雨の記号(rain symbol)

マッスルガール第1話(1)


マッスルガール第1話(1)


 法要が営まれている。
「これより、白鳥プロレス創設者、故白鳥洋平氏の49日法要を執り行います」
 お経が読まれる中、白鳥プロレスの女子団員は悲しみにくれていた。
「社長・・・!」
 一人が泣きそうな声で遺影に呼びかけた。
「おとうさん・・・!」
 一人娘の白鳥梓も心の中で父親に呼びかけた。
 この時、法事が営まれている道場に団体が押しかけてきた。女たちは青薔薇軍の法被を着ている。
 先頭を切って入ってきたのは、白い帽子に白い服、青のネクタイで決めた若い男だった。
「何しにきたんだよ」
 白鳥プロレスの一人が言った。
「何しに来ただと?」
 法被の女が言い返した。
 白い服の男は帽子も取らずに言った。
「社長さんの法要だと聞いたもんでね。供養できたんですよ」
「どの面下げてきたんだよ、この裏切り者が!」
「裏切り者とは心外ですね。プロレスはビジネスなんです。将来性のない団体から独立するのは当たり前なんじゃないですか」
「ふざけんな!」
 今にも相手に飛びかかっていきそうな団員を梓は制した。
「やめて!」
 そう言って、一人リングからおりた。


 白い服の男に言った。
「お引取りください」


 その頃、韓国の歌手ユ・ジホはライブの最中だった。

 梓の前で青薔薇軍の女が言った。
「この道場を借金のカタに我々青薔薇軍に差し押さえられている・・・!」
「わけわかんないこと言ってんじゃないよ! かえんな!」
 リング上の団員は反発した。 
「知らなかったとは言わせませんよ」
「・・・」
「指導者の社長さんがお亡くなりになり、残ったのはポンコツ戦士と雑用係のお嬢さん。そして借金」
「・・・」
「もう、白鳥プロレスに生き残る道はありません」
「てめえ!」
「ふざけんなよ!」

 ユ・ジホはライブを続けている。

 団員は青薔薇軍と乱闘を始め、収拾がつかなくなった。
 これを見かねて梓は叫んだ。
「みんな、やめて!」

 画面は錯綜してふたたびユ・ジホのライブ。

 続く乱闘。リング上に作られた法要の仏壇が壊され、白鳥洋平の遺影がマットに落ちた。白い服の男はそれを踏みつけ、したり顔でガムをクチャクチャ噛んでいる。
「何すんのよ」
 梓は怒りに駆られてその男に突進した。右の肘鉄をくらわして後ろへ仰け反らせた。
 
 団員たちは必死で練習に励んでいる。
 「白鳥プロレス経営危機」のタイトルが踊っている。
 練習を横目にプロレスの雑誌に見入っていたレフリー姿の男は立ち上がった。
 梓は二階の事務所から練習所におりてきた。
 父を失ったばかりの彼女は何をやればいいのかで悩んでいた。遺影を見つめながら父の思いを聞きたいと念じている風だった。



 ユ・ジホの所属する事務所ビルの前には、彼のファンが押しかけて騒いでいた。事務所に向って手を振ったり団扇を振ったりしている。
 ジホはファンたちに手を振って応えている。
「ジホ、おまえ日本でもすごい人気だなあ。こりゃあ、映画も大ヒット間違いなしだな。ちゃんと日本語勉強してるか?」
 ジホは声の主を振り返った。
 黒縁メガネの太った男が記者会見の案内文を見せながら言った。
「三ヶ月後にはクランクインだからな。頼むよ。頼んだよ」
「わかりました」
「あはははっ!」
 事務所社長の黒金は満足そうに頷いた。
 この時、携帯が鳴った。黒金は携帯を取り出した。
「ああ、もしもし・・・ああ、お世話になっております。はい。ええっ!」
 黒金はそのへんを歩き回りながら応接を始めた。 
「記者会見の件ですね。ええ。ああ・・・うちのジホの初の日本進出なんで・・・ひとつ、よろしくお願いします」
 それを聞いていたジホは、ファンから贈られたぬいぐるみなど置かれたソファーに腰をおろした。
 懐から宝石の入れ物を取り出した。
 ふたを開けると母の誕生日に贈ったダイヤのネックレスが出てきた。
 ジホはその日のことを思い浮かべた。
「こんなきれいなダイヤを・・・!?」
「今までのお母さんの苦労に比べたら小さいよ。これからは僕がもっと幸せにしてあげるから・・・!」
「ジホや」
 母の喜んでくれた姿が今もまぶたの裏に残っている。
 ジホは自分の手元に残ってしまったダイヤに無念さを覚えながらふたを閉じた。
 何かを期するような表情になった。

 梓は練習を続ける団員のところにやってきた。
「みんな・・・! 話があります」
「はい」
 返事して四人は立ち上がった。
 梓は彼女らに宣言した。
「白鳥プロレスは本日の興行をもって解散します」
「えっ!?」
 驚いて団員は訊ねた。
「解散ですか?」
「青薔薇軍の言っていたこと本当だったんですね」
 一人は泣きそうな声になった。
「今日で解散なんて!」
 梓は四人に向って頭を下げた。
「・・・ごめんなさい!」

「はーい、よろしくお願いします。はい、どうもどうも・・・!」
 携帯を切って黒金はジホに呼びかけた。
「ジホ! 何やってんだ。おい! もう出発だぞ」
 ジホのいたソファーに歩み寄ると、そこには毛布がかかりいかにも寝ているかに見える。
 黒金はもう一度毛布に向って呼びかけ、返事がないと毛布をひっぱがした。
「起きろ!」
 その下から出てきたのは枕とぬいぐるみと書置きだった。
「探さないでください。Jiho」
 黒金は叫んだ。
「ジホーッ!」
 ジホは帽子とサングラスで変装してファンたちのそばを通り抜けた。



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