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さよなら大劇場

2015年11月09日 | TAKEFU 駅

『 紅に燃ゆる 〜真田幸村物語(たけふ菊人形スペシャルバージョン)〜 』 / たけふ菊人形 10/2~11/8


昨日の想いを引きずるかのように、「たけふ菊人形」閉幕から一夜明けても、雨は静かに朝から一日中しとしとと降り続いています。

さて、千秋楽の公演を無事に終えて、座長 悠浦あやとさんのご挨拶^^よかったですよ~♪ 
(桜花さんの若かりし頃を振り返ってみながら、なんて今どきの子は上手に挨拶されるのだろうと感心してしまいました。)

 

冷めやらぬ高揚した興奮を残しながらも、悠浦さんが38日間のたけふ公演に対して感謝の言葉を述べ客席を沸かします。本当に嬉しそうな安堵に満ちた声と、感動の喜びを隠しきれない表情をみせていました。 それに、共演者みんなを呼び寄せた時に、思わずあげた歓声(ハスキーなキャハッ^^;;;)のなんともその可愛らしかった声ったらなかったですね~~☆

その後、サクラパラソルへと続いていくのですが、真田丸バージョンと聞いた瞬間、もしや「紅に燃ゆる」の曲に乗せてサクラパラソルやってくださるのかと楽しみに思いきや、流れてきたのは定番の「桜咲く国」~♪ あららぁ・・・^^;

う^~^むむ・・、どこが真田丸バージョンなのかと思っているところへ、不意を突く幸村様の号令!

「放て!!! 放て!!!」 と、サクラパラソルが鉄砲に様変わりするものですから@@;;;
見事にハートを射抜かれてしまった(笑) ったく^^;日の本一の武将にはかないませんなぁ~♪

ところで^^ このサクラパラソルの景では、もうひとつ私にとって嬉しい^^ツボがあったのです。

でも、どうしたんでしょうか? 実は、楓のサクラパラソルの骨が折れていたんですよね~☆ 

きっと、ご本人にとっては急なことでビックリされたのでしょうが、もうどうしようもないことですからそんなことはいいのですが、それを眺めながら私は密かにある方の事を思い出し、昔に想いを馳せることができて嬉しかったのでした^^。今思えば、最期になる大劇場からのささやかなプレゼントだったのかもしれません・・。

先日あった「OSKミュージックスタジオ」のOGさん達による舞台上の対談からです。

その方^^、千秋楽パレードに出る前に焦ってパラソルをコンセントにひっかけてしまったようで^^;大丈夫かと思いきや曲が始まって開いたら折れていて、アチャァーとほほ・・だったようです。たけふ公演千秋楽でサヨナラショーまでやって退団させていただいたのに、なんとも最後まで格好つかずしまらん体験をされたと笑いながら嘆いておりました~(笑)。

そんな思い出エピソードから当時のいきさつを初めて知ったのですが、私も当時そのしまらん笑顔を客席で眺めていたのでした。 もぉおおお^^;;;;;(ほっぺた吹くらまし)どこまで^^らしいやん!(プンプン)なんてこときっと思いながらだったのでしょうが、笑顔で退団を見送れたことが今となればよかったと懐かしく思いだされます^^楽しい楽しい大劇場が見せてくれた思い出ですね。

そして、越前市の奈良市長様より悠浦さんへ感謝の花束贈呈がありました。

奈良市長様、凄いことに7回も観劇に訪れて下さっていたようですね。特に千秋楽公演は感動されたようで、38日間の皆様の思いが千秋楽公演に凝縮された素晴らしい公演だったと労いのお言葉を贈ってくださいました。

そして、来年65回目となる2016たけふ菊人形公演は、是非とも大ホールに出演願いたいと会場にいらっしゃっていた高世さんにラブコールされてましたよ。(いやぁ~ん^^; 桐生さんも来てきて!!!)

それを受けての、悠浦さんから御礼の言葉がとても素晴らしかった。

ホールの最後となるこの年に公演ができたことは、舞台人生において貴重な公演でした。
この中ホールは1961年に建設され、54年の歴史(OSKは36年間公演)があり、OSK日本歌劇団にとっては欠かせない劇場となっている。この劇場で多くの劇団員が夢をみて、公演を通し新しい自分を発見し、歌劇団のレビューの伝統を受け継いできた。来年からも伝統ある菊人形と共に歩んでいきたいと思う。

最後は劇団員全員揃って、「今後とも宜しくお願い致します」     幕。



そやったんやぁ^^; 私が生まれた翌年なんやね~。
おぼろげながら、この大劇場が建設された当初しばらくは、客席など設置されてなかったのではないかと思いだされます。 たしか、客席の床はまだコンクリートじゃなくて砂利がひきつめられてあった体育館のような空間だったような・・? うろ覚えでハッキリしないのですけど^^;;;

そんな^^悠浦さんからの嬉しい言葉を聞きながら、私達ファンだって、この劇場で多くの夢と希望を心に育んできたし、公演を観劇しながら自分を見つめ直すいい機会にも恵まれていたのだと思います。一番には、こんなオバちゃんになっても生きていく活力を充電できることがなによりも嬉しいです。
運動せずとも椅子に座って見てるだけでいいのですから楽チン~^^v(笑)。

でも、そんなこと言いながらなんですけど、ファンが劇団員を見守り育てていくものなのかもしれませんが、でも私はその逆で、劇団員自身からファンを信じて見続けてもらえる目を養っていけるようファンを導いて行く努力をしていかなくちゃいけないのだと思うのです。
劇団のトップスターになるまでには10年以上かかります。ファンだって見る目を養い活かせるまでには10年はかかります。劇団員の皆様^^今いるファンを根気よく大事に育てあげてくださいね。
自分のために^^ 劇団存続のために~^^v

オバちゃん達この年代なってくると、この身の自由が思うようには利かなくなってきます。そうなると だんだん見る目も霞んできてしまいますゆえ~^^;;;  もっか、目指すはOSK100周年!があるんだけど、まずそれには両親が元気で長生きしてくれる事が第一条件です。

となると^^; 桐生さんも、来年^^たけふの大ホールへ 来とっけのおぉぉ~~~♪ (願)

 

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◆ 追記 (11/11)

いやはや^^;;; 実は、大劇場のジャリ^^?の一件につきまして、
主人が申すには 「ほんなアホな事があるかあー!」 と、二人して口論になりまして、
「でも・・ほんな気がするんやもぉ・・・」と私。(どうでもいいことなんかもしれませんが・・・)

しかし^^;しかし、よう考えてみるとそうなのかなぁ~とも思うものの、菊人形の歴史を見る限りでは、
大劇場の座席は始めから完備されていなかった(長いすだったか?)ように写真で分かるのですが、じゃあ!!!いつ頃に今の赤い座席が設置されたの???

もしかしたら? ジャリ説^^?というのは、芸能館という建物の中なのかしら?
ここ体育館のような感じですから、この建物の事と私の脳が記憶違いをしているのかも~^^;;;
(でも、この芸能館はいつ頃まで健在だったんでしょう??? けっこう長い間壊されずにあったような・・・)

これらの私の疑問ついて、どなたか^^ お答え願える奇特なお方はいらっしゃいませんでしょうか?
メールなりコメント欄にて、首を長くして^^;;; お待ち致しております。

 

~~~ってゆうか^^;;;;; 私って!いったい、いくつなんやねん?~(爆)。


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