韓国映画「ビューティ-・インサイド」から最終回
「ただいま」
「ああ、お帰り」
帰宅して腰をおろしたイスはキッチンに立つ父親に話しかける。
「お父さん…」
「何だ?」
「お母さんに会いたくない?」
「あっつつ…何だって?」
「お母さんに会いたくない(?)って訊いてるの」
「会いたいもんか…」
イスは立ち上がり、父の傍に来た。
「お父さんは…お母さんが生きてたら何がしたい?」
「そうだな…」父親は笑みを浮かべた。「一緒に年をとること」
イスは父親の横顔に目をやる。
「俺が年を取るのにお前の母さんはあの時のままだ」
イスはキッチンの収納棚の上に置かれたA4サイズの家族写真に見入った。
そこには若い両親と子供だった自分たち姉妹の姿があった。
イスは朝早く出社した。しかし、若手スタッフがもっと早く出社して掃除を始めている。イスは彼に声をかけた。
「おはよう。早かったわね」
行こうとしたイスはふと彼を振り返った。音楽を聴きながら一心に掃除に励む彼の背中にウジンを見るような感覚が走った。
━ あの時、私は何を恐れていたのだろう。世間の人たちの視線? あなたと一緒に乗り越えねばならない幾つもの苦難と混乱? あなたがいない今、そのすべてが、つらくはなかったのだと思える。
イスは目頭を押さえた。勝手に涙腺が緩み涙が染み出てくる。
「先輩」
後ろから声がかかった。
慌てて自分をつくろう。涙をぬぐってイスは言った。
「いい曲ね…ほんとに」
イスと一緒に過ごした時とおなじようにウジンはチェコでの日々を送っていた。いい家具をデザインし、造り、その日の自分に別れを告げて深い眠りに沈む。朝には鏡で新しい姿の自分と向き合い、見合った装いをし、仕事場に出る。昨日の続きの家具をデザインし、造り、新しい仕事を受ける。頃合いを見てその日の仕事を終え、自転車で配達をすませ、街に出る。食事をし、ショッピングして今日も精一杯生きた自分を自分でほめてやる。別れを告げてまた眠る。ウジンは自分の孤独と運命を受け入れ、誰も知らないこの街で淡々と日々を燃焼していた。そして多分、誰にも知られないまま一生を終えることになる…。そんな人生を決めてウジンはこの街へやって来たのだった。
寂しさに駆られた時はサンベクに電話を入れた。彼とは仕事上の関係も保ったいた。
「何だ、ウジンか?」
ウジンは外国語で呼びかける。チェコの言葉も会得したようだ。
「何、言ってる? こっちは仕事で忙しんだ」
「○▽×エトセトラ○▽×(どうしよう…)」
「聞き取れないって…?」
「○▽×エトセトラ○▽×(母さんは元気か?)」
「さっぱりだよ…?」
「○▽×エトセトラ○▽×(電話では話したけど、元気かどうか心配で)」
ほんとはイスが一番気になっている。だが、それは口から出てこない。
「ああ、もう~、どこの国の言葉だ。酒でも飲んだのか? いいか? 韓国人の時に電話しろ。わかったな?」
電話が切られようとした時、
「○▽×(イスは?)」
の言葉が飛び出す。
「切るぞ」の声とともにサンベクとの通話は切れた。
また日々が流れた。
ある日、仕事中にインターホンが鳴った。応接に出てきたのはアジア系の顔をした男性だった。
しかし、イスはその人がウジンかどうかはわからず、しばしためらった。
彼は現地語で挨拶してくる。
「○▽×エト(こんにちは)」
「ハーイ」
「…」
「(会いに来ました…キム・ウジンに…)」
ウジンは英語で答える。
「(人違いだと思います。そんな人はいません)」
「(ここにいるはずです)」
「…」
「(確かですか?)」
「(はい、確かです。すみません)」
「(待って)」
イスは閉まろうとするドアに手をかける。
「(ここはレア・ファニチャーですよね?)」
「…」
「(よろしければ…家具を見せていただけませんか?)」
「…」
「(私は韓国のバイヤーです。大型家具店に勤務を)」
イスは名刺を差し出した。
男性の顔に懐かしさが浮かび出る。イスは笑みで応えた。二人は無言で見つめ合った。
ウジンは前掛けを取り、イスを工房に案内した。いろいろの製品に見入りながら、目の前にいる男性がウジンだとの確信をイスは深めていった。そしてイスはペアの椅子を見つけた。男女のはく様々の種類の靴も…ウジンの家にも男女のはくたくさんの靴が揃えてあった…。
ウジンは振り返って言う。
「(お茶を飲みますか?)」
返事はない。しかし、ウジンは黙ってお茶を淹れる。
ウジンの背に向かってイスは訊ねる。
「(お仕事は一人で?)」
「(はい、一人です)」
「(…弊社はあなたに関心があります。韓国であなたのデザインを見つけて━とても感動しました)」
「…」
