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韓国ドラマ「病院船」から(連載189)

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  韓国ドラマ「病院船」から(連載189)




「病院船」第18話➡医療空白②


★★★ 


 事務長がウンジェのところへやってきた。横に立って手すりを握った。
「クァク先生がもどかしいだろ」
「・」
「今後、予想される厳しい闘いを思えば心配にもなる」
「・」
「まったく、笑っちゃうよ」
「何がです?」
 事務長はウンジェを見た。
「今回、ソン先生と―クァク先生の役割が逆転したことだ」
「ソン先生が原則を貫こうとすると、柔軟に軌道修正するのはこれまでクァク先生の役割だった・」
「洗練された苦言ですね」
「苦言か・う~ん」
「”医者は原則を破るな”と―、今、苦言を呈したのでは?」
「いや・、先生の病院船への思いが分かったと言いたいんだよ」
「・」
「病院船のためだろ? 病院船を守りたいから、原則を破って辞めようと考えたのでは?」
「・」
「先生に申し訳ないし、自分が恥ずかしい」
 ウンジェは事務長を見た。
「実は私たちも先生と同じように考えた。”クソがあったらよけて通るべきだ”。”ソン先生ひとりに責任を押し付けて―この危機を脱しよう”と」
 事務長は言葉に力をこめた。
「でも、それは間違ってる! クソがあったる、すぐ片付けるべきだ。違いますか?」 
「事務長」
「すまない、ソン先生。原則を守れる環境で診療に専念してほしいのに、事務長として力不足で・」
「とんでもないです。何をおっしゃるんですか」
 事務長はウンジェを見た。
「まだ間に合うから原則通りにやりましょう。いや、やろう!」
「・困難が伴いますよ」
「だろうね」
「一番の問題は・そこで生じる”医療空白”です。病院船が運航しない間、島の患者が心配だわ・」
 2人は嘆息を交わし合った。


★★★ 


「医療空白なら心配いりません」
 チャン会長はコーヒーカップを置いた。
「病院船の未熟な医者より、巨済第一病院とデハン病院の―医者の方が頼りになります」
 チャン会長らの訪問を受けた道庁の知事は満足そうに頷いた。
「そうでしょう、キム院長?」
「はい、もちろんです。」
 同席していたキム・スグォンは同調して道知事に目をやった。
 チャン会長は付け加える。
「第一病院とデハン病院の医者の中から、指折りの名医を厳選して―島民の遠隔治療を担当させます」
 うんうんと道知事。
「それに、救急患者が出たら、わが社のヘリを送りましょう。迅速に搬送して治療させます」
「はっははは」道知事は誇らかに笑った。「まことにもって頼もしいですな。あっはははは」
 知事の笑い声に同調しながらも、キム・スグォンの胸中は複雑だった。資金援助を餌に信念を曲げてまでチャン会長に従わざるを得ない自分に、苛立ちも覚えていたからだった。




