雨の記号(rain symbol)

マッスルガール第6話(1)



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 買い物帰りに梓はジホに訊ねた。
「ねえ、今日なに作るの?」
「今日?」
「うん」
「それは秘密です」
「秘密?」
「うん。おすすめ韓国料理」
「おーっ・・・ふふっ」
 梓は笑いかけながら、ふと行き交った男女に目を奪われた。二人はひとつの買い物袋を二人で握って歩いていた。
 羨ましい気分が梓を包んだ。
 空想がそこに滑り込んできた。
 自分たちもあんな風に買い物袋を二人で握って帰路についている姿が目の裏に浮かんできたのだった。
 いい気分で浮かれていると、離れた場所からジホが呼んだ。
「梓さん」
 ジホはメガネ店のショーウインドーを覗き込んでいた。
「どうしたの?」
「このメガネ、梓さんに似合いそうです」
「そうかな?」
 梓は笑みを返した。

 二人は店に入った。店員からやわらかいフレームの説明などを受けた。
「やわらかいけど、外れにくいんですよ」
 二人は感心した。
 ジホは自分が選んだメガネを梓にかけてみた。
「うわーっ、かわいいです」
 ジホにそう言われて梓は頬を赤らめた。嬉しそうにした。
「ほんとに?」 
「僕、梓さんにプレゼントします」
「えっ、そんな、いいってプレゼントなんて。誕生日でもないのに」
 ジホは梓にかけたメガネを外した。
「梓さんにはいつもお世話になってますから」
 ジホはニコリと笑った。
 メガネを買おうとするジホの背中を見ながら、梓は満更でもない顔になった。
 そうして一人にやけている時、彼女はふと気付いた。
「あっ、誕生日だ」


 派手柄のパンツははいた人物が歩いている。
白鳥プロレスに向っている様子である。


 つかさたちは相も変わらず猛練習を続けていた。
 特につかさと薫の力の入りようは尋常ではなかった。
「うりゃっ!」
「こりゃっ!」
「だーっ!」
 二人のすさまじい気合に、横で組み手をやっていた舞と向日葵もあっけに取られた。その異様さに度肝を抜かれた。
「とい、といといといといっ!」
「わあ――あ――っ!」
 練習に力が入りすぎて、つかさの手首に巻かれていた布キレが飛んだ。
 ショックでつかさの気持ちは動転した。
「わ、わたしの袖手が・・・!」 
 布キレを拾い上げてつかさは不安げにつぶやいた。
「不吉な予感・・・!?」

 そこへ梓たちが帰ってきた。
 四人の前で梓は切り出した。
「あさっての興行は、つかさがメインのバースデー祭りにしま~す」
「ええっ!?」
 つかさはリングから身を乗り出すようにして叫んだ。
「白鳥プロレスからの誕生日プレゼントで~す」
「すごーい! やったね、つかさ」と薫。
「ザ、メインかーっ!」と舞。「やっとこれで一人前だね」
「よかったね。これでお客からも」
「でも、わたし」つかさはみなに切り出した。「なんかがメインでいいんですか? まだ、弱いですし・・・!」
「だいじょーぶ」梓は答えた。「三年間、頑張ってきたんだもん。つかさのファイト、期待してる」
 握りこぶしを突きあげた。
 つかさはみなの好意と励ましを受け入れた。
「ありがとうございます。わたし・・・がんばります!」
 梓とジホは手を叩いた。
 舞たちもつかさを取り囲んでさらに励ましで手を叩いた。



「やったやったーっ! ヒャッホーッ!」
 横で一緒に手を叩いている年配の女の人を見て、ジホは思わずのけぞった。
「あなた、だ、誰ですか?」
 リング上からつかさが叫んだ。
「おかあさん!」
 全員、きょとんとして叫んだ。
「おかあさん!?」

 みなから注目され、つかさの母はゆっくりサングラスを外した。素顔をさらすと、「イエイ!」とVサインを突き出した。

 母を部屋に迎えて、つかさはしょげ返った。頬杖をつき、どうしたものか、という目で母を眺めた。
「へーっ、こんなとこだったのね」
 部屋を見回して母は言った。
 テーブルに腰をおろしているのは二人だけだ。ほかの者は後ろで立って二人をうかがっている。



