に乗り換えて海南島の海口へ深夜に到着。
空港を出たとたん鼻を突くのは海南島の独特な匂い。あぁやってきたなという気持ちが強くなります。
初日である26日は海口からバスで2時間ほどの臨高に住む、王玉開あぽのお宅へ行きました。
あぽは数か月前はほとんど寝たきり状態で非常に具合が悪かったそうですが、私たちが
到着したときにはちょうどお部屋の掃き掃除中。
自分で杖をついて移動できるまでに回復したようで、ほっと一安心。
あぽのおうちのまわりはとても静かで、動いているのはにわとりや豚さんたちだけ。
時間の流れがとてもゆっくり。そんな静かでゆっくりな時間をあぽと一緒に過ごすことができました。
翌27日は海口から三亜へ近代的な電車にて移動し、陳亜扁あぽのお宅へ伺いました。
あぽは顔色が大層悪く咳をしており、目もあまりよく見えず頭が痛く首のコリがかなりひどいようでした。
ただ私たちに言葉が通じないことをあまり気にしないタイプで、具合が悪くてもガンガン話しかけてくれるのが
とても嬉しかったり。
首をマッサージしてあげるととても気持ちよさそうにしていました。
29日には、9月に亡くなった陳金玉あぽのお墓参りに行きました。
あぽのおうちから10分ほどの、とても見晴らしの良い開けた山の上にありました。
市場で買ったお酒とぶどうをお供えし、あぽの息子さんが用意してくれたお線香をあげました。
30日には、メンバーのMしか会ったことのない新しいあぽのおうちを目指して出発。
この新しいあぽは海南島裁判の原告ではないので、ほかの3人のメンバーは初めて。
ところが似た名前のふたつの村のどちらに住んでいるのかわからず、最近引っ越したこともあって
村人に聞きまわっても知らず、結局お会いすることができませんでした。残念。
その後ミャオ族である玉民あぽのお宅へ伺いました。
このお宅は大家族でとてもにぎやか。あぽのひ孫たちも大きくなっていました。
常夏かと思いきや今回の海南島はとてもとても寒く、あぽも寒い寒い!と言っていました。
私たちも寒くてぷるぷるしているのを見て、あぽが青いバスローブを貸してくれました。
31日には、林亜金あぽのお宅へ。あぽも最近引っ越したので新しい村への行き方が
よくわからず右往左往。なんとか村への道を見つけて無事あぽと再会。
あぽは目が悪くてぼんやりとしか見えない様子。とても寒かったのであぽも「寒い寒い」と
ぷるぷる。
その後、3年前に亡くなった譚亜洞あぽのお墓参りに行きました。
中国は旧正月を盛大にお祝いするのであまり正月感もありませんでしたが、
大晦日には道端で手打ち花火があげられているのをちょうど目撃。
交通がとても不便で毎回なかなかハードな海南島の旅ですが、メンバーに助けられて
無事に終えることができました。
あぽたちにも会うことができ、お墓参りにも行くことができ、良かったです。
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