大手メディアに書評はたぶん出ないだろうが、マーティン・ファクラー『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』(双葉社)はお薦め。単なる「安倍政権批判本」でなく、日本におけるジャーナリズム不在の実情やその背景、問題点が多角的に分析されている。 pic.twitter.com/aR59uTU6p4
首相支持勢力が喧伝する「NYTは吉田証言を世界に広めた」「慰安婦報道は国益を傷つけた」などの虚偽言説(デマ)をはじめ、首相に批判的なメディアに対して首相周辺やその支持勢力からどんな「政治的攻撃」が加えられるのか、彼らがどんな手法で論点を矮小化して武器にするのか等の分析が興味深い。
ファクラー氏はガダルカナル島への遺骨収集の取材も行い、それを報じる産経新聞に敬意を払っている。党派的に問題を捉えるのでなく、ジャーナリズムの視点で評価できる行動は、相手が何者であれ評価している。同氏の産経や読売への批判は、ジャーナリズムの役割からの逸脱という論点からなされている。
物事を主観でしか認識できなくなった独裁者は、外部の第三者に自分や自分の属する集団がどう見えるのかを想像できない。客観的視点で状況を認識できない。主観的には完全無欠なので、周囲の人間は疑問を抱いてもそれを胸に秘めて、誰も何も言わない。 pic.twitter.com/vWDTrkdQeO
「保育園落ちたブログ書いたの誰だ」みたいなヤジが国会で出たの?あほらしい。そこかよ。というかそうなったら #保育園落ちたの私だ みたいなタグを流行らせてみんなでママさんパパさんの悲痛な声を世間にもっと知らせたらいい。本当に応援したい。自分も当事者だし。
このツイートとタグ、子育て中の国会議員の吉良さん @kirayoshiko とか 小池さん @koike_akira にも特に拡散してほしい。悲痛な声を形にしてほしい。もちろんその他の議員さんも! twitter.com/Rstudy/status/…
ただ北海道はシラカバ花粉を発症する人が多く、雪解け後にマスクが売れます。昔北見支部にいた判事がシラカバ花粉症が発症していてなかなか辛そうだったのを覚えていますね。花粉症に無縁でいるなら沖縄奄美がオススメ。
あと東京に戻ってきて変わったのが歩数。通勤も含めて1日目1万歩超えるのが普通になりそう。北海道のこの季節は外を歩くという発想自体持ちにくい(雪と寒さで)のと対照的
マーティン・ファクラー「安倍首相をほめなければ、すぐさま『反日だ』というレッテル貼りをされてしまう。気の弱い日本の若いサラリーマン記者が『反日キャンペーン』にさらされれば、よほど信念が強い人でない限り心が折れてしまうことだろう。現在の日本において一部の保守層やネット右翼からなされ
(続き)るジャーナリストへの攻撃は異様だ。彼らは安倍政権を守るゲートキーパー(門番)のつもりなのだろうが、このような圧力は、世の中に対して異論を言えない圧迫感を生み出してしまう」「私が強い懸念を抱いているのは、異論を許さないネット右翼の存在を、安倍政権は『武器』として利用している
'We had one hope left': Locals in #Homs aim for reconciliation amid shaky #Syria #truce on.rt.com/75wg pic.twitter.com/49Rlz37EHS
Meet India's menstruation man whose invention has changed the lives of millions of Indian women aje.io/l3ys
判決では、家族は精神障害者の監督が可能かつ容易である場合に責任を負うとします。亡くなった男性の妻は85歳で要介護1。長男は月3回介護のため横浜から愛知に帰省。男性は要介護4にも拘わらず特養への入居に2,3年かかると言われていた。公的な介護が行き渡っていれば防ぎ得た事故、事件です。
認知症の91歳男性が徘徊し列車にはねられ死亡した事故。最高裁がJR東海の遺族への損害賠償請求を棄却しました。被告とされた長男の方は「あたたかい判断」と。判決からも介護の苦労がうかがえる事件。家族を失った悲しみも大きかったはず。その上、賠償もというのはあまりにも酷。大事な判断です。
田原総一朗らの“高市発言”抗議会見で明かされた現場の生の声!「デモの映像流せない」「なくなったニュース山ほど」(リテラ)bit.ly/1QKdoPA「呼びかけ人たちの他にも、この声明に参加したいと申し出るも『拒否された』、あるいは、『どうしても参加できる状況では
(続き)ない』という民放やNHKの現場の人間たちがいたと明かされた」「実際に、ある圧力によって影響を受けています。これまでの政権下でも公平性に注意して報道してきましたが、安倍政権になって特に自粛が強まっています(在京キー局報道番組のディレクター)」「この文書(2012年12月の選
(続き)挙の際、自民党が選挙報道に関して報道機関に配布した文書)を受けて街録を削りましたし、デモの批判的な映像も自粛しています。デモは市民の意思を表す動きですが、デモを警戒している官邸に気をつかったのです。ニュースの選択の段階で気をつかい、なくなったニュース項目は山ほどあり、数を
(続き)あげたらキリがないほど気をつかっています。(在京キー局報道局の中堅社員)」「気付けば、争点となる政策課題、例えば原発、安保を取り上げにくくなっている。気付けば、街録で政権と同じ考えを話してくれる人を、何時間でもかけて探しまくって放送している。気付けば、政権批判の強い評論家
(続き)を出演させなくなっている。私たちは今までどおり自由に企画を提案しても、通らないことが多くなったり、作ったものに対しても直しを求められることが増え、それがいつの間にか普通になり、気付けば、自由な発想がなくなってきているような状況だ。(略)若い新入社員などはそれをおかしいとは
(続き)思わず、これを基準に育っている(在京のキー局報道局の若手の社員)」「会見には新聞各社の記者らも取材にきていたが、翌日3月1日付の朝刊を見ると、その扱いは、朝日新聞、毎日新聞でも1000字ほど。産経新聞はウェブ版でこそ数名の発言をひろったが、紙面ではたったの数行だ。読売新聞
(続き)に関しては、声明の内容はおろか、会見があったことすら、一文字足りとも触れなかった。そして、いずれの新聞も、匿名で出さざるをえなかったテレビ局報道現場の悲痛な叫びについては、完全に無視した」実際に現場にいる人間の訴えの声を、メディア企業の社員が無視する光景は、残酷だと思う。
「メディアが萎縮している事実はない」「戦前回帰の現象もない」等、ひたすら主観の殻に閉じこもって指導者に無条件の忠誠を誓う人も少なくないが、諸外国のメディアが安倍政権下の日本をどう見ているかという客観的視点を捨て、指導者の主観に寄り添う思考そのものが「戦前回帰の現象」に他ならない。
豊後大野市役所屋上に設置工事が行われている太陽光発電、それらしくなってきました。今日は、一般質問の聞き取りでやってきました。(写真は29日撮影のもの) (@ 豊後大野市役所) swarmapp.com/c/5MNeDyFkrqq pic.twitter.com/13wZkmLOVw
大学の先生たちが、理由はどうあれ「指導者の主観に寄り添う思考」に身を委ね始めているのも「戦前回帰の現象」と呼べる。『戦前回帰』で実例を多数示した通り、戦前戦中の「国体」思想の暴走では、文部省や軍部だけでなく大学教授などの知識人が重要な役割を果たし、国策に合う「思考」を創り出した。