二人はさっそく修理工場に出向いた。
修理について話をつけ、ビリーはアンナに言った。
「修理が終わったら、家に届けるようにさせます」
「そう? ご苦労様」
アンナに服従した頃のようにビリーは低姿勢で頷いた。
カーディガンのポケットに手に入れ、アンナは背を返した。しかし、ビリーの痛がってる手が彼女の目の裏に残った。
ビリーを振り返って訊ねた。
「痛むの?」
「いいえ。少しズキズキするだけです」
「・・・ズキズキしてる時は湿布が効くわ。貼ってあげましょうか?」
ビリーは嬉しくなった。彼女からこんなに優しくされるのは久しぶりだった。いや、モノを投げられてケガしたことはあっても、心配されるのは初めてかもしれなかった。
アンナは湿布を買ってビリーに貼ってやった。シールをはがしてペタンと無造作に貼り付けてやるだけだったが、ビリーはそれが嬉しかった。今までになかったようなアンナとのひとときが嬉しくて、さほど痛くない腕まで差し出している。
「こっちも少し痛むな」
「・・・」
アンナはもう一枚湿布を袋から取り出した。黙ってシールをはがした。出された腕にペタンと貼り付けた。
「これで治るわ。それじゃ失礼します」
椅子から立ち上がったアンナを追うようにビリーも立ち上がった。
「あの、食事でも」
「・・・?」
アンナの視線にビリーは一瞬ひるんだ。
「その・・・事故は僕のせいですし・・・悪いのは僕の方なのに湿布まで貼ってくれて・・・」
アンナはあっさり承知した。
「いいわ。ごちそうして」
ビリーはレストランにアンナを連れて行った。
そこで威勢のいいアンナの食べっぷりにビリーは感心した。
「味は悪くないわね」
アンナは言った。
「お口に合ったようでよかったです」
当然だ、とビリーは心でつぶやいた。
――アンナの好みに完璧に合わせたんだから。仕込みはOKだ。
ビリーはちらと後方を窺うしぐさを見せた。
――この辺で音楽のスタートといきたいな。
その通り、食事タイムに合わせたさわやかな音楽が流れ出す。
流れ出した音楽にアンナの手は止まった。
ビリーはしてやったりの表情になる。
――アンナ・・・覚えてるか? 僕たちが初めて会った時の曲だ。
アンナは何かを思い出そうとするように耳をすませて聴いている。
「何だか聞覚えがあるような気がする・・・」
「この曲につながるきれいな思い出か何かがあるんですね?」
アンナはきっぱり答えた。
「記憶がないから思い出なんかないわ」
「・・・そうですか。それは失礼しました」
アンナは食事を続けだしながらちらとビリーを見た。
「知らずに言ったことだし、気にしないで」
ビリーはしょぼくれた。下を向いた。
「この曲に覚えがあるのは、あなたが言うとおり・・・何かいい思い出があるからかもしれない」
アンナの言葉にビリーは落ち込んだ。自分たちの大切な思い出さえ忘れてしまったアンナに悲しみを覚えた。
「その時間を・・・一緒に過ごした人もいただろうに」
「・・・」
ビリーは今にも泣きだしそうな心境だった。
「誰も私を捜さないのよ」
「・・・」
「それが誰かさえわかれば・・・」
アンナは真っ白なままの過去に思いを向けた。
「実は・・・」
ビリーはか細い声で切り出した。
「実は・・・」
自分が、と切り出そうとした時、アンナは毅然として言った。
「殺してやるわ!」
script type="text/javascript" src="//translate.google.com/translate_a/element.js?2db9cb=googleTranslateElementInit"></script> google-site-verification: google3493cdb