マッスルガール第7話(2)
昼食はすき家の牛丼だ。
六人の前にボリュームたっぷりの牛丼が並ぶ。
「ごゆっくりどうぞ」
ああ、あの痴漢のおかげでいい準備運動になったわ」
「向日葵さん、あの痴漢にわざと試してましたね」
つかさは腕を振る。
「モノは使いようやで」
「でも、キム、そっちの人にもモテるんだね」と星薫。
「イケメンやから、女の子にはモテるんやろうなあ、と思ってたけど・・・」
「ああ。キムは絶対わたさへんよ」
おどけてジホの腕を取る向日葵。
「あっは」
「うん」とつかさももう片方の腕を取る。「キムは私たちのもんだからね」
「ありがとうございます」
「キムがいてくれたから、いま私たちがプロレス続けてられるんだもん」
「ええっ、そんなことないですよ」
「もう、謙遜しなーっ」
と向日葵。
「しなーっ」
「しなーっ」
「あはっ」
やりとりを見て笑う舞。
しかし、一人浮かぬ顔の梓。
舞は彼女を見て、怪訝そうにする。
「どうしたの?」
「えっ?」
「ぜんぜん、箸動いてないけど・・・!?」
「あはっ・・・」
笑いでごまかして梓は牛丼を食べだした。
白鳥プロレスの面々の練習相手になり、身体中傷だらけにされた黒金はふんまんやるかたなく郷原のもとに押しかけていた。
「いったい、ジホはどこなんだ!」
「・・・」
「お前らが言ったんだぞ。ジホは白鳥プロレスのところにいるって!」
郷原は冷ややかにメガネの位置を直した。
「黒金さん・・・盗み聞きはよくありませんよ」
「う、うるさい! お前らがジホを取り戻してくれないから、俺は自分で行ったんだ! あ、いたったっ! そしたらな、このザマだーっ!」
「私たちには何の責任もありません。お引取りを」
「何をっ! おい、こらっ!」
郷原を追いかけようとする黒金をスカル杏子が後ろから羽交い絞めにする。
「お引取りを」
彼女は穏やかな声で言った。
「女子プロレスは怖いよ・・・いててっ!」
腕を取られると黒金は臆病になった。
スカル杏子は郷原に言った。
「白鳥プロレスはあの韓国人をうまく隠したようですね。あいつさえいなければ、白鳥はとっくに潰れていたのに!」
「・・・いいじゃねえか」
スカル杏子は郷原を振り返った。
「面白い。こうなったらマッスルガールカップのリングの上で、徹底的に叩き潰してやるまでだ。それまで白鳥にはせいぜい力を合わせて頑張ってもらおうじゃないか」
郷原は拳をにぎり、ほくそ笑んだ。
ジホはレフリーの修練に余念がなかった。
「須藤つかさ、リング・イン」
呼ばれて、かわいいポーズを取るつかさ。
ゴングが鳴る。
リング外からリング上にカッコよく飛び込もうとするつかさだが、ロープに頭をつかえさせてドジを踏んでしまう。
そのままリングに入って行こうとするが、メンバーから「ストップ、ストップ」の声がかかる。
向日葵がメガホン片手に叫んだ。
「女子プロなんだよ。華やかさがほしいんだよね。何か、もっとカッコいいのがないの? 派手な、いいのがほしいんだよ、もっと・・・!」
メガホンを叩きジダンダを踏んでいる向日葵。
「もう、何が足りないのかな・・・!」
つかさはシュンとして言った。
「もっとカッコよく入場したいんですけど・・・ああ、もう、どうすれば・・・!」
と髪をかきむしったりする。
ジホも彼女にいいアドバイスが出せず、ただ、うなだれているだけだが、突然ひらめくものがあって人差し指を立てた。
「そうだ! こんなのはどうですか?」
で、自らの出したアイデアを実践するジホ。
――キム選手、リング・イン!
ジホは走り出す。
ロープに手をかけ、その上を軽々と飛び越えてリングに着地するジホ。
「キム、すごい!」
つかさは悲鳴のような声をあげた。ほかの者も同調してリングに走り寄った。
星薫は目をハート型にして叫んだ。
「カッコいい!」
「いいじゃん。これでつかさファンつくんじゃない」
と舞。
「うん」
満足そうにしてつかさはリングに飛び込んだ。
「ありがとう、キム」
「ああっ、いえいえーっ、あっは・・・! どういたしまして」
「私もやりたい」
「私も教えて」
薫や舞たちも次々リングに上がってきた。
この様子を嬉しそうに眺めながらも、自分がその輪に入れないもどかしさを梓は感じていた。
事務所に戻ってくると電話が鳴っている。
「はい、白鳥プロレスです」
それはいい報せだった。
ジホが提案したアイデアをつかさもこなせるようになった。
「やった。成功だ」
みんなは彼女に拍手を送った。
そこへ梓が急いでやってきた。
「キム」
「はい」
「お母さん、見つかった」
「えっ!?」
ジホはリングからおりて梓の前に立った。
「ほんとに、ほんとですか?」
「うん。チラシ見た人が連絡くれた・・・!」
ジホは口に両手をあてた。感激がこみ上げるようだった。
「よかったなあ・・・キム!」
「あ、はい」
みなは次々ジホを祝福した。
「よかった、よかった」
「あっ、でも」つかさが切り出した。「お母さん、みつかったらどうするの? やっぱ、韓国帰っちゃうの?」
「あっは、はい。お母さんと一緒に帰国します」
梓は黙って目を落とした。
「そっかーっ、しゃあないなーっ! さびしなるけど・・・よかったことには違いない」
舞はほかの者と違って、梓の表情がちっとも晴れていないのが気にかかった。
ジホは梓を伴い、花束を抱いて連絡をくれた人のところに向った。
「やっと会えますね」
「そうだね」
二人は道を曲がった。
梓は前方を指差した。
「ジホ。ここだよ」
「ああ・・・はい」
梓は先に歩いた。
「オモニ亭」の看板の出た店の前に立った。
しかし、ジホはためらっている。梓はジホの前に戻ってきた。
「どうしたの?」
「ああ・・・会ったら、何といえばいいのか・・・」
「・・・」
「急に不安になりました」
「・・・」
「ここに来るまで、あんなに楽しみだったのに・・・」
「ジホ・・・」
「お母さんは、僕に会いたいと思ってますか?」
「・・・」
「僕が寂しくさせたせいで、お母さんは出ていったのに・・・突然、訪ねて・・・お母さん喜びますかね」
梓は笑顔になった。
「大丈夫」
「・・・」
「だってジホはお母さんのこと大好きなんでしょう?」
「・・・はい」
「じゃあ、大丈夫。お母さんも会いたいと思ってる」
梓の言葉に、ジホは母と過ごしていた頃を思い浮かべた。
口元についたご飯粒を取ってくれながら母は自分を笑ったものだった。
「もう、いつまでたっても子供なんだから」
寒い夜にはマフラーを首に巻いてくれながら言ったものだった。
「ジホ、今夜は冷えるそうだよ」
そして、自分も母に言ったのだ。
「もっと幸せにしてあげるから」
母はあのVサインを覚えているだろうか。
「ジホ」
梓は促した。
ジホは頷いた。
「お母さんに会います」
「うん」
「梓さん、ありがとう」
ジホは花束を抱いてひとりで店に向って歩き出した。