「(メールも送れたけど、あなたに会って話したい。だから来たの」
振り返ることのできないでいるウジンの手をイスは歩み寄って握った。ウジナー…!」
イスはウジンの肩に顔と身体をそっと預ける。
「私は…もう、大丈夫」
ウジンは今にも泣きだしそうに声を震わせる。
「君はまた━、具合が悪くなるかも…」
二人の間にしばし沈黙がある。
「それより辛いのは…あなたがいないことなの」
イスはウジンの肩に顎を寄せる。声を詰まらせる。
「ごめんね、ウジナー」
ウジンは身体をまるめグスグスと泣いた。
二人は街に出た。手を握って歩く二人の表情は次第に明るくなる。
イスはウジンに話しかける。
「このまま私と一緒にいてくれる?」
「イス…」
「私、決めたの。あなたと一緒に生きていこう、って!」
「…」
イスの口にも以前の元気が戻ってきた。
「無口で表現も苦手なあなたが、どうやって一人で生きる?(私がいないとダメだわ)」
ウジンはイスに苦笑を返す。
「あなたの姿が変わるのを見たことがある。…あなたより先に起きた時に、偶然見たわ」
「…」
「正直言って、あの日は少し怖かった。分かってはいたけど、実際見たら怖かったの」
「…」
「今思えば、ありがたい日だった。本当のキム・ウジンに会えた日だったから」
「…」
「あなたがどんな姿でもいい。毎日、違う姿でも構わない。いつだってあなたはあなただから」
ウジンははにかみ笑いする。
「私はこの中に住むキムウジンを愛してるから」
小さくはにかむウジン。
「ごめんね、こんなに遅くなって」
明るく笑みを交わす二人。
「ウジナー」
「ん?」
「私と結婚してくれる?」
ウジンは困った表情になって言う。
「どうかな…考えることが山ほどある。時間が必要みたいだ」
自分と同じ返事をされてイスは苦笑する。
「誰かがそう言ってた…」
イスはウジンの胸を叩く。
「心が狭い人ね。イヤなの?」
ウジンは笑いながら、小箱をポケットから取り出す。蓋を開ける。そこから指輪を取り出し、イスの人差し指にはめてあげる。
ウジンを見てイスは嬉しそうにする。
しばし笑みを共有し合った後、イスはいじけて言う。
「やり直し。プロポーズをもう一回」
「…?」
「姿勢がよくなかった。そこに立ってやり直しよ」
「そ、それは」
「ほら、早く。他のあなたの分もよ」
二人は歩み寄り、様々の愛のこもったキスを交わし合う…。
「ああ、お帰り」
帰宅して腰をおろしたイスはキッチンに立つ父親に話しかける。
「お父さん…」
「何だ?」
「お母さんに会いたくない?」
「あっつつ…何だって?」
「お母さんに会いたくない(?)って訊いてるの」
「会いたいもんか…」
イスは立ち上がり、父の傍に来た。
「お父さんは…お母さんが生きてたら何がしたい?」
「そうだな…」父親は笑みを浮かべた。「一緒に年をとること」
イスは父親の横顔に目をやる。
「俺が年を取るのにお前の母さんはあの時のままだ」
イスはキッチンの収納棚の上に置かれたA4サイズの家族写真に見入った。
そこには若い両親と子供だった自分たち姉妹の姿があった。
イスは朝早く出社した。しかし、若手スタッフがもっと早く出社して掃除を始めている。イスは彼に声をかけた。
「おはよう。早かったわね」
行こうとしたイスはふと彼を振り返った。音楽を聴きながら一心に掃除に励む彼の背中にウジンを見るような感覚が走った。
━ あの時、私は何を恐れていたのだろう。世間の人たちの視線? あなたと一緒に乗り越えねばならない幾つもの苦難と混乱? あなたがいない今、そのすべてが、つらくはなかったのだと思える。
イスは目頭を押さえた。勝手に涙腺が緩み涙が染み出てくる。
「先輩」
後ろから声がかかった。
慌てて自分をつくろう。涙をぬぐってイスは言った。
「いい曲ね…ほんとに」
イスと一緒に過ごした時とおなじようにウジンはチェコでの日々を送っていた。いい家具をデザインし、造り、その日の自分に別れを告げて深い眠りに沈む。朝には鏡で新しい姿の自分と向き合い、見合った装いをし、仕事場に出る。昨日の続きの家具をデザインし、造り、新しい仕事を受ける。頃合いを見てその日の仕事を終え、自転車で配達をすませ、街に出る。食事をし、ショッピングして今日も精一杯生きた自分を自分でほめてやる。別れを告げてまた眠る。ウジンは自分の孤独と運命を受け入れ、誰も知らないこの街で淡々と日々を燃焼していた。そして多分、誰にも知られないまま一生を終えることになる…。そんな人生を決めてウジンはこの街へやって来たのだった。
寂しさに駆られた時はサンベクに電話を入れた。彼とは仕事上の関係も保ったいた。
「何だ、ウジンか?」
ウジンは外国語で呼びかける。チェコの言葉も会得したようだ。
