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韓国ドラマ「病院船」から(連載11)
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「病院船」第1話➡病院船に導かれし者⑪
★★★
ウンジェはまたひとついい手術をこなした。先に出てきたウンジェに従うスタッフたちは、ウンジェのメスさばきを口々に褒めたたえた。
「すばらしかったわ」
「ほんとほんと」
「文字通りパーフェクト。完璧だったわ」
「飲み会をやりましょう」
ウンジェは厳しい目を向ける。ジュファンはさらっと言う。
「手術時間を30分も短縮できたんですから―断るのは無粋でしょう」
他のメンバーも同調する。
「飲みに行きましょう」
ジュファンは甘えた声になる。
「先生~」
「そうしようか」
ウンジェのひと言にスタッフは沸き返る。
その時、ウンジェの携帯が振動した。
いきなりミジョンの声が飛び込んできた。
「ウンジェ、姉さんが死んじゃうよ」
その声にウンジェの身体は凍り付いた。
★★★
踵を返して走り出した。走りながら指示を出した。
「電話をスピーカーにして。海洋警察は呼んだのね。いいわ。私の言う通りにして」
ウンジェは立ち止まる。エレベーターを待つ。
「胸の中央の硬い骨を探して」
エレベーターは来ない。また走り出す。エスカレーターへ向かう。
硬い骨、硬い骨…。
「あった」
とミジョン。
「両手を重ねて強く押し込んで。それを繰り返して」
ウンジェはエスカレーターを駆け下りる。
ミジョンは泣きながら動かなくなったヘジョンの胸を押し続ける。
「姉さん、しっかりしてッ! 目を開けてよ」
「泣かないで。それでいいのよ」
「ウンジェ、海洋警察が来たわ」
いったんロビーにおりたウンジェは突然立ち止まる。
現地に駆け付ける早い方法があった。急いでエスカレーターを駆け上がる。御曹司の病室に駆け込んだ。
「聞いて。謝礼を受け取るわ」
ウンジェは御曹司に自分の携帯を差し出した。
「電話して」
「ソン・ウンジェ先生」
ウンジェは叫んだ。
「いいから、今すぐ電話して。早く!」
ウンジェは屋上からドゥジングループのヘリコプターで現地へ飛んだ。
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ヘジョンは海洋警察の手で島の病院に運ばれた。懸命の救命処置が続けられた。しかし、ウンジェは間に合わなかった。病院に駆け付けるのを待っていたようにヘウォンの心臓は停止した。
ウンジェは救命処置を諦めた医療スタッフの間に割り込んだ。両手をあてがい心臓マッサージを続ける。
「誰ですか、あなたは?」
今まで心肺蘇生法を続けてきたドクターが横で訊ねる。
それには答えずウンジェは叫ぶ。
「早く昇圧剤を」
「部外者が何してるんです」とドクター。
「患者を殺す気? 早く投与しなさい。早く!」
「ちょっと、待ちなさい」
「話してる時間はないわ。聞いてないの?」
ドクターはウンジェの腕を引いた。
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「いったい、何のつもりだ!」
2人は向き合った。ウンジェは叫んだ。
「私の母なの」
その言葉にドクターは黙った。
「この患者は私の母よ」
そう繰り返しながら、ウンジェは心空しくウンジェの心臓をマッサージし続けた。
ドクターの指示で昇圧剤が投与される。
除細動器も試された。
しかし、ヘジョンの心臓は二度と蘇らなかった。
―私にとっては息を吸うより日常的なことだった。だから…私の治療している相手が、自分の母だという事実すら、一瞬忘れた。忘れていた。
ウンジェは我に返った。周囲のスタッフを見た。
「19時5分、ご臨終です」
後ろでドクターが言った。
「やめてください」
「…」
「死亡宣告までしなくていいです」
ドクターは治療具を外すよう指示を出す。
ウンジェは呆然として動かない。
母と交わした電話でのやりとりがウンジェの脳裏をめぐっていた。あれが最後の電話となってしまった。
あの時、どうして母の用向きを拒んでしまったのか。ただただ母の顔が見たくなかった。一緒に連れている人がいると思うとなお嫌だった。
―今、ソウルにいるのよ
―何の用で?」
―ええ。悪いんだけど…
ロビーから二階を見やるとウンジェが携帯を握って歩いている。
ヘジョンはせわしそうに歩くウンジェを目で追った。
―まさか―また患者を連れてきたの?
ウンジェはウンジェを追ってエスカレーターに乗った。
―そうなの。じつはその患者は…
―母さん。島民の世話を焼くのも大概にして。こっちの身にもなってよ
母は1人で自分の病気を相談したかったのかもしれなかった。
深い後悔がウンジェの脳裏をぐるぐる回っていた。
―あの日、島から来た患者は母だった。私がもう少し、母の話を聞いていたら、母のために何かできたかもしれない。