もっと空気を

私達動物の息の仕方とその歴史

低酸素への適応ーその5

2021-02-27 12:00:00 | 日記
低酸素への適応-その5 

◯哺乳類は低酸素へ適応する可能性を持っているようだ!
生きるためには、酸素、水、ブドウ糖や蛋白質、脂肪、塩類、などが必要です。これらのほとんどは数日以上欠乏しても命に危険はありませんが、酸素だけは別で、数分間吸収できなければ意識を失い、死に至ります。
一方これまでみてきたように、ヤマネ・クマなど多くの冬眠動物、ハダカデバネズミという地下生活する齧歯類、クジラやアザラシといった水棲哺乳類達、このように多くの種類の動物が長時間あるいは長期間少ない酸素しか使わずに生きることができます。私たち哺乳類には低酸素の環境に対する潜在的な適応能力があるように思えます。
なぜ水や他の栄養素と同じように、酸素も数時間、数日間無くても生きられるように進化しなかったのでしょうか?

◯何で酸素は蓄えられないの?  酸素はいつでも沢山あった!
単細胞が酸素を使ってエネルギー(ATP)を作るには、酸素濃度が0.2%以上(パスツール点)必要です。約25億年前に現れた「ラン藻(シアノバクテリア)」が水と二酸化炭素から酸素を作り始めて数億年が経って、大気中の酸素濃度がこのレベルになると、この豊富な酸素を十分に利用できる真核細胞(細胞に核を持つ)生物が繁栄するようになりました。
7億年前になると再びラン藻の活動が活発になり更に酸素濃度が上がりました。約5億年前の古生代以降は植物の光合成も加わって、現在まで酸素濃度は13~35%と高濃度が続いています。この間に真核細胞から多細胞生物、そして魚類が生まれて、以後、海と陸で、軟体動物、昆虫、両生類、は虫類、哺乳類、鳥類と多種の生物があらわれてきました。
この様に、単細胞生物から現在の動物まで、20億年という永い地質学的時間では、常に豊富な酸素のある環境が続いていました。水や食べ物が不足することはあっても、酸素だけは常に利用できたのです。
そのために、水中や陸上、高地といった様々な環境で、効率よく酸素を吸収できるようにエラや、肺(哺乳類)、側気管支肺(は虫類・鳥類)を作ってきましたが、水や食べ物のように体内に貯蔵する必要はなかったのでしょう。
体は元気だけれど、ただ酸素だけが足りないという状況は、冬眠動物や水棲哺乳類などの祖先以外には起きなかったのでしょう。
そして、特に厳しい状況にいたクジラたちは、5000万年の間に陸上動物の2倍ほどに貯蔵酸素を増やし、それを有効に利用するエネルギー代謝の変更、血流の再配分、低酸素障害でおきる炎症の抑制、と変わってきました。酸素を1時間分貯蔵する代わりに消費量を抑えるように体を作りかえる進化をえらびました。
酸素を大量に蓄えるのは生物にとって危険なことなのかもしれません、あるいは5千万年という時間は、現在のHbやMbよりも大量の酸素を貯蔵できるタンパク質を生み出す進化が起きるには短いのかもしれません。

◯ 20世紀に始まった宇宙への進出は、5000万年前に似ていませんか!
この時代、私達はまさに酸素の全くない宇宙空間へ進出しようとしています。
それは、かつて陸棲哺乳類の一部が海に帰り、陸上に比べるとはるかに酸素の乏しい環境へ適応してクジラやイルカ、アザラシとなっていった約5000万年前の新生代/始新世という地質学的時代に重なる様に思えます。
遠い将来、私達が宇宙に広く展開していく時、今より遙かに精巧で巧妙な酸素供給機器を創って、無酸素という危機を乗り越えていくのでしょうか。
それとも幾世代もの酸素欠乏や、窒息の危機に曝された後に、再びクジラに起こったように酸素貯蔵量を増やし、循環血流を変化させ、エネルギー代謝経路を変更し、活性酸素を制御して無酸素への耐性を持つように適応・進化していくのでしょうか。
その時には酸素の供給が絶たれたあと、絶食や絶水と同じ程度にしばらくの間は生存が可能になって、窒息死は避けられるかもしれません。
その意味で、宇宙に進出してゆくこの時代は私達ヒトあるいは陸棲哺乳類にとって、第2の“海への回帰”に思えます。
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と、ここまで書いたところで、新しい報告が入ってきました!
マックスプランク研究所から、2021/2月の専門誌(GBE)に発表された研究。
アンデス山脈の先住民ケチュア族は代々3000mの高地という低酸素の環境に曝されてきた。その環境が、低酸素への適応に関連する遺伝子を活性化あるいは不活化する変化(メチル化)を起こすことがわかりました。この不可逆的な変化で、ヒトは遺伝子の変化よりもはるかに迅速に困難な環境に適応できることが示されたということです。
 (素晴らしい!)
やはり、哺乳類は低酸素耐性への進化の可能性を残しているようです。

