昭和20年(1945年)第二次世界大戦が終結し、旧満州(現・中国東北)や朝鮮半島をはじめ
南太平洋など多くの国や地域に約660万人もの日本人が残されました。
これらの方々を速やかに日本へ帰国させなければならなくなり、“引き揚げ”が開始されました。
呉をはじめ順次18港の引揚港が全国につぎつぎと設置され、舞鶴もその役割を担うこととなり
主に旧満州や朝鮮半島、シベリアからの引揚者・復員兵を迎え入れる港となりました。
今回はその復員兵の方の軍刀を。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/36/f5501f70a954e1f6c44fdadc707dcae8.jpg)
下士官用の軍刀です。
南太平洋など多くの国や地域に約660万人もの日本人が残されました。
これらの方々を速やかに日本へ帰国させなければならなくなり、“引き揚げ”が開始されました。
呉をはじめ順次18港の引揚港が全国につぎつぎと設置され、舞鶴もその役割を担うこととなり
主に旧満州や朝鮮半島、シベリアからの引揚者・復員兵を迎え入れる港となりました。
今回はその復員兵の方の軍刀を。
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下士官用の軍刀です。
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