その夜、僕は直子と寝た。そうすることが正しかったのかどうか、僕にはわからない。二十年近く経った今でも、やはりそれはわからない。たぶん永遠にわからないだろうと思う。でもそのときはそうする以外にどうしようもなかったのだ。彼女は気をたかぶらせていたし、混乱していたし、僕にそれを鎮めてもらいたがっていた。僕は部屋の電気を消し、ゆっくりとやさしく彼女の服を脱がせ、自分の服も脱いだ。そして抱きあった。暖かい雨の夜で、我々は裸のままでも寒さを感じなかった。僕と直子は暗闇の中で無言のままお互いの体をさぐりあった。僕は彼女にくちづけし、**をやわらかく手で包んだ。直子は僕の固くなったベニスを握った。彼女のヴァギナはあたたかく濡れて僕を求めていた。
それでも僕が中に入ると彼女はひどく痛がった。はじめてなのかと訊くと、直子は肯いた。それで僕はちょっとわけがわからなくなってしまった。僕はずっとキズキと直子が寝ていたと思っていたからだ。僕はべニスをいちばん奥まで入れて、そのまま動かさずにじっとして、彼女を長いあいだ抱きしめていた。そして彼女が落ちつきを見せるとゆっくりと動かし、長い時間をかけて射精した。最後には直子は僕の体をしっかり抱きしめて声をあげた。僕がそれまでに聞いたオルガズムの声の中でいちばん哀し気な声だった。
全てが終ったあとで僕はどうしてキズキと寝なかったのかと訊いてみた。でもそんなことは訊くべきではなかったのだ。直子は僕の体から手を離し、また声もなく泣きはじめた。僕は押入れから布団を出して彼女をそこに寝かせた。そして窓の外や降りつづける四月の雨を見ながら煙草を吸った。
朝になると雨はあがっていた。直子は僕に背中を向けて眠っていた。あるいは彼女は一睡もせずに起きていたのかもしれない。起きているにせよ眠っているにせよ、彼女の唇は一切の言葉を失い、その体は凍りついたように固くなっていた。僕は何度か話しかけてみたが返事はなかったし、体もぴくりとも動かなかった。僕は長いあいだじっと彼女の裸の肩を見ていたが、あきらめて起きることにした。
床にはレコードジャケットやグラスやワインの瓶や灰皿や、そんなものが昨夜のままに残っていた。テーブルの上には形の崩れたバースデーケーキが半分残っていた。まるでそこで突然時間が止まって動かなくなってしまったように見えた。僕は床の上にちらばったものを拾いあつめてかたづけ、流しで水を二杯飲んだ。机の上には辞書とフランス語の動詞表があった。机の前の壁にはカレンダーが貼ってあった。写真も絵も何もない数字だけのカレンダーだった。カレンダーは真白だった、しるしもなかった。
僕は床に落ちていた服を拾って着た。シャツの胸はまだ冷たく湿っていた。顔を近づけると直子の匂いがした。僕は机の上のメモ用紙に、君が落ちついたらゆっくりと話がしたいので、近いうちに電話をほしい、誕生日おめでとう、と書いた。そしてもう二度直子の肩を眺め、部屋を出てドアをそっと閉めた。
一週間たっても電話はかかってこなかった。直子のアパートは電話の取りつぎをしてくれなかったので、僕は日曜日の朝に国分寺まで出かけてみた。彼女はいなかったし、ドアについていた名札はとり外されていた。窓はぴたりと雨戸が閉ざされていた。管理人に訊くと、直子は三日前に越したということだった。どこに越したのかはちょっとわからないなと管理人は言った。
僕は寮に戻って彼女の神戸の住所にあてて長文の手紙を書いた。直子がどこに越したにせよ、その手紙は直子あてに転送されるはずだった。