雨の記号(rain symbol)

マッスルガール第5話(3)


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 梓は父がまだ元気だった頃の団員の写真に見入りながら考えに耽っていた。そこには新人で初々しかった頃の向日葵もいる。
 彼女の元気で明るい挨拶は今も耳の奥から離れない。
「新人の向日葵です。お客さんを通し忘れられない、お客さんに夢や希望を与えられるレスラーになりたいと思います」
 梓は笑顔で励ましたものだった。
「頑張ってね」
 後ろでは向日葵の心意気を頼もしく受け止めている舞の笑顔もあった。
「はい、頑張ります」
 あの時の彼女は純粋でまじめな女の子だった。
 梓は思った。
 白鳥がこうなって手のひら返した彼女には、うちへの恨みではなく、別の理由があったのかもしれない。
 彼女の言動が蘇ってくる。
「うちは悪役やからいいねん。逆にファンや言われても、わるもんやし、反応困るやん」
 悪役のユニフォームを水に投げ込んでしまった彼女。
 梓はふと向日葵の心の中が見えた気がした。

 青薔薇軍の道場に戻ってくると大きな歓声があがっている。青薔薇軍のユニフォームを着たファンたちの熱狂だった。
 向日葵の胸に最前の試合のことが蘇ってきた。ジュース缶や紙コップがリング上に投げ込まれてきた悪夢のような光景だ。
 お客さんの怒号も思い出した。
「何だ、このド素人!」
 そんなはずではなかった。
 それらの言葉を思い出しながら向日葵には泣きたい思いがこみ上げてきた。

 青薔薇の道場には結局戻れず、行く当てを失って向日葵は悄然と道を歩いていた。そのまま歩いていると、ジホの尋ね人の広告を貼り付けてまわった場所にさしかかった。
 向日葵は足を止めた。自分らの貼り付けた広告に目をやった。
 一瞥し、気を取り直して行こうとした彼女だったが、また足が止まってしまった。次に目に入ってきたのは、白鳥プロレス道場マッチの広告だった。
その広告は新しく貼られたもので自分の姿はない。
 向日葵の足はいつしか白鳥プロレスに向っていた。
 彼女は道場の前に立った。



 ドアの隙間からそーっと中を覗き込もうとした時だった。後ろから男の子の声がした。
「お姉ちゃん、白鳥プロレスの人?」
 向日葵は青薔薇のユニフォームを上っ張りで隠すようにして訊ね返した。
「どうしたん?」
「ねえ、ビッグデビル、どこいったの?」
「・・・」
「ビッグデビルの試合、いつも楽しみだったのに今日も出ないっていうからさ」
 向日葵の心は驚きと当惑で揺れた。
「ボク・・・ビックデビル、好きなん?」
「うん」
 少年は嬉しそうに答えた。
 向日葵は少年の前に腰をおろした。



「何で? ワルモンやで!?」
「何で? 超カッコイイじゃん! あのキックとか・・・!」
「・・・」
「何やってるんだろう・・・ビックデビル?」
 男の言葉に向日葵は戸惑いつつも感激を覚えていた。
「あのな・・・ビックデビルはな」
 説明しかけようとしたら男の子は言った。
「お姉ちゃん、これ」
 丸めた画用紙のようなものを差し出してきた。向日葵は受け取った。
「僕、絵を描いたの。ビックデビルに渡してくれる?」
「・・・ええけど」
 向日葵は画用紙のようなものを開いた。
 するとそこには明るく笑うビックデビルの姿がかわいらしく描かれていたのだった。
「何で・・・!?」向日葵は訊ねた。「何でビックデビルが笑顔なん?」
「これね、ビックデビルがチャンピオンになってるの」
 向日葵はもう一度絵を見なおした。
 すると腰にはしっかりチャンピオンベルトが巻かれているではないか。
 向日葵はジホの言葉を思い浮かべた。

「ビックデビルを応援してる人、ビックデビルを好きな人は、きっとたくさんいるはずです」

 男の子は言った。
「ボク、ビックデビルは絶対チャンピオンになれると思うんだ。舞も強いけど、あのキックとデビルスペシャルで、絶対に倒せるよ」
 向日葵は感激に打ち震えながら男の子の絵に見つめいっている。
「それにビックデビルの方がカッコいいし・・・!」
 向日葵は鼻をグスグス言わせ出した。震える声で男の子に言った。
「渡す・・・! これ、絶対ビックデビルに渡すから!」



「うん」
 男の子を見上げる向日葵の目からは大粒の涙が流れ出した。

 物陰でこの様子をうかがい、うれしそうにする梓。ファンの子供の力を借りて多少あざといやりかただったが、向日葵の心の中をしっかりつかんでいたようだ。

 向日葵は急いで川べりに駆けていった。自分の投げたユニフォームを探すためだった。棒を持って、あっちこっちつつくっていると、後ろから声がかかった。
「探してるのって、これ?」


 後ろには梓が立っていた。

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