語るに足りる、 ささやかな人生

所謂、コロナ以前、コロナ以後、コロナと共に生きていく
というテーマで、自身の病気のこと、体調、雑文、日記、備忘録

歯痒い思い

2020-07-31 09:12:56 | 健康
気が付けばもう、7月も終わりじゃないか。

いろいろな意味で、

全国民、いや世界中の人々が歯痒い思いをされていると思います。

いや歯痒いどころか、激痛にすでに移行している。

私事では、昨年の秋頃から、歯の違和感を感じていた。
下の歯の歯(歯茎)が何とも言えない歯痒さ、痛みはないのだが、
朝なんか、詰めていた歯の銀歯が溶けているんじゃないかと思う味覚。

20年来通った歯医者があった。
何か調子が悪いと一回(時間はかかるが)、あるいは数回で治療してくれる都合の良い歯医者だった。
巷には歯をちょっとずつ見て、3か月も通わないといけない歯医者がざらだが。
(そのうち、別の個所が悪くなって、歯医者のループ状態。そうやって、歯医者ってもうかるのか?)

一応、信頼はしていた。

クリーニングも半年に一回行ってたし、家ではちゃんと歯を磨いていたし、フロスはちょっと面倒なのでサボっていたが、メンテナンスをしていたつもりだ。

しかし、違和感がなんかあった。

「なんか歯が歯痒んですよ」

と何回かいったが、

「ハッ、ハッ、ハッ、」

と高笑いするのだ。

一応、レントゲンやらは撮ってくれたのだが、なんか削ったりするだけ。

私は歯周病を疑ったのだが、歯茎はキレイだという。

信用していた先生なのだが、
ちょっと不信に思うことがあった。
気分にムラがあるのだ。
あるときは、明るくよくしゃべりかけてくるのだが、
全然、しゃべらない事もあった。
まぁ、人には気分のムラがあるもんだしね。

しかし、なんとなく暗くなっていた。

そう云えば、昔は助手の歯科衛生士の人も何人かいたし、
先生ももう一人いたようだったかな。
受付も若い女性だった。

そのうち、先生一人になり、
助手は奥さんになり、受付も兼任していた。

そりゃ、歯科医院も過当競争だもの、今やコンビニ並みにあるし、
経営も大変なのは察するところある。

でも、親切に説明してくれたし、感じは良かったのだが、
ある時から、雰囲気までもが暗くなっていた。
もちろん、診療所は小綺麗で清潔に保たれていたし、
待合室は完全予約制なので、待ってる患者さんは滅多に被らないのだが、
大体が前に患者さんがいない。
待合室の照明が悪いのか、何となく薄暗い。
一つ不信なことがあると、全部が不信に思えてきた。

それで、二十年来のお付き合いを辞め、

別の歯科医院をインターネットで必死に捜し、
信頼おけそうなところをみつけた。

それが、
正月の三が日が過ぎようとしていた頃、
そう、今年の正月は、歯痒いから、激痛に変わっていた。
市販鎮痛剤も効かない、そのうち失血もしてきた。
歯のツボを探して押した、アイスノンで一日中頬にあて冷やした。
いくらかマシになるときもあったが、そのうち悶絶な痛みだ。

子供の時も、虫歯でショッチュウお世話になったが、
大人になってからこんなに痛んだのは初めてだ。
しかも、50代も半ばを超えて、正月から涙がチョチョ切れるぐらい痛んだのは。

転院して正解だった。

そこは駅前のテナントにある綺麗な歯科医院だったが、
親子三代続く、地元では名のある歯科医院だった。

正月明け、メールで症状を伝え、急患で診てくれた。
酷い場合は飛込みでもいいそうだった。

結論は奥歯に被せていた金属と金属のあいだの正常な歯の間に炎症がおこっていたのだ。
すぐに被せていた金属を取ってくれた。
それで、歯のクリーニングも全体にした。
炎症が消えるまでは、毎週歯のクリーニングに来て下さいということだった。

