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星田オステオパシー

革命のファンファーレ

僕はあんまり他人に対して

「こいつ嫌いや」

と言う感情を持たない方で、特にテレビに出てる芸能人なんかは不倫しようと脱税しようと

「そんなんより自分の生活で手一杯っすよ・・」

と言う感じでスルーするんですけど、今のところほぼ唯一

「なんか鼻持ちならねぇ!」

と感じるのが、この本の作者、お笑いコンビ「キングコング」の西野さんなんですね!

ただ、なんでそう感じるのかが自分でも全然分からなかったんです。お笑いのくせに絵本を・・ってのも別に「どうぞどうぞ」って思うし、偉そうな言動なんか昔のDT松本さんの事を考えたら低姿勢なくらいですし、そんくらいの自意識が無かったら、人前で「俺って面白いでしょ」なんて顔で出てられないでしょうから。

そもそも、テレビ見ないので顔も声も定かでは無いのです。けど、なんかすごく気に入らない!という感情だけはあるというね。

で、昨年暮れにお邪魔したお宅で、自分でも不思議でしょうがないという話をしたところ

「あ、うちの旦那もすごく嫌いやって言ってますわ」

と言う話。その旦那ってのが建築会社のモテモテ社長さんってことで

「もしかして売れてる芸能人に対するヒガミで嫌ってるのかも知れない」

と言う恐れが払拭され

「これは、この感情の原因を突き止めねばなるまい」

と、思い立ったわけです。で、早速WEBラジオサービス(?)のVoicyで放送されている西野氏のラジオを第一回から聴き始めたわけですが・・

あ、一発で分かった!臭っていた違和感の正体が!

この人、もう、全てが算盤ずくの計算ずくなんですな・・。作り方も売り方も全部計算、こうなったらこうなるって言うパズルを組み立ててるようなもので、もしもリアルで知り合いだったとしたら

「全く気が抜けない」

だろうなぁと思う。こちらの言動の裏を読んで、こちらを操作するような言動をしてるんだろう!と勘ぐってしまうと思う、事実はどうあれ。無料公開されている絵本も読んでみたけど、まあ、オッサンが読んでそもそも何か感じるように作られてないのかも知れないけど、はっきり言って・・いや、はっきりは言わないでおこう。まあ、売れたのはマーケティングの力ですよ。たぶん、アートじゃなくてビジネス過ぎるんだと思う。

放送でも「一緒に関わってるスタッフの為に絵本を描かないと」とかって発言があるんですけど、アートってそういうもんかい?と(大物ミュージシャンでもそうだけど)。誰かを養うためだとか、そういうんじゃなくて「もう、自分の中で溢れてしょうがない気持ち」だったりの発露じゃないかと思うんですが・・。まあ、溢れだしてしょうがないってのが彼にとっては「絵本ビジネス」って風にメタ解釈すれば、それはある意味アートみたいなものなのかも知れないけど、僕の古い頭では「アートに計算とかを持ち込んで大いばりしてる奴」って印象でして(あくまで個人の感想です)。

まあ、そう言うわけでVoicyの放送を聴き続けてるわけですが、もう、ほとんどの時間を不快さに「ギリギリ」歯ぎしりしながら聴くという苦行です。言ってる事のエッセンスは非常に有益で興味深いのに、イチイチ言いぐさや話し方のトーンが気に障るという、なかなか類を見ないレベルの印象の悪さ。うーん、しかし有料のオンラインサロンのメンバーが3万人ってことは、この喋りが好きって人が多いって事だよなぁ・・僕が少数派なのか?何しろ西野氏は話のうまさにおいて、世界で確実に5本の指に入る(本人談)そうですから・・。僕はこの人の漫才も漫談も聴いたことがないからよく分からないんですけど、少なくともVoicyの放送でしゃべってるネタトークはスベりまくってる感じですけどね。


さて、そこでようやく「革命のファンファーレ」。もちろん図書館で借りてですが、読みました。

良いこと書いてるじゃない!

そう、文章で読むと、全く問題が無いのです。普通に為になるビジネス書って感じ。まあ、結局自慢話なんですけど。

さて、本の中に例の「絵本無料公開」についての一件があった。そのニュースが出たとき(FBでイイネ!がついて回ってきたのです)、僕は批判的な感想を持ってました。

確か僕の記憶では、「絵本を読みたいけどお金が無くて買ってもらえない子供達の話を聞いて、無料公開に踏み切りました!お金じゃないんだ!お金からの解放!」みたいなノリの経緯が添えられてたんですが、僕が思ったのは

「じゃあ、なけなしのお小遣いを貯めて(恐らく絵ばっかり綺麗で・・いや、やめておこうか)、話題になってる西野さんの絵本を買った子供や、生活費を切り詰めて子供のためにと思って(絵ばっかり綺麗なだけで話は・・いや、やめておこうか)すでに買ってしまってるお母さんは、どう思うんや?」

