先週末は二日ほど、gooブログを休んでいました。
理由は、先週月曜日以降、SNSやネット系ニュース番組で報道・解説された「愛知トリエンナーレ」関連のニュースを、自分としても注視していたことに起因します。
問題が大きいわりに、 #日本の一部の新聞 #一部の新聞 #日本の一部のTV #一部のTV に代表される従来のメディアであるオールドメディアの報道の仕方が表層的な一面を意図的に手短く報道してる異様さを、考えてみました。
表現力が豊かでないにしても、少々問題が副層し始めると、思考がついて行けないけません。
おぼろげに対象が見えているのに、的確に表現できないもどかしさに、忸怩たるものを感じます。
対象のキワードは見えています。
「反日」
「左翼」
「リベラル」
「反皇室、反皇統・反国体」
混乱すると、昔は、マメにキワードをカードに書き込み、KJ法=文化人類学者の川喜田二郎(東京工業大学名誉教授)が、データをまとめるために考案した手法で取り組んだのが1970年代でした。
思えば、当時会社のカネで、講習会に行かされた記憶があります。
渋谷の生産性本部だったか、芝の能率協会、あるいは、東京タワー前に機械振興会館だったか。。
半世紀前の話。
最近は、ソフトやアプリで、「X-Mind 」を使い始めてますが、どうも慣れないせいか、今一つ、良いようで、それでいて使いかってで、いまだついていけない状態です。

さらに
これで、先の参院選の結果で感じた異様なものと、「愛知トリエンナーレ」の一件で感じてた、異様さの正体が見えたような気がしたことに気が付きました。
+ + +
「正体」はアイデンティティともいいます。
外国人社会で生活していると、アイデンティティを認識してないとあまり快適生活が出来ないことを、経験的に学習しました。
いいにつけ、悪いにつけ、アイデンティティを否定してしまうと、自分の存在が否定され、終いには無視されてしまいます。