その医院は大先生以下、主の先生、歯科衛生士が4人ぐらいいた。

しかし、

その歯のクリーニングの痛いこと。
歯の痛みは治まったが、毎週歯のクリーニングが悶絶だ。
歯と歯茎をキレイにするのだが、何か罰をうけているようだ。

それと、巷では新型コロナの感染が徐々に広まってきた。

「早く終わってくれないかなぁ~。」

でも、最初にくれた鎮痛剤と抗生物質は2日だけで、
あとは「日にち薬」。
自己免疫力で治さないといけなかった。
どんな病気もそうだが、最後は自己免疫か・・・

なんとか、炎症も収まり、
新たな冠を被せたのは2月の中旬だった。

「一応、仮の接着剤なので様子を見て、本チャンの接着剤を入れに来てください」

と言われた。

世間では、まさに自粛期間中。

「STAY HOME」

していたが、

今度は反対側の歯茎が痛みだした。

感染拡大にはなっていたが、すっかり出不精になり、

反対側の歯茎の痛みはなんとか自力で治したが、

ホンチャンの接着剤はそのまま・・・

他の病気のセカンド・オピニオンは必要だと思っていたが、

加齢と老化は、頭とか目とか歯とか、臓器とか、いろいろな関節とか・・・

いろいろと面倒なことが増えると実感した。

11月8日は「いい歯の日」ですが、

明日、

8月1日は「歯が命の日」だそうです。

(感染症には「歯磨き」「舌磨き」は有効。)

芸能人は「歯が命」と言うCMがありましたが、

「歯」は人類・生物にとってまさに「命」の入口。


















哀悼 鈴木常吉/思ひで

2020-07-28 12:07:23 | 日記
鈴木常吉/思ひで

ミュージシャンの鈴木常吉さんが今月6日に食道がんで亡くなっていたことが27日、分かった。65歳だった。 鈴木さんのスタッフがツイッターで明らかにした。すでに家族葬が執り行われたという。 同ツイッターでは「【報告】」とし、「かねてより食道がんの病気療養中でした鈴木常吉は令和2年7月6日に自宅より天国に旅立ちました」と死去を伝えた。「あまりに突然だったことと、社会状況が大変だったこともあり、お知らせが遅れましたこと心よりお詫び申し上げます。家族葬を滞りなく相済ませ、鈴木も今はSTAY HOMEいたしております」と報告した。 また「生前様々な方より賜りましたご厚誼、また音楽を愛して下さった皆様へ厚く御礼申し上げます」と感謝し、「snsでのご報告になりましたこと、お赦し下さいませ」とつづった。 鈴木さんは1954年、東京都生まれ。80年代に「セメントミキサーズ」のボーカル兼ギターとして、TBS系「イカすバンド天国」に出場した。90年に「笑う身体」でデビューし、06年リリースの初ソロ作品「ぜいご」に収録された楽曲「思ひ出」がTBS系ドラマ「深夜食堂」のオープニング曲に採用された。俳優としても活動し、オダギリジョー主演の映画「オーバー・フェンス」(16年)、柳楽優弥主演の「夜明け」(19年)になどに出演した。 

生前の鈴木常吉さんのLIVEで






思うようにいかない時、それはどう生きるかの問いだ

2020-07-26 12:17:52 | 人生
長雨と集中豪雨の間に、7月も終わりに近づいたことに気づかされた日曜。

あと少しで梅雨も明けるからね。

自分が痛いだの痒いだのの日々の憂鬱よりも、

豪雨によって、人、家、山々、人生が流され、

感染症にはいつまでたっても、数だけを叫ぶマスコミに厭き厭きし、

有効的な手段はアルコール消毒・マスク・蜜を避けるの原則しかなく、

いくら経済的な手段を講じても、永遠の禅問答のように感じられ、

正解は何もないこの世界。

世界はまるで”ちゃぶ台返し”のようだと言っても、

”ちゃぶ台”を知らない世代が関の山。

しかし、

また、脳裏に「尊厳」と「安楽」という文字が重いテーマとしてのしかかる。

最近起こった(実行されたのは昨年)、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者から依頼を受け、薬物を投与し殺害したとして、嘱託殺人の疑いで医師2人が逮捕された事件で、 

ここでは、自分のQOLのことを書き込む用としたが、
究極的に迫られる命題かもしれないと思ったからだ。

事件の解明は今後の捜査を待つしかないのだが、

「尊厳」と「安楽」

《自身もALS患者で、NPO法人「境を越えて」理事長の岡部宏生さんの話》 

私は48歳でALSを発症し、死にたいと何度も真剣に思った。でも社会の支援を受けて、こうして生きている。生きてみようと思えたのは、明るく前向きに他の患者や家族の支援をしている先輩患者を見たからだ。あんなふうに生きたいと思うようになった。
 ただ「生きたい」と「生きていける」とは違う。介護保険や障害者の生活支援サービスを十分に受けられ、介護者を確保できなければ、すべて家族に頼ることになる。経済的なことも含めて家族に負担をかけたくない、と生きることをあきらめる患者は多い。私も介護態勢をつくるまでに時間がかかり、ぎりぎりのタイミングで人工呼吸器をつけられた。
 「安楽死」には明確に反対だ。「安楽死」と同じように社会で使われている言葉に「尊厳死」があるが、自分でご飯を食べることや排泄(はいせつ)ができなくなるのは尊厳を失うことなどとされる。そうなのか。もしそうなら私は尊厳を失って生きている。
 尊厳という言葉でくくるからわかりにくくなってしまうが、尊厳死を選ぶということは、自分はこういう状態なら生きていたくないということ、つまり自殺そのものだ。これから社会の中で安楽死が議論されるなら、自殺をどう考えるのかを明確にしてほしい。
 今回はSNSを通じて患者と医師が知り合ったと報じられている。ALS患者は強烈な孤独感や孤立感に悩まされているので、その心の穴を埋めたくてSNSにつながりを求めることがあるかもしれない。コロナ禍では今まで以上に孤立しやすく、こうした傾向が強まらないか心配だ。