って事だったのですが、本にあるのはクリエイターサイドやら版元からの「そんな事されたら本が売れなくなる」などの批判に対する「勝利宣言」だけでした。要するに

「初動で売れた後に、話題づくりとして無料公開して結果的にさらに数万冊売れた、すげぇだろ!ねらい通り」

って内容。出たよ・・これが僕が「信用・安心できん」って部分。人情とか感情とかもマーケティングの要素でしかないわけだ。Voicyの放送でも本当に驚いたところがあって

「被災地に千羽鶴を送るな」

と言う話を彼がしてるんですが、それは大いに賛成して理解できるんですよ。千羽鶴は食えないですから。しかし、そこで彼が言うのは

「俺なんて(俺の描いた)すばらしい絵本を3000冊送ってます」

って、ズコーッ!!千羽鶴とどう違うねん!と言うか、千羽鶴はまだ「念」がこもってるよ、がんばってくれ!って言うね。お前の本って、食べられもしない上に工業製品じゃねえか。この放送の時には本当にこの人は狂人なのでは?と心配しましたよ。

まあ、恐らくその3000冊ってのも「発行部数」に上乗せするだろうし、もしかしたら在庫で余ってる本じゃないの?とか考えてしまいますよねぇ?
まあ、そんな話のオンパレードです(少なくとも今聴いてるところまでは)。

と言うわけで、この本では「これからは信用資本主義だ!」みたいな事を力説してるわけですが、少なくとも人間として対峙した時に「信用できる」人物かと言われたら、僕にとっては謎ですかねぇ・・・。

あ、けどフォローになってないけど「ビジネス」って事で言うとすごく信用できる人だと思いますよ。言ってる事はまったく間違ってないし、最新のものを抜け目無く取り入れて抜かり無く実際に儲かる仕組みを作るって腕前は、もう、疑いようがないと思う。けど、アートでもイノベーションでもないと思いますが。

まあ、やっぱり僕は直感的に彼がどうしようもなく嫌いなので、悪いようにしか捉えられないですね、しょうがない、すいません!

あ、あとね(しつこい)、Voicyでは放送枠を自分のところのサロンメンバーが1日分を1万円で買って「あくまで個人で」スポンサーになる事でお送りしてます!で、その1万円は「恵まれない人たち」に寄付するというシステムなんですよね。すばらしい!
ところが、時々・・自分のやってるお店の名前やらを、やっぱり宣伝してくる人がいる。ちゃんと放送でも告知してるし、申し込みフォームにも明記してあるというのに「不自然なくらいに」そういう人が出てくる。ん~?

まあ、1つは
「わざわざ名前をさらしてやらんでも、受け付けられませんと返金するなりしてやれば良いだろう」
って、思いますよね。不注意なサロンメンバーにわざわざ恥かかせるわけだから(そういう場合もフルネームで名前だけ呼ばれる)。

もう1つは敢えて返金せずに、そういう人をさらすためにストックしておいて
「スポンサーからの影響を受けて自分がお勧め出来ないサービスを宣伝するという事をしたくない!そして恵まれない人へ1万円を寄付してるんですよ!これってすごく信用資本主義じゃないっすか?すごくないっすか?」
と言うことを、定期的にアピールするための材料にしてるんじゃないのか?って疑惑。

こいつやったらやりかねんで・・と思わせる、悪い意味での抜け目のなさが彼には感じられてしまうんですけどどうでしょうかね?

彼の言う信用ってのは「後でナンボでもお金に換えられる」って言うツールであって、人が人として向かい合って安心できるとかそういう意味での信用と、これ別物なんじゃないか?と思わざるをえん。そういう意味で言うと「感情丸出しで思ったことを怒鳴り散らしてる」人の方が裏表の無い信用を持ってるということになるのでは、と。まあ、どっちもイヤか。

まあ、後でマネタイズするための信用(彼は堂々とそう言ってる)、そのための寄付とかの慈善活動(と言っても自分の描いた絵本を送るというのが多いようだけど)か・・。
昔、杉良太郎はディナーショーやらコンサートやらで、それはそれは「あくどく稼ぐ」と、ずっと言われてたけど、後に判明したのが、もうずっとそのお金を寄付しまくっていたという話。毎回毎回、恵まれない人たちに・・とかって言い続けてるのとどっちがグサっ!と来るんですかねぇ。まあ、それでも僕なんかぜんぜん寄付とかしませんから僕よりは素晴らしいですけどね。

まあ、とにかく「信用」が信用出来ない時代がやってくるって事かな!革命のファンファーレが聞こえるでぇ
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