 ウンジェは警察署から出てきたヒョンに気づいた。
「終わった?」
 ヒョンはウンジェに歩み寄った。
「迎えに? 僕が心配で?」
「いいえ」ウンジェは否定した。「一緒に行きたい場所があって」
「行きたい場所ってどこ?」
「行けば分かるわ」
 ヒョンは頷いてウンジェの手を握った。
「行こう」
 ウンジェはヒョンを巨済の市場に連れて行った。
「行きたい場所ってここだったの?」
 ウンジェはにっこりして言った。
「今日は私の当番で買う物が多いの。私は車がないから、アッシー君になってほしいの」
 ウンジェは手招きして先に立った。
 ヒョンは苦笑いしながらウンジェの後に従った。
 ウンジェは魚屋の前にやってきた。
「こんにちは」
「あら、いらっしゃい。お嫁さん、珍しく機嫌がいいわね」
 おばさんはヒョンを見た。
「おばさん、まだ結婚はしていません」
「じゃあ、どういう…?」
 それには答えずウンジェは訊ねる。
「今日は何が美味しい?」
「何が美味しい?」とヒョン。「買い物リストはないの?」 
 ウンジェは答えた。
「その場その時に閃いた物を買うの」
 そう答えておばさんを見る。
「美味しい物は?」
「牡蛎がおすすめよ。これから旬でしょ。美味しいし身体にもいい」
 ウンジェは両手を肩まで上げた。
「では10人分を」
「多めに上げる」
「予算が少なくて」
「安くもするわよ」
「ありがとう」
 ウンジェは頬をすり寄せおばさんの腕を抱きしめる。
 おばさんは景気のいい声で応じる。
「たくさん入れてあげて」
 そしてウンジェを見る。ヒョンは2人のやりとりを楽しそうに見ている。
「いいのを選んであげるから」
 おばさんはヒョンとウンジェが気に入ったらしく、何かと2人に世話を焼いた。結局、ウンジェでなくヒョンが味見させられた。
「ああ、美味い美味い」
「食べたいのは? あなたはこれを」
 爪楊枝に刺さった何かをウンジェも食べさせられた。
「どお?」
「とっても美味しいわ」
「でしょう? ふっふ、酒の肴に最高よ…どれにする?」




 買い物を終え、2人は車で帰路につく。
 車を運転してる時、ヒョンはウンジェの様子がおかしいのに気づく。市場で店のおばさんを相手にはしゃいでるウンジェは、いつもと様子が違っていた。
 買い物をすませて車で帰路につくと、あんなに陽気だったウンジェはすっかり影を潜めてしまった。
 ヒョンは言った。
「さっきは笑ってたのに静かだな」
 ウンジェはぱっとヒョンを見た。
「私が? いつ笑ってた?」
 ウンジェのひょうきんな態度にヒョンはつられて笑った。
 しばらくしてヒョンは言った。
「おりて少し話をしよう」
 


 2人は海岸の橋を歩いた。足を止めてウンジェは訊ねた。
「話って何?」
「それはこっちのセリフだよ」
 ウンジェはヒョンを見る。
「以前、君に聞かれた。”おかしくて笑ってる?””それとも空元気?”って」
「…」
「その言葉をここで返したい」
 2人は見つめ合う。
「あの時の僕の真似を?」
「バレちゃった?」
 ヒョンは頷く。
 ウンジェはしばらく黙った。
 やがて口を開く。
「私は人間関係に期待したことがなかった」
「…」
「人と3秒以上目を合わせたことも―、患者名を覚えたことも―、そして人に心を開いたこともない」
 ウンジェは海からヒョンに目を転じた。
「知ってる? 期待しなければ恐れることもないの」
「…何も失わないから?」
 ウンジェは頷く。
「今は違うと言うのかい?」
 ウンジェは遠くを見た。
「そうみたい…”病院船が廃止になったらどうしよう””そしたら病院船のスタッフや患者はどうなるか”―そんな心配や恐れを振り払うために、あなたの真似をして必死に笑おうとしてた」
「…」
「でも私には効き目が出てこない」
 ヒョンはウンジェを見た。黙って抱きしめた。
「僕にも効き目はなかったさ。むしろ笑顔の中に悲しみを読み取ってくれた―君の言葉が効いたんだ」
「…」
「ああ―っ」
 ヒョンは伸びやかに声を出した。
「よかった。僕もそれに気づけて」
 ヒョンに抱かれながらウンジェも明るい笑みをつくる。
「でもこれからは、怖い時は怖いと言ってほしい。辛い時は助けを求めて、悲しい時は気兼ねなく泣けばいい」
「…」
「今日は気づけたけど、次は気づけないかもしれないだろ」
 ヒョンはウンジェと向き合った。
「これからは僕に何でも話して。どんなことでも」 
「…」
「1人で耐えないで。それは君の悪い癖だ」
「…」
「約束して。いいね?」
 ヒョンをまっすぐ見てウンジェは頷いた。
「それでいい」
 ヒョンはウンジェを抱きしめた。

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