というテーマはそう簡単に答えが出るものではない。








ICDのお守り

2020-07-02 08:55:49 | ICD
私にはお守りがあります。

それは、胸の中に埋め込んであります。

まさに、ハートインハートです。

ICD(植え込み型除細動器)

かなり知られるようにはなってきましたが、大概の方が何それと聞き返します。
皆さんは、街中・学校・駅・施設に、AEDあるのはご存じだと思います。
(使ったことある人は少ないと思いますが)

街の中にあるのはAED

心(胸)のなかにあるのはICD

兄弟みたいなものです。

突然死を防いでくれるものです。

100%ではありません。

電気ショックで心臓の震えを止めてくれるのですが、
外からと直接・心臓に電気ショクをあたえるのは、かなり衝撃が違います。

私はこれまで、4度、このICDのお守りに助けられてますが、

意識がある時での作動と無意識での作動では、
ショックの度合いが(感じ方が違います)
ある人は、後ろから馬に蹴られたようだとか、
ハンマーで思いっきり叩きのめされたようだとか、

私は、このような表現とはまた違う感覚があります。

よくいたずらで、ビリビリの静電気が発生するおもちゃがありますが、
それを10000万倍したヤツを一瞬で起こった印象です。
(もう少し・痛みと重い熱いイメージ)
それはいずれも同じ強度とは言えず、
体験したことのある方しかわかりません。

連続して起こる場合もあります。
私は最高5連発ぐらい来た記憶があります。

かなり、しんどいです。

椅子から飛び跳ねたこともあります。

そのあとの余韻というか、しばらく嫌な気分になります。

おしおきで火鉢をあてらた印象ですかね。
(そんな体罰を受けたことはありませんが・・・)

それが、トラウマになるんですよね。

おかしな話ですよね。

お守り(実際に命を守ってくれたお守り)がトラウマになるなんて。

それと、発作・失神で倒れた場合に、ICDが守ってくれた時に、
倒れた時のケガ・外傷はどうしょうもありません。

実際に私は、失神喪失(この時は自転車に乗っていた。もう乗りませんが。)
で意識を失い、自転車は30mぐらい自動走行。
壁にぶつかり意識は戻りました。
それに気がついた近所の理容店のご主人が救急通報してくれ、
救急搬送されましたが、
この時に、頭部裂傷、左肩鎖骨骨折しています。

この時はまだICDを入れているときではありませんでしたが、
(閉塞性肥大型心筋症の意識喪失だと思われる)

その後の生活は最大限に気を付け、
生活態度を改めましたが、
時と共に忘れてしまうもの。
(ヘルメットとかヘッドギアとかをつけてればよかったか)

いつも危機意識と対処方法・備えを考えるようになりました。

何かとに似てますよね。

そうです、

地震(自然災害)です。

私は内なる地震にも備えなければならなかったのです。

それで、

ICDを植え込む決心しました。

しかし、

これは、人それぞれです。

入れない考えもありです。

突然死も受け入れて、生活するのも自由です。

ここに個人の思想・哲学・QOLが必要になってきます。

心のケアも必要になってきます。

それをセルフでするか、医者・専門家・カウンセラーに委ねるかも自由です。

犬を飼うのも猫を飼うのも、植物を育ててみるのも、本をたくさん読むのも、音楽や映画に没頭するのも、予後・余生のためには必要だと思います。

今では、このblogも必要なアイテムかも知れません。

長くなりましたが、

今現在・世界中のコロナ過(様々な病気や感染症、飢え等)・世界情勢の混乱・混迷・不安、テロ、自然災害への対処、人間間の・差別・妬み・嫉妬・罵詈雑言・失言・愛情・愛・希望・・・・etc

この回の最後に、
昨日、香港の民主派団体「デモシスト(香港衆志)」は複数のメンバーが離脱したことから、団体自体を解散することを明らかにした。 

周庭(アグネス・チョウ)さんの言葉を添えます。

「絶望の中にあっても、いつもお互いのことを想い、私たちはもっと強く生きなければなりません。 生きてさえいれば、希望があります。 」

周庭