そうして時間は過ぎた。
その間、アンナはずっと考え込んでいた。
自分はチョルスのもとを去った方がいいのか。去りたいのか。そうでないのか。残りたいのか。このもつれきった感情をほぐし、その底にあるものを見たいのに、それを怖れる気持ちもどこかにある。
チョルスも思案に沈んでいた。彼もあいまいな感情の中にいる自分を見つめ続けていた。
アンナはバスのやってくる方角に目をやった。
「どうしたんだろう・・・バスが来ないわ。これじゃ帰れないわ・・・」
彼女は仕方なく携帯を手にする。
チョルスの携帯が鳴る。ちらと後ろの様子を見、携帯を耳に当てる。
「どうした?」
「チャン・チョルス。バスが迎えに来ないから迎えに来て」
チョルスは苦笑する。
「一人で帰ってくるんじゃなかったのか?」
「ケチ! もういいわ」
アンナは頭にきて携帯を切った。
とはいえ、心細い。ここから歩いて帰る自信がない。
「家まで遠いというのに・・・」
それでも自分の足に頼るしかない。諦めて外へ出ようとしたら、背後のガラスがコンコンと鳴った。振り返ると素通しガラスの向こうにチョルスがいる。
アンナの顔はぱっと明るんだ。
「そこで待ってたの?」
「ああ、通りがかりに見つけた。バスもないというのに――待ってるお前がおかしくてずっと見てたよ。帰ろう」
チョルスは先に立って歩き出す。
そんなチョルスを見てアンナは嬉しそうにつぶやく。
「とにかく、一時間は待ったということね」
帰りの車の中でアンナは言った。
「チャン・チョルス。私は記憶を失ってるけど――前にも私を待ってくれたことがあった?」
「さあな・・・」
「じゃあ、私が呼んだ時に駆けつけたことは?」
「それも、どうだったかな・・・」
「じゃあ、私を支えてくれたことは?」
チョルスは笑顔になった。
「あったよ。お前も覚えてるだろ?」
「そうね。確かに支えてくれたわ・・・記憶はそれひとつだけね・・・」
「そうだ。だから早く記憶を取り戻せ」
「医者の話では、昔の記憶が戻ると今の記憶を失う場合もあるって言ってたけど、そしたら、この瞬間も忘れるのよね」
チョルスは少し暗い表情になった。
「そうなったら、お前には好都合だろうが。悪い記憶がなくなるんだから」
「ええ。そうなってほしいわ。記憶が戻ったら何も言わずにここから出ていくわ。この期間の記憶を捨てて行ったと思ってね」
チョルスは黙り込んだ。
ベッドの中でチョルスは再び思案に沈んだ。
「そうだな・・・そんな別れ方も悪くないな・・・」
チョルスは思い切り寝返りを打った。
アンナも思案に耽っている。
「”行くな”とは言ってくれないのね・・・」
アンナはくやしくて毛布を頭からかぶった。
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