約束の谿 その一
平成元年の夏の終わり、私は会社の同僚、また釣友でもあるKとM川水系のS川支流へ来ていた。
林道ゲート手前にある広場に車を止め釣の用意を済ませ上流へと林道を歩き始めた 出発時は少し小雨も降っていたが、日が昇る頃には雨も止んで雲の隙間からは青空も見え隠れしている
私はこの時気付いていた Kは餌釣り専門のはずが手にしているのはフライロッド しかし私はその事をKに問う事をしなかった 何時もの彼との様子の違いに気付いていたからである 私は少し戸惑いながらただ黙々と彼の後について歩いていた
1時間ほど歩いた頃彼が立ち止まり、「ここから降ります」と言う そこは林道が大きく左に曲がった所にある小さな沢で藪が覆いかぶさり少し不気味な感じがする
何もこんな所から降りなくてもこれまでに何箇所か渓へ降りやすい所はあったのに・・・と思ったがKは帽子をギュッと被り直すと藪を掻き分けながら降りて行ってしまった 慌てて私もヤッケのフードを被り彼の後を追う
苔に足を滑らせ、そして倒木に行く手を阻まれながらようやく渓の中に立った 朝の小雨の影響でびしょ濡れになってしまったがKは私のそんな姿を見て前歯の一本無い歯を見せてニヤリと笑う
私はそんなKの笑顔見て少しホッとしたのを覚えている
S川は川幅が広い所でも3メートル程の私にとっては小河川である 水は透明度が高くかなり水深がある場所でも底まで丸見え、このような渓は渓魚達のプレッシャーも高く釣には難しいと感じていた
だが渓流釣とは魚が釣れる釣れないと言う事だけではなく、このような美しい渓の中にいられるだけで満足してしまう事もあるのだ。
水の流れに手を入れると夏の終わりという事もありかなり冷たく感じた 今日は二人ともFFでそしてドライフライしか使わないので少し不安である。
入渓した所から遡行して程なくすると大きな淵が見えてきた 川の流れが大きく右に蛇行しそこには大きな倒木が沈みそして底が見えないほど水深があり大物の期待が出来そうな場所であった
私は早速ティペットの先にフライを結ぼうとベストのポケットを開けようとするとKが「ここでしばらく待ちます」と言い淵の見える所にあった50cmほどの石に腰掛けてしまった
「えっ!待つって何を?」「ライズです」「ライズってここでか」「はい・・・」
私はその時Kが何をほざいているのだろうと思っていた 私はその当時あまり渓流でライズを見た事が無かった もちろんフライを流せば渓魚がライズし捕食するのは見ているが、ましてやこの水深のあるこの淵でライズなんてあるのだろうかと
しかたがないので私も横に座ると今まで口数の少なかったKが口を開いた
「ここですよ先輩(Kは当時私を先輩と呼んでいた)、奴がいるのは」「奴って?」「そこに倒木が沈んでいるでしょう その少し下で奴は獲物を狙ってライズするのです。」「それも決まってある時間帯だけなのです 他の時間帯には絶対奴は姿を見せません、どんなに精巧に作られたフライでも例え本物の餌であってでもです」
そして更にKは「この淵は私にやらせて下さい、ここで奴を私が釣り上げるのを先輩に証人と言うかただ見ていてほしのです」「証人って・・・なんで私が?」「僕には先輩しかいませんし先輩じゃなきゃ駄目なのです」
「はぁそうなんだ・・・」私は彼の言う”証人”の意味が理解する事が出来なかったが、その真剣な表情にあっけにとられそれ以上Kに問う事はしなかった
私はベストから煙草を出し口に銜えた 火を点け煙を吐き出すと谷の弱い風に乗り流れていった。するとKはベストの胸ポケットから一枚の写真を出し私に見せた そしてこのS川に私を誘った訳を話し始めたのである。
私は社会人になるのと同時にFFを始めた 子供の頃から故郷の川で釣りはしていたが餌釣ばかりだった。
そんな中テレビで衝撃的な釣を見てしまったのでした、それがフライフィッシングである 長いラインを器用に振りそして魚を釣り上げる、そんな格好の良さに大変惹かれたのでした。
しかしまだ学生でもありましたし田舎の釣具店にもFFの竿なんかは置いてはいませんでした。だから札幌に来て社会人になり初めての給料でFF用の釣具を購入。
勿論あまりFFの事は知識が無かったので購入したのはセット物 ロッドやリールは勿論の事ラインやフライまで入っていました
