韓国映画「ビューティ－・インサイド」から⑳

　韓国映画「ビューティ－・インサイド」から⑳

　

　身体が女性に変貌した日、ウジンは母の店を訪れた。
「母さん…」
　母親はどんな姿の時でも、いつもと変りなくウジンを優しく迎え入れる。
「何かあった？」
　うち沈んだ表情のウジンに母親は訊ねる。
　二人は居酒屋に出向いて酒を酌み交わした。
　ウジンに酌をしながら母親は言った。
「娘と一緒にいるみたいで何だかとても嬉しい。娘とこんな気分を味わえるのは私だけよ」　
「…」　
「…イスは精神安定剤を飲んでるって？」
　イスは沈んだ表情で頷く。
「あの頃と同じね…まだほかに方法が見つからないのね」
「それ、何の話？」
　自分に言い聞かせるように母親は言う。
「…イスはきっと大丈夫。お前としばらく会わないでいればきっとよくなるわ」
「だから、どういう意味？」
　母親はウジンを見つめる。
「お前は…お父さんと同じ」
「…」
「お父さんも、毎日、姿が変わったの」
　そう答えて母親は目を落とした。
「彼を好きだった。でも私は皆に陰口を叩かれたわ。毎日、男を取り換える女だと」
「…」
「最初は相手にせず無視したけど、花見に行った日…少し離れた間に、彼の顔を忘れてしまった」
　ウジンは真剣な表情になる。
「朝、確かに一緒に来たのに、あの人の顔が思い出せなくなったの。急に思ったわ」
「…」
「彼に何かあっても私は気づかない。彼が消えたら、私は彼をみつけられない、と…。あれ以来、とてもつらく…そして怖くなった」
「…」
「ある日、お金と、手紙（ウジンには僕と違う人生を生きてほしいとの言葉）を残し、彼は姿を消したわ」
「…」
「でも、彼が消えたのは私のせいよ。私のせいだったわ。私が…彼を出て行かせたの」
「イスも苦しんでる。誰にも言えないから…怖いと思うわ」
　ウジンは涙ぐんで訴えた。
「なぜそれを僕に黙ってたの？　父さんのように、僕も怪物だったから？」
「…」
「父さんは出て行った。僕も出て行くべきなの？」
「…」
「母さんと同じように、イスもつらいんだよね」
「…」
「母さん…イスをどうしたらいい？　どうしたらいいかわからないんだ」
　母親は何も言えなかった。息子の気持ちも、イスの気持ちも手に取るように理解できるからだった。


　
　イスと自分の将来に希望が見えず、ウジンは仕事が手につかなくなった。毎日の時間のほとんどがそのことに忙殺された。
　　
━　自分はイスなしで生きていけるのか？　毎日、違う姿でイスに会うのは楽しかった。イスはそんな僕に一度も不満を言わず、僕は一生、2人は幸せにやっていけると信じていた。…”愛”はすべてを解決するけど、”愛”のせいで、壊れることもある。


　仕事を終えたイスは家具店の表で同僚たちと挨拶を交わす。
「お疲れ様」
「また明日」
　みなが立ち去った後、近くに注意を向けると手を振る男の姿がある。
　イスは笑顔で彼のもとへ歩み寄る。
　笑顔を交わした後にイスは言う。
「来るなら電話をくれないと困るわ。今日は友達と約束があるの」
「今日、渡す物がある」
「今日でないといけない？」
　イスは彼と一緒に作業場に出向いた。
「ペアで作るんでしょ？」
「ああ、そうなんだ。君にぴったり会うのを先に作りたかった」
　ウジンは椅子をひとつ取り出して置いた。
「座ってみて」
　イスは笑顔を返し、イスに腰をおろす。
「座り心地はどう？」
　イスは満足そうな表情になる。
「すごくいい」
　外は雪が降りだしていた。二人は雪に目をやった。
「きれいだわ…きれいな雪は久しぶり」
「…」
「雪の日は意外と寒くないのね」
　ウジンは黙って笑みを返す。
「もう一周しようか？」
　軽く甘えて見せるイス。
「…」
　二人は手をつなぎ雪の中を無駄に歩いた。やがてウジンはぽつっと切り出す。
「イス」
「うん？」
　ウジンはすぐには何も言わない。
「…明日は何する？」
　とイス。
　しばらく歩いてウジンは言った。
「僕たち、別れよう」
　しばらく手をつないで歩いてイスは訊ねる。
「急にどうしたの？」
「それがいいと思う」
　イスを引きずるように歩いてウジンはいう。
「あの薬はもう飲まないで」
「…」
「聞いてる？」
　うつむいたままイスは何も答えない。
「風邪ひくから早く帰って」
　イスの肩をやさしく叩いてウジンは先に背を向けた。
「ウジン」
　イスが呼びかけてもウジンは応えなかった。