装丁が、美しい。
春のすみだ川。
墨堤に桜が満開である。
墨堤の桜、と言ったら、江戸の面影。
江戸面影と言ったら、私の脳裡には、なぜだか勝小吉が去来する。
かつて、江戸に、こういう人間がいたのだと思うと、それだけで、嬉しくなる。
この著書は、自己の過去を懐かしむために書いたものではない。子孫にこうなってはダメだぞというダメ出しの書であり、つまり遺書なのである。
著者勝小吉は、かの有名な勝海舟の父親である。
勝海舟は、いうまでもなく、坂本龍馬が暗殺しようとして、逆に説教され、その論理にすっかり影響された江戸末期の大人物でその偉業は、なんどもNHK大河に描かれている通りである。
その勝海舟の父親、勝小吉は、幼少時から喧嘩ぱっやく、小吉は怒り心頭の父親に頭ををぶち破られるような悪童、血気盛んなワルガキだった。
長じるとその奔放ぶりは、更に磨きがかかり、江戸の町を、くすねたカネで豪遊し、学は無し、職も無し、不遇といえば不遇だとも言えないわけでもないが、用心棒などをやりながらロクデナシを極めた超不良御家人の自伝なのである。
この男が、あの日本海軍の基礎を築き、江戸城を無血開城させ、維新明治の幕開けに周到に一矢を報いた、墨堤に江戸湾を指さし立っている銅像の偉人勝海舟の父なのである。
なんとも、愉快ではありませんか。
この21世紀の今日に至ってまで、この書を著した勝小吉は、自ら子孫のために綴った文章が、このようなステキな装丁で、いまだ読み継がれるなんぞと、ゆめゆめ思わなんだに違いない。
かの『堕落論』の、坂口安吾は、この書を読みたくて必死に探したらしいが、遂に読むことができなかったとの逸話が残されている。笑ってしまう。妙に賢しら安吾らしい逸話だ。
因みに、深川生まれの日本画家、小林豊が言うには、勝海舟の発する言葉こそ、生粋たる江戸弁というものだったらしい。
ついでに記すと、漱石の『坊ちゃん』は、この小吉の『夢酔独言』、影響大であったということは自明らしい。
ただ、漱石自身が、実は、相当の悪童ぶりであったことも事実である。
<追記>
勝小吉が子孫への戒めに綴った『夢酔独言』は、庶民に寄り添う姿勢の素晴らしさとともに、江戸末期の風情描写が非常に優れており、実は往事の江戸を知ることができる資料的な価値が高いとされている。
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