飯田橋ライブラリー

飯田橋ライブラリーを運営する図書委員会からのお知らせを掲載しています。

創作 「鳥籠の町」

2024-09-18 11:49:00 | 日記
創作 「鳥籠の町」林美沙希

 怒りに身を任せて化物になった日の夜。誰も私を知らない場所に行ってしまいたくて、鳥籠みたいなこの町から逃げてしまいたくて、ひたすらに走った。町外れのトンネルの前で倒れてからのことは、ただの夢とは言い切れない、不思議な体験。

 知っているようで知らない町並み。1匹の猫に話しかけられたものだから、これは夢だと悟った。

こんな所で眠れやしないよ。あそこに行くといいさ。

雑草と廃墟と荒れた海に囲まれた、普通の家がひとつ。そこに向かうことにした。

 ごめん下さい、誰かいませんか?

すると、品の良さそうなお婆さんが出てきた。私をじっと見つめて、笑顔で迎えてくれた。私の住んでた家と同じ、甘いポプリの香り。ここはどうやら忘れ去られた町らしく、このお婆さんと猫以外は誰もいないのだという。

自分には甘いのよね。クッキー食べない?

と言ってくれたので、いただいた。そしてひとつ、気付いたことがある。この家、写真の数が異常だ。

どうしてこんなに写真があるんですか?

はっと私を見る。

助かったのよ、私だけ。

このお婆さんに、この町に、一体何があったのだろうか。

 あなたは今、鳥籠の中にいると思っているでしょう。でも、本当に鳥籠の中にいるのは私。自分の選択に後悔して、それにずっと囚われて生きていく。家族も友達も、全員を見捨てて出ていった私は、もうこの町から出ることはできない。私みたいには、なってほしくないわ。

お婆さんが一心に見つめていたのは、私の家族写真だった。

 目が覚めてからは、もうトンネルを出ていく気にはなれなかった。この町には、私の大事な人が集まっている。カモメと潮風と穏やかな海。いつもの景色が、とても美しく思えた。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