=魚は肺が欲しかった!=
これまで述べてきたように、魚の鰓(エラ)は大変効率のよい酸素吸収臓器です。ところが魚は古生代に出現するとすぐに、肺を進化させていました。
今回は肺を獲得するに至った要因について提案された諸説を概観してみます。
原初の魚は皮フ呼吸だった!(以下の3つの魚の図はC.ファーマー1997から改変)
古生代に現れた初期の魚類(ヤツメウナギの祖先)では、血液は心臓から全身の組織に流れ、皮膚の毛細血管では酸素を吸収すると同時に二酸化炭素を排出してから心臓に戻ります。こうして酸素の豊富な血液がまず始めに心臓に流れます。咽頭にある櫛状の鰓(エラ)は餌をろ過して消化管におくる給餌器官でした。
鰓を持つ魚が現れました
顎を持つ魚(顎口類)が現れて、活発に活動するようになると、鰓はろ過給餌器官の働きを失い、そこを通過する豊富な水流から酸素を吸収する呼吸器官へと進化し、鰓が誕生した。また餌を沪過する櫛状の器官(鰓耙:さいは)が鰓の前にできました。
いよいよ肺を進化させる時が来ました
魚類が肺を獲得したのは古生代シルル紀中期(約4.2億年前) の初期の硬骨魚類(顎口類)であり(下図赤矢印)、デボン紀に肉鰭類(ヒレに骨と筋肉がある)と条鰭類(ひれに放射状の骨とヒレ膜がある)が分岐するより前と推定されています。
シルル紀の頃に魚類は、咽頭部の消化器上皮へ多数の血管が分布する腔を発達させて、鰓の機能を補完する様になりそれが肺へと発達したと考えられています。肺で酸素を吸収した血液は全身へ流れずに心臓へ向かい、静脈血と混合しています。
鰓を獲得したのに、なぜ肺を進化させたのか、その原因については多くの仮説が提唱されています。
1 環境からの進化圧力:これが主流の考え方
○水中酸素濃度の低下
・半乾燥環境への適応:
肺魚の化石はデボン紀に堆積した赤色砂岩層から多く発掘されていて、この地層は雨期と
乾期が交互になる半乾燥の淡水域の環境を示している。そのような半乾燥の環境では鰓呼吸が 十分に出来なくて、肺を獲得したというものです。
・熱帯の淡水域の酸素欠乏:
熱帯の淡水は温度が高いので溶け込む酸素量が低下し、鰓呼吸では足りないという説
暖かくて富栄養の淡水では酸素が有機物の酸化に使われるので酸素欠乏になるとの説。
・汽水域の酸素容量の低下:(汽水域:川の水と海の水が混ざり合う河口のような場所)
汽水域や富栄養環境の潟は水中の酸素不足に陥りやすいため、あるいは浅瀬や潟では水位が低下して空気に曝される状況に適応したとする説。
・赤道付近の干潮時水面の低下
赤道付近の干潮と満潮時の海面に4m以上の差が生じるので、干潮時に取り残された硬骨魚は低酸素濃度に曝されて肺を進化させる要因となった。
○そのほか
・デボン紀中期に大気中酸素分圧の低下があり、エラ呼吸と空気呼吸が必要との説。
・現生のハゼ類のような海と陸の両性魚類が肺を獲得したとの説。
2 生理学的な進化圧力
○浮力を得る空気を貯めるため
○聴覚機能仮説:現生のコイやニシンのように空気の袋は聴覚を向上させる。
○心臓へ酸素を供給する:(上の肺呼吸の図を参照)
酸素を吸収する器官が皮膚から鰓になると、血液は全身の筋肉や内臓に酸素を供給してから心臓に還流するようになる。このため、心臓に流れる血液は酸素が乏しいので、長時間の高速遊泳や運動時に心臓への酸素供給が不十分になり、皮膚呼吸に替わる酸素吸収器官が必要になったという説。
多種多様の仮説が検討されていますが、特に心臓への酸素供給説は生理学的に興味深い上に、陸上の四肢動物の進化とも関連すると思われます。
今回はここまで。次回は心臓への酸素供給説と魚の心臓の筋肉について。
参考文献
A.ローマー. 脊椎動物の歴史 1991
Zhuo et al(理研). Nature Genetics, 2013
C. Farmer Paleobiology , 1997
H. Byrne et.al. 2020