 ジホがお茶を運んできた。
「どうぞ」
「あーらっ、ありがとう」
 調子は変だが、つかさの母はていねいに礼を述べた。
 つかさは、ドン、と思い切りテーブルを叩いた。その勢いにジホは飛び上がりそうになった。
 ジホを後ろに追いやって、つかさは母に詰め寄った。
「今更、何しに来たのよ! 三年間、ほったらかしだったくせに!」
「何って・・・久しぶりにあんたの顔見に来たんじゃないの」
「私は見たくない。お店は? 大木さんは?」
「大木さん? あっ、そんなのとっくに別れちゃったわよ。うふっふ、ふふふ」
「またあ!?」
「その後は・・・あきら、伊藤ちゃん、氏家さん、エモっちゃん、カトちゃん、・・・
昨日もダーリンと別れちゃったのよ。だから、ここでしばらくお世話になるわね」
「ええっ!」
 離れて立っている薫らは悲鳴のような声を出した。
「はあ――っ!?」

 
 自分がメインの試合を前につかさは練習に熱が入った。先輩の薫とも互角以上に戦い、しばしばフォールの大勢に入る。しかし、彼女にとって母の声援が耳障りでならなかった。
「ガンバレガンバレ、つ・か・さ。ガンバレガンバレ、つ・か・さ。ウォーッウォーッ!」
 練習にもかかわらず華々しい応援の声をあげる母親。
 梓はそれを愛情たっぷりの声援として微笑ましく感じるが、つかさは身体から力が抜けた。
 声援がひと息つくと、母親はタバコに火をつけた。つかさはリングから飛び降りていって母親の手をつかんだ。
「何すんのよ」
「ここは禁煙なの!」
「うん、もう・・・ケチ臭いわね」
 母はぐちりながらタバコの火を消した。 
 それを見てつかさは顔を歪めた。ため息をついた。
 その様子を微笑ましそうに眺めている梓だった。

 鼻歌を歌いながら、ジホは晩飯の支度にかかっていた。
 そこへつかさの母が姿を見せた。
「あら・・・ご飯はあんたが作ってんの?」
 ジホは笑顔で答えた。
「はい。ここに置いてもらっているお礼です」
「偉いわー」
 つかさの母は感心したような声を出した。
 ジホが照れていると、彼女は、あっ、と叫んだ。
「今日、あたしが作ろうかな・・・?」
「ああ・・・それもいいですね」
 ジホは同調を見せた。
「つかささんも久しぶりにこぶくろの味を食べたいと思います」
 つかさの母は手をあげて笑った。
「それを言うなら、おふくろの味」

 そうして、ジホに代わりつかさの母が夕食を作ったのだったが・・・。
 テーブルの上に並んだ料理を見て、つかさたちはがっかりとなった。



 枝豆を茹でたのやポッキーが三本のったサラダ等、そこに並んでいるのはスナックのおつまみのようなものばかりだったからだ。
 彼女に夕食を作らせたジホは肩を落としてテーブルの前に腰をおろしていた。
 しかし、場の空気を読めないつかさの母は自信満々で言った。
「フルコースだわよ」
 ジホは苦笑いを浮かべた。
「あのね」
 母の前にきてつかさは怒りを表した。




「私たちは一日中、身体動かしてトレーニングしてるの。こんなんでお腹ふくれるわけないでしょ! ここはスナックとかとは違うのよ。もう・・・まともな料理作れないくせに出しゃばらないでよ」
 ジホは下を向いて笑いを噛み殺していた。
「そんなプリプリしなくてもいいじゃないの。ほら、これもちゃんと持ってきたのよ」
 と言って出したのはお酒である。
 つかさは母を睨みつけた。
「未成年だっちゅうの!」
 梓がその場をとりなした。
「まあ、せっかくだからいただきましょう」
「はい」
 舞たちは仕方なく返事した。しかし、その声に力はなかった。

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