夕食の後に決まって母はお菓子をテーブルに並べる
祖母から夕食直後に食べるお菓子を批判されるが
母は御構い無しで口へと運ぶ
塩気のお菓子の後には甘いお菓子を求め
来客用に買い貯めしたお菓子も次々になくなる
でも僕が食べようとすると母は
子供がこんな時間にお菓子を食べるのはダメだと注意する
それを聞いた父はすかさず
じゃあ目の前で食べてやるなと母に注意する
いつもの繰り返しだ
でもあの日は違った
前の晩から喧嘩を引きづる母はお菓子をいつものように食べる
父はそれを無視する
僕は何か和ませようと冗談交じりにお菓子に手を伸ばした
パチン!
何度言ったらわかるの!
母は僕の手を叩き払った
僕は突然のことで驚いた
そして和ませようと冗談交じりにしたことに腹を立てられ悲しくなった
次の瞬間
母の体が椅子から落ちた
「自分を棚にあげて、子供に手を上げて、てめぇ何様のつもりだ!」
父が母を突き飛ばした
僕は驚いた
父が手を上げたこと
それよりも
父が怒鳴り声をあげたこと
そして母は父に
「何するね!」
と、反抗する
父は続けて母の胸ぐらを掴み、睨み続ける
焦った僕は必死に涙を拭いながら
「お父さん!」
と、呼び止めた
その声を聞くと父は母の胸ぐらから手を離し
母の頬を叩いた
「出て行け…」
静かな口調で父は言った
あまりの騒ぎに祖母が部屋から出てきて
2人をなだめる
僕は母に言われ、今日は祖母の部屋で布団に入った
次の日
朝起きると部屋に白衣を着た人たちがいた
大きな布をかけたものを2階から2人で運び下ろしていた
祖母はうつむき
父もうつむいていた
母の姿はそこにはなく
後に
その布で覆われていたのが母だと知った
僕は父と母と母方の祖母の4人で暮らしている
母と祖母は親子だからだろう
しょっちゅう口喧嘩や険悪な空気を出す
でもひとたび父が帰宅すると一変して
笑顔の絶えない家庭になる
つまらないことや人が嫌がることでも進んでやる父
誰にでも愛想よく笑顔になる父
分からない宿題やテレビで流れる難問クイズもサラッと答えてしまう
僕はそんな父が大好きだった
母はというと
いつも「疲れた」が口癖で
ソファで寝転がってはうたた寝
いつも祖母にネチネチ言われてもきにすることなくgoing my way
朝風呂に入って自分の準備だけをして仕事に向かう
朝ごはんも夕ご飯も祖母
洗濯物も干すのは祖母
時折たたむのは父と母
母は自分のお洒落着洗いのみ進んでこなすのだ
そんな父と母がたまに言い合いをする
理由は当然ルーズな母が原因だ
出発時刻を伝えないと休みの日の午前中は寝ている
とにかく放っておけばいつまででも寝ている
時間の無駄だと父はイライラし始め
詫びることなく当たり前のように降りてきてはめんどくさそうに準備する母
この無駄な時間に僕は父と家の前でボールを蹴る
サッカーのない日の日曜日はいつもこんなだ
道中も会話のないまま父方の祖母の家へと向かう
母が会話を始めても
父は詫びの言葉が出るまでは喋らない作戦だ
僕は後部座席で眠気と戦い
そのうち負ける
気づくと車内で言い合いする父と母
いつものことだ
中学ではいつもパン注だった
クラスで机を並べてお弁当を食べる同級生たちをよそに
僕は1人で屋上へと繋がる階段の踊り場でパンをかじり
食べ終わると休憩時間内はずっと横たわって床の冷たさを肌で感じた
廊下を走る上履きの音
ふざけあう女子の甲高い声色
5分前のチャイムで起きて
ダラダラと教室に向かうのが僕の日課だった
でもそんな日々の中にも唯一の楽しみがあった
階段を最後まで降りて
廊下へと出る
するといつも1人で歩く2個上の先輩とすれ違った
出会ったばかりの頃に廊下に出た瞬間にお互いがぶつかり、謝りあったのをキッカケに挨拶をするようになった
僕にとってその人は憧れで
長い髪
小さな唇
か細い手に
長い睫毛
どこかミステリアスな顔立ち
まさに理想が服を着て歩いていた
中学生ともなればだいたいの男子はゲームやスポーツそして女子に興味シンシンだ
小さな頃から遊んでいた友達でさえも
男女を意識して
膨らみ始める女性の体に興味がない男子なんて居ない
お互い名前も知らないけど顔見知り
「あ、おはよー
「あ、おはよーございまーす
「また寝とったん?
