Audibleにて。林業の事故で亡くなった夫が、実は別人になりすましていたという話。声優の小島史裕の朗読が聴きやすかった。映画は観たかったけれど観ていない。
優しかった夫は何故身元を偽らねばならなかったのか、なりすまされた方はどうなったのかという興味でぐいぐい引き込まれた。
ほとんど、在日韓国人三世である弁護士の城戸の視点で話は進み、彼もまた「出自」をめぐる葛藤に逡巡しながらこの件を追究していく。
誰しも自分以外の誰かになってみたいとか今の自分を捨てて別の所で生き直してみたいとか、頭をよぎることはあるだろう。
たとえば、私だったら母の介護について思い煩うときや、散歩や買い物からの帰り道、このまま家に帰らずにどっか遠い街に行ってしまったらどうだろう、と思うことはある。
それは、すべての係累と縁を切ってまったく別の人生を生き直すということである。
冷静に考えれば、無責任とか寂しいとかいうより「そんな面倒くさいことしておれん」という気持ちの方が強い。
つまり、自分の人生は超最高というほどでないにしても、完全に捨て去るほど最悪でもないということだ。
ただ、この小説に出てきた人たちは、「自分でない他者を生きたい」と切実に願い、実行するに至る。城戸がその人生を掘り起こす中で、戸籍や出自にわだかまりや問題を抱えている人は想像以上に多いのだろうと気付かされた。
そういうことを、一心に突き詰めた小説だったように思う。聴いているあいだ、それこそ現実逃避できた面白い小説でもあった。
これを聞き終わったあと、元気がない夫にとても優しくした。具体的に言えば、おつまみのネギトロを買ってきて、とんかつを揚げたくらいだけど。
これを聞き終わったあと、元気がない夫にとても優しくした。具体的に言えば、おつまみのネギトロを買ってきて、とんかつを揚げたくらいだけど。