本心とは裏腹の言葉を並び立てて里帆と話を合わせるのが自分をごまかしているような気がしてならず、私は早く電話を切りたくて彼女との要求どおり、祝儀の現金を渡して祝いの品物を一緒に選ぶ段取りを約束した。きっぱり断って里帆との腐れ縁を絶ち切る選択もあったけど、高校時代の少しだけ背伸びした思い出を共有している仲間を失うのは惜しい気がして、彼女への挑発も中途半端に終わった。今が大事。公務員の妻と教育熱心な母親の顔を持つ里帆にとっては至言なのかもしれず、メディアで嘲笑の対象とされている岡野のぞみも過去の男性遍歴を芸の肥やしにすることなく、今の自分を真剣に愛してくれている同級生の信金職員との結婚を決めた。過去が軽んじられるどころか、なかったことにとしらばっくれている二人のあざとさに共感が持てないのは、私が今の自分を嫌悪しているからにほかならず、昔話を持ち出して当時の仲間たちと女子会を開こうなどと実現不可能な要求を里帆に持ちかけたのも、単なる八つ当たりだ。それも二十年来の人間関係を引き裂くほどの切れ味はなく、どこかに埋めてあった劣等感が掘り返されて私の目の前に突き返されたたような気分になる。
二人とも私の人生を揺さぶってくれた存在というには物足りず、里帆とは年に何回か近況を報告し合うついでに岡野のぞみを笑い話のネタに過去を懐かしんでいる。大人たちの口車に乗せられた者とそうでない者を隔てながら懐古するのが私と里帆との共通認識で、岡野のぞみがいかに愚劣でメディアからもてあそばれているのに優越感を抱いてたけど、彼女が周囲に内緒で婚活していたのを知ってしまうと、私の彼女に対する印象はよそよそしさが付加されるようになり、それを耳打ちしてくれた里帆でさえも親近感が失われつつある。もっとも里帆の私生活の充実ぶりを聞かされるたびに、私は彼女の変わり身の早さと男性の甲斐性を見極められる要領のよさに、自らの不甲斐なさと運のなさとを照らし合わせて胸のうちで嫌悪感を抱いていたのだけど、そうやってほぞを嚙んでも彼女のように何事にも満たされた生活が手に入れられるわけでもなく、ますます卑屈な感情が体内に張りめぐらされてしまいそうだ。
過去の仕事でも今の私生活でも、私は里帆に対して劣等感を抱いているにもかかわらず彼女からの善意の押し売りを拒めないのは、いつか彼女を見返してやろうという野心を抱き続けているからだ。しかし、気負えば気負うほど空回りするだけで、里帆に内心見下されているのが容易に想像できてしまう。里帆や沢田繭子のように過去の行いを消し去り、堂々と胸を張って生きられるほどの図太さを持ち合わせていないから、高校生の頃からずっと踏み込んだ人づき合いができずに今日に至っている。そんな代償を被っても、十代後半の素人っぽさが売りだったモデルの仕事を後悔しておらず、むしろ部活動やアルバイトよりも貴重な人生経験が得られたと誇りに思っているからこそ、過去をひたすら隠して現在を満喫している里帆の言動が許せなくなるときもあるし、スキャンダルタレントの座から下りて地元の信金職員夫人に甘んじようとする岡野のぞみの人生の危機管理が恨めしく思えてくる。
あの子たちはずるい。偽り者のくせにさらに周囲の人間を欺いて人並みかそれ以上の幸福を手に入れたんだから。一皮剝けば下劣でみっともなく、良識派ぶった同性の顔をしかめそうな世界に身を投じていたのがわかるのに、それがばれないようにファンデーションを幾重にも塗っている。いくら学費の足しのためだったとはいえ、不健全な大人たちの商売道具としてほんの少しの我慢だけで報酬をもらった。高校時代の人生の数ページを何の回顧もなく破り捨て、「今が大事」だと言い放つのは、品行方正であっても思いどおりにいかない人生を送っている無数の人たちを冒涜する行為で、いずれ天罰を食らうのでは。そんなことなど起こるはずがなく、これからもずる賢く生きながら幸せを維持していくのだろうけど、私は不謹慎を承知のうえで里帆や岡野のぞみがどこかで道を踏み外して不幸のどん底に沈んでいくのを密かに望んでいる。もし彼女たちのように四十路前の女性相応の可も不可もない人生を過ごしているのなら、攻撃的にならずに幸せを共有できているのかもしれない。いや、その幸せでさえも他人との比較によって優劣や軽重の差を作ってしまって嫉妬や誹謗中傷への糸口となるのだから、攻撃性をしのばせずに人間関係を幅広く構築するのは今や至難の業ではないのか。世間との断絶を図れば物騒な妄想を抱かずに済むけど、そんな境地に達する余裕も立場もないから世間とのつながりを保ち、里帆との関係にも終止符が打てない。
何事においても誰かと比較したがる風潮から逃れられない競争社会は子どもの頃から体験してきたけど、私は里帆や岡野のぞみにすっかり水を空けられている。努力不足に要領の悪さと運のなさが重なり、キャリアウーマンにも専業主婦にもなれずに平凡な古株OLとして何の刺激も感動もない毎日を過ごしている。そんな目立たず出しゃばらない生き方は、高校時代の人生の数ページが破り捨てられない私にとってふさわしいのではないか、と開き直っている。人生の伴侶を得て月並みの幸せを感じた時期もあったけど、相手の甲斐性が見極められなかったのと私自身の我慢のなさが災いし、結婚生活は二年足らずで破綻した。あえて凡庸な相手を選んだのに、一緒に生活してみると彼の粗探しに終始してしまう矛盾をさらけ出し、内助の功どころではなかった。辛抱が足りない私を一喝し、時には暴力を用いて服従させられるのを密かに期待していたけど、元夫は私のわがままと叱咤に無関心を貫き通したあげく、内緒で会社を辞めてフィリピンへ語学留学に行くと告げたのが離婚の決定打となった。