「あぁ、まぁ…
なんてたわいのない会話だけを毎度済ませるだけでも
相手が理想そのままの女子なら
僕にとっては最上級のイベント事だ
そんな楽しみをニヤつきながら想像して階段を降りると
「!!
僕は階段を踏み外して頭を打った
「いったー!
すれ違う場所とは少し違うもう少し奥の方から聞こえる僕の声に彼女が気付いた
「だ、大丈夫?
駆け寄る彼女
「だ、大丈夫です…^_^
「気をつけなさいよ^_^
彼女は僕に手を差し出す
初めて触る女子の体のパーツ
どんな強さで握っていいのかも分からない
思考回路がパンク寸前の中
僕は彼女の手を取った…
一瞬意識が飛んだ気がした
でも
飛んだような意識の中
僕の脳裏に映像が浮かぶ
力強く腕を引いた僕
すると彼女はよろけて逆に僕の方へ傾いた
慌てて立ち上がった僕と彼女は
結果的に抱き合う形になって
頬を赤らめた
…なんだろう
今の…
上の空の僕をよそに
僕の目の前には差し出された手があった
僕は手を掴んだ
すると彼女はよろけて僕の方へ傾いた
授業が始まり静まった空間の中
誰も居ない廊下で僕と彼女は抱き合った
…結果的に
「あ、ごめん
うつむいて顔を赤らめる彼女
僕もすかさず
「あ、すいません
僕も顔が火照った
「じゃ、またね^_^
彼女が立ち去った後もしばらく思考回路停止だ
トボトボ歩く廊下
さっきまで目の前にあった か弱い体の感覚と
髪の匂いがまだ新しい
僕は始まっている授業に遅れて参加し
廊下に立たされた
立ちすくむ廊下で
さっきのことで頭がいっぱいだった
保育園にあがっても周りの友達と遊ぶのに一生懸命で
自分が周りと違うことには気が付かなかった
変えれば沢山の兄弟たちがいて
沢山の両親がいて
さみしいと思うことは無かった
小学生にあがると
参観日が嫌だった
授業中に振り返っては
「お前のお母さんきたよ
とか
先生の言うことも聞かずにはしゃぐ友達たちが羨ましかった
運動会でも
仲のいい友達とレジャーシート並べてご飯食べることもなく
同じ施設の兄弟たちと集まっては食事をした
駆けっこで一等になっても
所属した赤組が1番になっても
喜んでくれる人もいなくて
ただ帰って
「頑張ったね
って言ってくれる両親たちに愛想笑いした
上の学年になるにつれ
周りから
「あいつの親見たことない
とか
「あいつ家ないらしいよ
とか
自覚のない興味本位だけの誹謗中傷の声が聞こえてくるようになった
払い込まれてない給食費の封筒を受け取る生徒もいれば
上の兄弟のお古の体操服を着る生徒もいる中
当たり前のように新しいもので揃えられていたことは
せめてもの
何でもしてあげたい両親達からのプレゼントだったのかもしれない
だけど
さみしさを紛らわすだけの騒がしい家も
怒られることもない親子関係も
日に日に虚しさだけが溜まっていく要因となった
うっすらとも思い出せない両親が
どうして自分の前から急にいなくならなければならなかったのか
どうしても気になった
迷いの中
大人への階段を確実に登る
立ち止まることも許されないまま
僕は中学生となる
人と人とが関わりあうとさまざまなことに対面する
お酒を飲んでは他人に絡む人
トイレの前で待っていたら店員さんと間違えられて
「この店頼んだもんがでてくるのめっちゃ遅いやん」
とクレームを言われた
普段お世話になっているコーチにタメ口聞いて
コーチがドン引きしてるのにも気付かないやつ
可愛いか可愛くないかの判断基準が厳しい割には
本人はすごくデブでどちらかと言えばブス
自分から手伝うよーって言ってきたのに
後になって文句言うやつ
自分じゃない人が寝るベットで
風呂に入ってない帰宅直後の靴下で立膝するやつ
遅刻だと気付いた時点で怒られるのが嫌でそのまま無断欠勤するやつ
掃除や片付けができないくせに子供には片付けなさいって言う親