千曲商工会議所の会報で、当店を紹介して頂きました。
この記事を書くにあたって、初めて知る事が多くありました。
約120年前、松代地区で創業した当時、長野から上田間に時計店は当店しかなく、この地域では最初に出来た時計店だったそうです
当時は〈長野 時計店〉で郵便が届いたそうです。
その頃、国産時計が初めて精工舎(現・SEIKO)で作られたばかりでした。
上の写真の左下はその頃の時計保険証。つまり保証書です。
現在は時計のメーカーが発行している保証書ですが、当時は自店で発行していた様です。
お店は松代地区に始まり、屋代須々木水神社前、小島(ラ・フォーレ横)を経て、25年ほど前、道路を拡張したばかりの屋代駅前通り商店街に移転しました。上の写真は60年程前の時計店の写真です。
(屋代駅前通り商店街には最も多い時期に6店舗の時計・眼鏡店がありましたが、現在は当店だけになってしまいました)
終戦後は時計がなかなか仕入れられず、プラモデル売っていた時代もありました。
当時子供だった世代のお客さんにその当時の話を聞くことも多く、祖母はプラモデル屋のおばちゃんと呼ばれていました。
家系図というものも始めて見ました。
最も古い記録は1588年の「平太夫」さんで、それより以前の記録は川中島の戦いで焼失してしまったそうです。
改めて、歴史の重みを感じてしまいました。
これからも頑張っていこうと思いますので、宜しくお願致します!