僕の平成オナペット史

少年からおっさんに至るまでの僕の性欲を満たしてくれた、平成期のオナペットを振り返る

連載小説「1999-お菓子系 20年目の総括」④

2023-06-21 09:36:20 | 小説
 里帆の言うとおりだ。私も里帆とは長いつき合いだけど、互いに別の友人を紹介し合ったことは一度もなく、彼女の結婚披露宴にも招待されなかった。横山里帆は芸名で、私は彼女の本名を知らず、彼女も私の本名を知らないはずだ。本名を確かめ合う機会がなかったし、知らなくても直接会ってお茶を飲んだり、電話で話したりするのにまったく支障はない。ほかの友人知人と異質に扱うのは、学校や職場という社会集団で知り合わなかったからで、かといって連絡が途絶えたり、邪険にあしらったりすることなく今日まで親交が続いている。社会集団の友人知人とは距離感が近いゆえに、些細なことがきっかけで仲が悪くなり、出会いと別れを繰り返しているけど、里帆とは何のいさかいもなく関係を維持している。私たちは偶然同じ仕事で知り合い、そこには沢田繭子もいた。仕事といっても、当時の私は割のいいアルバイトだとしか思ってなく、芸名で通せば周囲に知られる心配もなかった。実際に、あのときの仕事が私の通っていた女子高で話題に上らず、級友や担任から偏見を持たれずに済んだ。

 あわよくば芸能事務所にスカウトされてメジャーデビューできるチャンスもあったのかもしれないけど、あの仕事は何年も続けられる芸当ではなく、常に大人たちの誘惑に騙され、道を踏み外してしまいそうな危険と背中合わせだったから、私は短期間で小遣い程度の報酬をもらい、その後の接触を断った。里帆は私よりも活動期間が長く、いくつかの仕事を掛け持ちする売れっ子だった。スタッフの受けがよく、現場でも重宝されていたけど、里帆もいずれ自分が彼らに使い捨てにされるのをわかっていたようで、高校卒業を境に仕事を辞めた。売れっ子が一線を退いても、代わりがすぐに現れるから慰留はなく、ファンへの引退告知もなかった。私も里帆も当時は無知で大胆不敵、自分は何をやっても許されると非常識を美徳だと勘違いしていたけど、大人たちの甘言を偽りだと見分けられる能力が備わっていたからこそ、青春期の若気の至りから脱線しなかった。しかし、それがかえって社会集団での友人知人に知られてはまずい、と過去の断片を今でもひた隠しにしている。私の身辺にはその頃の証拠は何一つ残っていない。また、それを糧に二十代、三十代の人生を過ごしてきたわけでもなく、むしろ私の精神的成長を妨げてきたのではないか。十代後半の里帆や沢田繭子との邂逅は、そのときかぎりで完結していて、誰かに話しても気が紛れるどころか色眼鏡で見られるだろうから、あえて打ち明けようとも思えない。

 私や里帆が過去の所業をひたすら隠蔽しているのに対し、芸能人は改名すれば過去の自分を封印できると思い込んでいるらしく、岡野のぞみも沢田繭子時代をすっかり忘れているかのようにカメラの向こうの視聴者に何の負い目も感じさせず、スキャンダルタレントの座を守っている。それならそうと、地元の幼馴染みで妥協せずにさらなる大物と懇ろになって世間の顰蹙を買い続けてほしかった、と私は思うのだけど、岡野のぞみはまもなくメディアから姿を消すことになる。四十代、五十代になっても汚れ役に徹しきるほどの度胸がないのは、私の岡野のぞみに対する評価をだいぶ下げてしまったわけで、それは私だけの思い込みではなく、私と同世代で私生活の低空飛行が続いている男女の憂さ晴らしが一つ減るのを意味するのではないか。自分よりみっともなくて生き恥をさらしているはずだった芸能人が、実は平凡な人妻になるための婚活に明け暮れていたとは、私たちを欺いたのではないかと気色ばみたくもなるけど、電話口の里帆に愚痴をこぼすのは今の自分の不甲斐なさを悟られてしまうだけだ。

「それでさあ、披露宴に行けない代わりに、あの頃の知り合いに声をかけてあの子に何かお祝いをあげようと思ってるんだけど、美優も一口乗ってくれないかな。私たちの年代の中じゃ、あの子が出世頭だし、袖振り合うも多生の縁って言うじゃん。昔を懐かしむ気は全然ないんだけどさ、繭子って憎めないキャラだったから、私としては何かしてあげたいんだよね。そうだ、今度会ったときに一緒に選ぶのはどう」

 里帆のペースで祝儀の口約束が一方的に交わされるのは、彼女との腐れ縁だと割り切るしかないけど、岡野のぞみが玉の輿に乗れず、また負け犬根性に嫌気がさして自滅の道を選ばず、地元に帰ってささやかな幸福を選択するのは、私が一方的に思い描いていた彼女の人生の筋書きから大きく逸れていて、液晶画面越しの傍観者にとっては裏切られた気持ちが強い。いや、自滅は言うまでもなく、玉の輿でもすぐに結婚生活が破綻して不幸のどん底に突き落とされるのを期待していたのだから、岡野のぞみは私の密かな楽しみを奪ってしまった。そんな女にいくらか包んでやるのはぼったくられた気分になるけど、私に人を見る目がなかった代償だとあきらめるしかない。芸能界の汚れ役はいつの間にか公私の混同と区別を自在に操れるようになり、それに私は気がつかずに彼女の言動を一笑に付していた。欺かれたというよりは、岡野のぞみの本性を見抜けなかった愚かさを反省するという意味でも、祝福の意思とは別に里帆からの提案を受け入れるのもやぶさかでない。

「それは全然かまわないんだけど、あのときの子たちって、もう繭ちゃんとかかわり合いたくないんじゃないの。里帆はニュートラルで誰とでも分け隔てなくつき合えてたけど、私もほかの子も繭ちゃんにはちょっと引き気味だったんだよね。もし里帆がまだほかの子たちと連絡を取り合ってるなら、繭ちゃんが地元に帰る前に再会を呼びかけてみるのはどう。もうあの頃みたいにお互い意地を張り合う年じゃないからさ、和やかな女子会になるんじゃないの」

「うーん、それって私が繭子の披露宴に出席するよりもハードルが高いんじゃないの。ほら、同じ頃に仕事していても、みんなでわいわいがやがやって雰囲気でもなかったじゃん。私は美優や繭子たちと個別に今でもつき合いがあるけど、さすがに一堂集められるほどの仕切り役ってポジションでもないし」


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