韓国映画「ビューティ－・インサイド」から⑲

韓国映画「ビューティ－・インサイド」から⑲

　送ってもらう車の中でイスは訊ねる。
「怒った？」
「いや」
　ウジンは前を見たまま淡々と否定する。

━　結婚とは…僕の欲だったのだろうか。彼女はどこかで自分に対し線を引いているのか。制御している何かがあるのか…。そこをかき回したくない恐れがある…。

「ちょっと止めて」
　イスはウジンを見て言った。
　ウジンはしばし運転を続ける。イスが怪訝そうにした時、ウジンはようやくハンドルを右に切った。
　車が道路に横付けされたところでイスは切り出した。
「結婚前に考えることは山ほどあるじゃない。あなたは考えてみた？」
「…」
「家族にどう紹介するか、とか、そんなことも考えないと…」
「僕は…朝、君が帰ってしまうたびに、ずっと考えてた」
「…」
「一生、君と一緒にいたいって」
「あなたは…」イスは困惑を見せる。「なぜ、そう身勝手なの？」　
　ウジンは硬い表情を向けて来る。イスは自分の思いをぶつける。
「慣れるのに時間がかかるでしょ。朝が来るたび、あなたは鏡を見て━視力や足のサイズを測ってる。私もそうよ」
「…」
「見慣れない姿のあなたをあなたとして受け入れるのは、やっぱりすごく時間がかかるの」
「…」
「私でさえこうなのに周りの人はどんな反応を見せるかしら？　私の家族は？　あなたをどう理解させたらいいの？」
　
━　イスの言う通りだった。だから、何も言い返せなかったし、自分にもいっそう腹が立った。　　

「結婚は確信があっても難しい。私のことを考えずに結婚しようだなんて、一方的過ぎるわ」
「…」
「私だって努力してるの。頑張ってるの」
「…」
「少し時間をくれない？」
「…僕は大丈夫だ。気にしないでくれ」
　ウジンは車を走らせる。硬い表情で運転を続ける。
「ねえ、私の方を見て」
　イスの気遣いがウジンの心に刺さってくる。しかし、それは自分だけに向けられたものでないのもビンビン伝わってくる。

━　同じ気持ちだと思っていたのに…もしかして、すれ違いの愛だったのかもしれない。




　イスの診療科通いは続いている。
　女性の診療医は問いかけてきた。
「あなたは彼のことを見つけられますか？」
「彼が私を見つけるって…黙って手を握ったら━僕だと気づいてって…でもね、先生…私の手を握ってくれる彼は、いつも知らない人なんです。私を見て笑ってる。つられて私も笑う。でも、慣れるには一日があまりに短すぎます」
「最近、特に捨てレスを感じることは？」
「…彼が私を触る時、この人が彼だって、何度も自分に言い聞かせます。でも確信できない。目を閉じて彼を感じてみる。すると落ち着きます。でも、私が変になっていくみたい」
　不意に涙ぐむイス。
「終わりにしたい？」
　診療医は訊ねた。
　イスは答えた。
「彼は私なしではダメなんです」
「正直に打ち明けて悩みを共有するのはどう？」
「…」
「１人で悩んでいたら―心の傷はどんどん深くなり、やがて、それが身体に表れます…」

「眩暈がする。止めて！」
　イスは叫ぶ。
　ウジンは慌てて車を道端に寄せる。イスは精神安定剤を取り出して飲む。それでも眩暈は収まらず、ウジンは病院にイスを連れていった。
結婚話を持ち出したその夜のことだった。
　イスは病院で安静の処置がとられた。医師はウジンに説明した。
「薬を多量に服用したようです」
　服用している薬について電話等で確認が行われ、ウジンにも質問が向けられた。
「この薬はいつ頃から服用しだしましたか？」
　ウジンは答えることが出来なかった。
　電話での確認を終えた医師はウジンに言った。
「精神神経科の先生が来るまでお待ちください」
　薬の容器をウジンは握っている。
「この薬は何の薬ですか？」
「リスペリドンです。鞄に入ってましたが、服用してたのをご存じなかったですか？」

　診療医は言った。
「不眠ということなので、前回より強いお薬を処方しておきます。でも、これが解決策になるとは言えません。このままの状態が続けば、もっと悪化するかもしれません。当分の間、彼に会わない方がいいと思いますが、できますか？」

　リスペリドンの副作用について調べながらウジンは思った。
「理解できない。イスがなぜこのことを隠していたのか？　こんない苦しんでいたのに…」
　ウジンは両足を床についたままベッド上であおむけになった。
「自分は無謀な夢を見ていたのだろうか…思い返せばイスは僕に訴えかけていた」
　ウジンはイスの病状を気にかけ、うつらうつらで次の朝を迎えていた。

「僕が愛に溺れて見えていなかっただけだった…」