これまで述べてきたように、魚の鰓(エラ)は大変効率のよい酸素吸収臓器です。ところが魚は古生代に出現するとすぐに、肺を進化させていました。
今回は肺を獲得するに至った要因について提案された諸説を概観してみます。
原初の魚は皮フ呼吸だった!(以下の3つの魚の図はC.ファーマー1997から改変)
古生代に現れた初期の魚類(ヤツメウナギの祖先)では、血液は心臓から全身の組織に流れ、皮膚の毛細血管では酸素を吸収すると同時に二酸化炭素を排出してから心臓に戻ります。こうして酸素の豊富な血液がまず始めに心臓に流れます。咽頭にある櫛状の鰓(エラ)は餌をろ過して消化管におくる給餌器官でした。
鰓を持つ魚が現れました
顎を持つ魚(顎口類)が現れて、活発に活動するようになると、鰓はろ過給餌器官の働きを失い、そこを通過する豊富な水流から酸素を吸収する呼吸器官へと進化し、鰓が誕生した。また餌を沪過する櫛状の器官(鰓耙:さいは)が鰓の前にできました。
いよいよ肺を進化させる時が来ました
魚類が肺を獲得したのは古生代シルル紀中期(約4.2億年前) の初期の硬骨魚類(顎口類)であり(下図赤矢印)、デボン紀に肉鰭類(ヒレに骨と筋肉がある)と条鰭類(ひれに放射状の骨とヒレ膜がある)が分岐するより前と推定されています。
シルル紀の頃に魚類は、咽頭部の消化器上皮へ多数の血管が分布する腔を発達させて、鰓の機能を補完する様になりそれが肺へと発達したと考えられています。肺で酸素を吸収した血液は全身へ流れずに心臓へ向かい、静脈血と混合しています。
鰓を獲得したのに、なぜ肺を進化させたのか、その原因については多くの仮説が提唱されています。
1 環境からの進化圧力:これが主流の考え方
○水中酸素濃度の低下
・半乾燥環境への適応:
肺魚の化石はデボン紀に堆積した赤色砂岩層から多く発掘されていて、この地層は雨期と
乾期が交互になる半乾燥の淡水域の環境を示している。そのような半乾燥の環境では鰓呼吸が 十分に出来なくて、肺を獲得したというものです。
・熱帯の淡水域の酸素欠乏:
熱帯の淡水は温度が高いので溶け込む酸素量が低下し、鰓呼吸では足りないという説
暖かくて富栄養の淡水では酸素が有機物の酸化に使われるので酸素欠乏になるとの説。
・汽水域の酸素容量の低下:(汽水域:川の水と海の水が混ざり合う河口のような場所)
汽水域や富栄養環境の潟は水中の酸素不足に陥りやすいため、あるいは浅瀬や潟では水位が低下して空気に曝される状況に適応したとする説。
・赤道付近の干潮時水面の低下
赤道付近の干潮と満潮時の海面に4m以上の差が生じるので、干潮時に取り残された硬骨魚は低酸素濃度に曝されて肺を進化させる要因となった。
○そのほか
・デボン紀中期に大気中酸素分圧の低下があり、エラ呼吸と空気呼吸が必要との説。
・現生のハゼ類のような海と陸の両性魚類が肺を獲得したとの説。
2 生理学的な進化圧力
○浮力を得る空気を貯めるため
○聴覚機能仮説:現生のコイやニシンのように空気の袋は聴覚を向上させる。
○心臓へ酸素を供給する:(上の肺呼吸の図を参照)
酸素を吸収する器官が皮膚から鰓になると、血液は全身の筋肉や内臓に酸素を供給してから心臓に還流するようになる。このため、心臓に流れる血液は酸素が乏しいので、長時間の高速遊泳や運動時に心臓への酸素供給が不十分になり、皮膚呼吸に替わる酸素吸収器官が必要になったという説。
多種多様の仮説が検討されていますが、特に心臓への酸素供給説は生理学的に興味深い上に、陸上の四肢動物の進化とも関連すると思われます。
今回はここまで。次回は心臓への酸素供給説と魚の心臓の筋肉について。
参考文献
A.ローマー. 脊椎動物の歴史 1991
Zhuo et al(理研). Nature Genetics, 2013
C. Farmer Paleobiology , 1997
H. Byrne et.al. 2020