市川稔の米(マイ)情報

年代は選べない

人間、自分の生は自分で決めたことではない

この世に生を受けて

生かされる


生まれた年代、生きる年代は選べない


小生の父親の世代

大正5年(1916年)生まれだから日本が戦争になって行く年代が青春時代だ

昭和16年(1941年)大東亜戦争(太平洋戦争)が始まる年が25歳

その年に召集され、捕虜生活を経て帰国したのが昭和21年(1946年)6月

30歳の時だった

25歳から30歳という貴重な青春時代を国のために捧げた

拒否など出来ない

大正生まれの男はそういう年代に遭遇したわけだ



自分の世代は

団塊世代(昭和22年から24年)のすぐあと

団塊世代は幼稚園から競争の世界になる

小学校、中学校も足りない

高校受験も大変

自動車免許取得するも順番待ちみたいな


そういう世代の直後

それでも人数は多かった

小生など日大付属校、クラス60人詰め込み、13クラスあった


社会に出た時は今日より明日は良くなる

給料、国民の所得は増えてゆく

1973年に社会に出て、翌年1974年はオイルショックの年

トイレットペーパー買占めなど発生した

物価3割上がるが給料も3割以上上がる

そういう時代だった

バブル景気と自分の30代が重なる

会社もどんどん成長していた

成長があたりまえであった


後から振り返れば異常な時代だった


バルブ経済弾けて

異常に値上がりした株や債券、そして不動産

不動産デフレ、資産デフレというのはものすごくやっかいなもので

ゴルフ会員権が一晩で1000万円上がるなんて珍しくなかった

今度はその逆

ゴルフ会員権はほとんど紙切れになりました

不動産、土地価格も異常値から下落

借金だけ残る

貸した銀行、ノンバンクは不良資産となり

1997年、1998年頃は銀行や証券会社も潰れた

不良債権処理、政府は公的資金を銀行に入れて支えた


そういう年代に銀行に勤めていた人


本人はそういう時代になるとはまったく予想もしていなかっただろうし


その年代に年齢いくつで遭遇したかで変わるし


また、2000年代に入るとデフレ時代になり

その年代に大学や学校卒業して就職

就職、正社員になれなかった人がたくさん

それも自分で選んだわけではなく

デフレ時代は物価も下がるが給料も増えない

それが続いたのだ

その20年あまりの時にどういう年代で遭遇したのか?

どういう仕事をしていたのか?



2023年現在

65歳以上の人
70歳以上の人
75歳以上の人
80歳以上の人

年金受給できる世代

(小生は厚生年金全額もらえていないが)

この年代は年金もらえるよい世代



自分の年齢

生きる時代により翻弄される


これが現実であり実社会なのだ


もっと言えば、日本人でなかったらどうなっているか?


朝鮮半島に生まれていれば北と南で分断され

同じ民族だが政治体制の違いで人生は変わる



なので、


自分の生かされている年代に愚痴を言っても始まらない


時代を受け入れること


時代に合わせ生き抜くこと


そうして生き抜いて行こう



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