「何、言ってる? こっちは仕事で忙しんだ」
「○▽×エトセトラ○▽×(どうしよう…)」
「聞き取れないって…?」
「○▽×エトセトラ○▽×(母さんは元気か?)」
「さっぱりだよ…?」
「○▽×エトセトラ○▽×(電話では話したけど、元気かどうか心配で)」
ほんとはイスが一番気になっている。だが、それは口から出てこない。
「ああ、もう~、どこの国の言葉だ。酒でも飲んだのか? いいか? 韓国人の時に電話しろ。わかったな?」
電話が切られようとした時、
「○▽×(イスは?)」
の言葉が飛び出す。
「切るぞ」の声とともにサンベクとの通話は切れた。
また日々が流れた。
ある日、仕事中にインターホンが鳴った。応接に出てきたのはアジア系の顔をした男性だった。
しかし、イスはその人がウジンかどうかはわからず、しばしためらった。
彼は現地語で挨拶してくる。
「○▽×エト(こんにちは)」
「ハーイ」
「…」
「(会いに来ました…キム・ウジンに…)」
ウジンは英語で答える。
「(人違いだと思います。そんな人はいません)」
「(ここにいるはずです)」
「…」
「(確かですか?)」
「(はい、確かです。すみません)」
「(待って)」
イスは閉まろうとするドアに手をかける。
「(ここはレア・ファニチャーですよね?)」
「…」
「(よろしければ…家具を見せていただけませんか?)」
「…」
「(私は韓国のバイヤーです。大型家具店に勤務を)」
イスは名刺を差し出した。
男性の顔に懐かしさが浮かび出る。イスは笑みで応えた。二人は無言で見つめ合った。
ウジンは前掛けを取り、イスを工房に案内した。いろいろの製品に見入りながら、目の前にいる男性がウジンだとの確信をイスは深めていった。そしてイスはペアの椅子を見つけた。男女のはく様々の種類の靴も…ウジンの家にも男女のはくたくさんの靴が揃えてあった…。
ウジンは振り返って言う。
「(お茶を飲みますか?)」
返事はない。しかし、ウジンは黙ってお茶を淹れる。
ウジンの背に向かってイスは訊ねる。
「(お仕事は一人で?)」
「(はい、一人です)」
「(…弊社はあなたに関心があります。韓国であなたのデザインを見つけて━とても感動しました)」
「…」
「(メールも送れたけど、あなたに会って話したい。だから来たの」
振り返ることのできないでいるウジンの手をイスは歩み寄って握った。ウジナー…!」
イスはウジンの肩に顔と身体をそっと預ける。
「私は…もう、大丈夫」
ウジンは今にも泣きだしそうに声を震わせる。
「君はまた━、具合が悪くなるかも…」
二人の間にしばし沈黙がある。
「それより辛いのは…あなたがいないことなの」
イスはウジンの肩に顎を寄せる。声を詰まらせる。
「ごめんね、ウジナー」
ウジンは身体をまるめグスグスと泣いた。
二人は街に出た。手を握って歩く二人の表情は次第に明るくなる。
イスはウジンに話しかける。
「このまま私と一緒にいてくれる?」
「イス…」
「私、決めたの。あなたと一緒に生きていこう、って!」
「…」
イスの口にも以前の元気が戻ってきた。
「無口で表現も苦手なあなたが、どうやって一人で生きる?(私がいないとダメだわ)」
ウジンはイスに苦笑を返す。
「あなたの姿が変わるのを見たことがある。…あなたより先に起きた時に、偶然見たわ」
「…」
「正直言って、あの日は少し怖かった。分かってはいたけど、実際見たら怖かったの」
「…」
「今思えば、ありがたい日だった。本当のキム・ウジンに会えた日だったから」
「…」
「あなたがどんな姿でもいい。毎日、違う姿でも構わない。いつだってあなたはあなただから」
ウジンははにかみ笑いする。
「私はこの中に住むキムウジンを愛してるから」
小さくはにかむウジン。
「ごめんね、こんなに遅くなって」
明るく笑みを交わす二人。
「ウジナー」
「ん?」
「私と結婚してくれる?」
ウジンは困った表情になって言う。
「どうかな…考えることが山ほどある。時間が必要みたいだ」
自分と同じ返事をされてイスは苦笑する。
「誰かがそう言ってた…」
イスはウジンの胸を叩く。
「心が狭い人ね。イヤなの?」
ウジンは笑いながら、小箱をポケットから取り出す。蓋を開ける。そこから指輪を取り出し、イスの人差し指にはめてあげる。
ウジンを見てイスは嬉しそうにする。
しばし笑みを共有し合った後、イスはいじけて言う。
「やり直し。プロポーズをもう一回」
「…?」
「姿勢がよくなかった。そこに立ってやり直しよ」
「そ、それは」
「ほら、早く。他のあなたの分もよ」
二人は歩み寄り、様々の愛のこもったキスを交わし合う…。
終わり