参考文献
・生物学事典 岩波書店 2013年
・地球惑星環境進化論 第1回、2回日本惑星科学会誌2013
・クヌート・シュミット-ニールセン 動物生理学第5版 東京大学出版会2007年 
・ピエール・ドジュール. ヒト呼吸機能の進化の生物学的背景 真興交易医書出版1983
・Childebayeva. GBE, 01 Feb 2021, 13(2)

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低酸素への適応-その4

2021-02-03 00:00:00 | 日記
低酸素への適応―その4
前回でみたように、クジラやアザラシなどの潜水哺乳動物は、血液や筋肉、肺の中に貯めた酸素の量から推定される潜水時間よりもずっと長く潜水を続けることができます。
ヒトが同じように限界までの潜水を行えば(1)低酸素症による内臓障害がおきて、(2)肺損傷と浮上時の減圧症も合併して、悲惨な結果となります。
そこで今回は、酸素欠乏や深海の圧力で起きる障害と、それを乗り越える潜水動物の戦略について解ってきたことを要約してみましょう。
(1) 低酸素症と臓器障害について
陸上の哺乳動物が限界を超えた潜水では何がおきるでしょうか。
潜水反射で脳と心臓以外の臓器への血流はほとんどなくなります。この様な酸素が使えない状況では、細胞内とミトコンドリア内に活性酸素(過酸化水素など)が増えて細胞が死滅していきます(低酸素症)。
さらに、水中から浮上して呼吸をすると酸素を含んだ血液が、酸素の欠乏していた臓器に再度流れ始めます(再灌流)。この再灌流により内臓の血管壁にも活性酸素(過酸化亜硝酸など)が発生して血管が傷害されます。同時に血管の細胞(内皮細胞)に炎症を強める様々な物質が発生して、白血球などの炎症細胞が内臓に侵入するようになります。すると臓器の中で更に炎症が起きて、障害が進行していきます。これが再灌流で起きる臓器障害です。
しかし、クジラやアザラシなどの潜水哺乳動物では潜水が始まると、炎症を抑制する遺伝子や活性酸素を抑える坑酸化遺伝子などが活動を始めます。そのために低酸素症の発生を遅らせて、再灌流による臓器損傷がおきるのを防いでいます。
(詳細は、転写因子Nrf2、HIF1の活性化とCAM、SECRETIN、NF-ΚBなどの抑制、を検索)

(2) 肺損傷と減圧症について
 水中では10m潜る毎に1気圧の圧力が増えるので、例えば1000mの深海では100気圧以上になります。この時、肺の中に空気があればその高い圧力で肺はひどく損傷します。またそれに耐えたとしても、高圧の窒素が血液に溶け込むために、浮上するときに気泡となって血管を詰めてしまう潜水病(減圧症)となってしまいます。
 しかし、クジラなどでは深海へ潜っていくときに、横隔膜が上がり、柔らかい肋骨も胸腔を縮めて肺が圧縮されていきます。そのため肺の中の空気は気管や気管支に移りますが、更に潜って圧力が高くなると気管もつぶれるので、空気は頭の骨の中にある気道にたまるようになります。この結果、肺内に空気はないので、肺胞、肺組織は壊れません。また肺から血液中に窒素が溶けることもないので、再浮上時の減圧症も起きないのです。
 また、空気が抜けて虚脱した肺を元通り膨らませるには肺胞にサーファクタントという物質が必要で、すべての哺乳類が持っています。潜水動物ではこのサーファクタントが陸上のほ乳類よりも肺の膨張を容易にするように進化していました。

これまで調べたように、海に住む哺乳類は、5000万年の進化の過程で、酸素を貯める量を増やし、エネルギーの使用を減らし、乳酸をエネルギーとして利用し、徐脈と血管の収縮により重要臓器を守って、低酸素と再灌流障害や炭酸ガスの蓄積に耐え、高圧から肺を守る、という様に外形や生理的機能、細胞内の代謝を変化させて高圧力と低酸素の水中に適応してきたのです!  哺乳類の進化の多様性が素晴らしいと思いませんか!
参考文献
Kaitlin N. A. Front Physiol. 10: 1199, 2019(総説)
Butler, P.J. Physiol. Rev. 77: 837,1997.(総説)
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