あすにゃん日記

500字程度のエッセイを書きます。

なおみの由来

2019-12-16 17:11:31 | 日記

 昔々の話です。
 裕福な国の隣に、小さな貧しい国がありました。その貧しい国に作物が出来なくなったので、ナオミと夫と息子二人は、隣の裕福な国に出稼ぎに行きました。
 息子二人は、その裕福な国でお嫁さんをもらい、これから子どもも出来る、というところで、夫も息子も、流行病で死んでしまいました。貧しい国のほうは、作物も作れるぐらいには豊かになったので、イヤな思い出のあるこの国よりも、故郷に戻って骨を埋めよう、とナオミは思いました。
 そこで、ナオミは、嫁ふたりに言いました。
「わたしはもうトシだし、ずっと外国にいるのはつらい。自分の国に帰って、暮らしたいと思います。あなたたちとは、お別れしましょう」
 それを聞いて、嫁ふたりは泣いて
「別れるのはイヤです」
 と駄々をこねました。
 ナオミは、
「何を言うんですか。わたしがまた身ごもって、子どもを産むまで待つとでもいうんですか? あなたたちは若いんだから、自国で新しい婿さんを見つけなさい」
 説得した結果、長男の嫁は戻りましたが、次男の嫁のルツは、
「あなたについていきます」
 と頑固に言い張って聞かず、ナオミもひとりで帰るのが不安と言うこともあり、ルツを連れて自国に戻ることになりました。
 
 自分の故郷に戻ってきたナオミは、近所の人から驚かれました。
「まあ、あれがあのナオミ? ボロをまとって、荷物もロクにないじゃないの。隣の国に行くときは、あんなに幸せそうだったのに」
 ナオミは悲しそうに言いました。
「どうかわたしをナオミ(楽しみ)と呼ばず、マラ(苦しみ)と呼んでください。神さまがイジワルしたからです。裕福な国で夫も二人の息子も死んでしまいました。今はこの通り、着の身着のままです。これからどうやって生きていったらいいでしょう!」
 さて、この国には、昔から未亡人や孤児を守る法律がありました。それによると、未亡人や孤児は、手作業で刈り取られた畑で落ちた小麦の藁を、自由に拾うことができるのでした。
 このあたりの風景は、「落ち穂拾い」という絵にもなっています。
 ルツは、それを知って張り切りました。
「わたしが拾ってきます」
 ひとりであちこちの畑に出没しては、小麦を拾っておりました。
 けっこうな美人で、愛嬌もあるので、たちまち近所の評判になりました。
 ところが、なかには意地悪な人がいて、よそ者は帰れとか言う人もいました。が、ルツが相手にしなかったのと、ナオミと仲がいいのを近所の人が見ていたので、意地悪な人はあまり、しつこく言えませんでした。
 そうこうしている内に、ルツはある畑におじゃましました。そこは、とても裕福な人の畑で、落ちた小麦は取り放題でした。そこでルツは、おなじように落ち穂拾いをしている未亡人や孤児たちと冗談を交わしながら、仕事に励んでいました。
 すると、それを見ていた畑の主、ボアズさんが、気立てのいいルツを見て一目惚れしてしまったのです。
 使用人の頭(かしら)をつかまえて、
「あそこで働いている、あの美人はだれなんだ」
「ああ、ルツと言って、ナオミさんのお嫁さんですよ。若いのに、苦労して大変ですよね」
 使用人頭も、同情気味です。
 ボアズさんは、使用人の頭に言いました。
「あの子のために、もっと小麦を落としてやりなさい。束ごと落としたってかまやしない。いじめる人がいたら、やっつけてやりなさい」
 ルツは、この畑で、かつてないほどたくさんの小麦をもらって、ナオミの家へと戻ってきました。
「おかーさん、見て見て! こんなにたくさん拾えたのよ! ボアズさんって親切だわ!」
 ルツが喜んでそう言いました。

 そんなことが、毎日のように続いたので、ボアズがルツをにくからず思っていると知ったナオミは、あらたまって言いました。
「ルツや、ボアズさんはわたしの亡き夫の遠い親戚なんです」
「すごく親切なひとね。すてきなひと……!」
 ルツも、ボアズを好きなようです。ナオミは、一計を案じました。
「ルツ、この際だから、ボアズとつきあっちゃいなさい」
「えーっ」
 ルツはビックリしました。
「つきあうって、どうするんですか?!」
「そろそろ収穫祭です。ボアズさんは、きっとお酒を飲んで家のとなりの小屋で、へべれけになっているはず。そこを夜這いするんですよ」
 ルツは、もじもじしました。
「そんなことして、だいじょうぶなのかしら」
 ルツも、ボアズさんのことを、まんざらでもないと思っていたのです。でもやっぱり、身分が違うと思っていました。
 ナオミは、力強くうなずきました。
「当たって砕けろ、って言うじゃないの! いつまでも独り身じゃ、さびしいわよ」
 それでルツは、その夜の収穫祭がたけなわになってきたときを見計らって、夜這いをかけたのでした。
 へべれけになって小屋に寝ようとしていたボアズさんは、女の人が横たわっていたので腰を抜かしましたが、ルツは、こう言いました。
「あなたの服で、わたしを覆ってください。わたしはもう、あなたなしではいられません」
 ボアズさんは大感激しました。女の子に言い寄られたことは数々ありましたが、ここまで積極的な女性はいませんでした。おまけに、ひそかに思っていた美人が、自分の小屋で自分を信じて待っていてくれたのですから。
 ボアズさんは、誠実な人でもありましたので、ルツに自分の上衣をかけてやると、
「わたしも君なしではいられない。だけど、法律上、きみと結婚するには、手続きが必要になってくる」
 その国の法律では、ナオミの夫の親戚は、夫の血筋に近いもの順に、結婚の優先権がありました。
 翌日になると、さっそくボアズさんは、長老に相談しに行きました。長老は、その近い親戚に、
「ルツと結婚しますか」
 と問いました。
 するとその親戚は、
「冗談じゃない、よそ者なんかと結婚するもんか」
 と言って、権利を放棄してしまいました。
 それでルツは、めでたくボアズと結婚し、のちにその血筋から偉大な王が生まれたと言うことです。