職場の建物はちょっとした木立、畑に包まれている。ゆるい丘の上でもある。すぐそばをバイパスが通り、その向こうの街道沿いを鉄道も走っている。
自然環境はそれなりだから、鳥たちなどは建物に近づいて日々を送っている。ざっとあげただけでも、ツバメ、ウグイス、カラス、鳩、セキレイ、ムクドリといった名が挙がってくる。
なかでも、ツバメとセキレイは建物のどこかに巣をつくって生活している。ツバメは唾液とどろでこねて巣をつくり、セキレイは柔らかいワラのようなものをかき集めてつくる。
トイレに風を入れるため、網戸のまま外側のガラス窓を少し開けておいたら、いつの間にかそこにセキレイの巣ができ、雛がかえっている。
連絡を受け、駆けつけてみて、驚いた。ほんの五六センチの隙間から中に潜り込んで巣ができていたからである。そこは建物に窓を与えるためにこしらえた中庭空間である。裏窓用としてやむなく切り取られたその場所に、ふたん人は入っていかない。
雨のかからぬこういう場所のどこかにツバメは巣をつくる。外敵から雛を守るための自衛策としてである。しかしこの自衛策も最近では功を奏さないことがあると聞く。住宅街の中に巣を作っても、雛がカラスにやられたという話をこのごろはしばしば耳にするようになった。人間たちの無関心が災いしているのだろうか。それとも共働きや塾などで留守勝ちの家が多いからだろうか。
生態系のバランス異変はこういうところにも感じられるが、ツバメの話は横においてセキレイの話に戻る。外敵から雛の身を守らねばならないのはセキレイも同じである。同じであるが、セキレイがツバメと同じようにこれほど人間のご威光を頼っているとは、ここの職場にやってくるまで知らなかった。ツバメとすずめくらいしか頭の中になかったからだ。
ツバメと違って、セキレイはかくれたようにして巣をつくる。人がひんぱんに行き交う家の玄関口とかにはつくらない。原則はひっそりした場所である。ある時、跳び箱の踏み板のようなものを中庭に入れておいたら、いつしか下の隙間に巣ができていた。ベニヤ板を立てかけておいたら、二等辺三角形の細い隙間に巣ができていたこともある。いずれも雛をかえしていた。しばらくそうしたままにしていたら、たいてい利用されてしまうわけである。
今回もまた雛はかえっていた。
よくもこんな不安定な場所にと思って、開閉式の窓を大きく開いてみたら、何と尿瓶が巣の下に置かれている。つまり、尿瓶を台にして彼らはこの上に巣を作ったのだ。彼らが尿瓶まで用意したとは思われないから、何がしかの理由で人の手でここに置かれたままになり、これを彼らは利用したわけなのだろう。
巣が見つかった以上、彼らはこれを使うことはもうないかもしれない。しかし、尿瓶は不潔に思って取り除いた。巣はずり落ちることもないのでそのままにした。窓も数センチの隙間に戻しておいた。人に見つかったあともこの巣が使われるかどうか知りたかったからだ。彼らには悪いが、いずれこの巣は片付けることになる。