早速私は次の休日にそれを持ち尻別川へと向かいました 川に付くと見様見真似でリーダーを結びその先にフライを結んで狙ったポイントへキャストする
しかしフライは川面に落ちることは無く後ろにあった木の枝に絡まっていた・・・ 私はこの様子を誰かに見られていないかと思うと恥ずかしくなり慌ててラインを引くと”ピシッ!”と音がしティペットが切れた
一人で顔を赤くし再度フライを結びキャストした 今度はちゃんと狙った流れにフライを落とせた、だがすぐに流れに揉まれ水の中に沈んでいった そう浮力剤を付けていなかったのである、そしてその時はその存在自体知らなかったのでした
その日の釣果は言うまでも無いが勿論渓魚には出会う事はなかったのです。
私はその帰り道本屋に立ち寄りFFについての本を買いその日から猛勉強しました そして浮力剤の存在を知り、またキャストの仕方やフライの流し方など頭の中に叩き込んだのです。
そして3週間後にまた同じ川に向かいついに渓魚を釣り上げる事に成功 まぁ7寸程の岩魚でしたが手に持つ岩魚を眺め一人でニヤニヤしていた事、そしてひんやりと冷たかった事を今でも覚えています。
自分なりにFFの事が分かってきて、ある程度行けば渓魚には必ず会えるようになってくると源流の岩魚を釣り上げたいという欲望が出てきました
しかし北海道の源流といえば頭に浮かぶのが羆の存在である、とても一人では行く勇気が無くそんな願いを持ちながらいつもの川へ通う日が続いていたのです。
それから2年後です彼、そうKが我が社に入社したのは。私はKが同じ道南出身という事もあり目を付け飲みによく誘った、そして渓流釣の事をよく話して聞かせた そう、Kを渓流釣の世界に引きずり込む魂胆のだ
そんな事が5,6回ありついに彼の口から「そんなに面白いのであれは今度是非一度」と言う事になり次の休日にはもうKとB川の源流の中に立っていた
いきなり源流はどうかとは思ったがB川はずっと前から私が有望と目をつけていた渓であった それに今年のシーズンももう終わりが近づいていて私は焦っていた、今年中にはここへどうしても来たかったからである。Kは私の欲望をかなえる為の犠牲者なのかもしれない。
それでもKはそんな事も知らずに少し興奮気味である。渓の中に入ると早速仕掛けの付いた私のお古の餌用の竿を手渡す 実はKは子供の頃家の近くに川が流れていた事もあり釣の経験は何度かあるということ、それではと餌のミミズは自分で付けて貰うことに。そして私は少しホッとした・・・。
私はKの後方に立ち何も言わずに彼の様子を見ていた 彼は針にミミズを刺すと竿をそっと振り餌を流し込んだ 釣は経験している事もあり竿の振り餌の入れるポイントもなかなかのもんです
餌は流れに乗り流れていたがふと目印が止まった するといきなり仕掛けは流れとは逆方向に引かれていった
Kは「センパーイ来ましたよー」引かれる竿を上手く操りながら叫ぶ、「おいおい一投目からかい、ゆっくりで良いから逃がすなよー」と私、すると彼は「アイアイサー」と親指を立てニッコリ笑った。
彼の元へと行くとなかなかの大物のようで最初の笑顔はもうなかった ハリスは0.6号なので少し不安がある「おいK!あまり無理に引っ張るな!弱るまで待つんだ」「センパーイこいつは僕には無理かもしれません、代わってくださいよー」と言った
しかし釣りとは自分で釣り上げないとその感動はわからない、私はただ「頑張れ~」とニヤリと笑い一言 Kは少し涙目で「オッケイ牧場でーす」とどんな時もユニークな奴である
充分に時間をかけると渓魚は弱ってきているようだ 「K、もうそろそろ良いんじゃないか」 Kは頷くと大きく竿を引いた、すると渓魚はラインに引かれ岸にずり上がった
岩魚だ、それも尺を超えると思われる大岩魚だった 「いくら子供の頃経験があるとはいえ出来すぎじゃん、これはまさにビギナーズラックじゃねぇか」と私が言うとKは「エヘヘッ」と笑った
Kは岩魚を釣るのは初めてという事で私が1枚記念写真を撮ってあげる 写真を撮り終えるとKはすぐに岩魚を水の流れに戻してあげた 暫くは手の中でひらひらと尾を振っていただけだったが”ピシャッ”っと水音を立てもとの倒木の陰へと消えて行った。
「それじゃぁ次は私の番だね」と言うと「先輩も一発大物かましちゃって下さいよ~」とK 「まっかせなさ~い」とは言ったものの実は私は未だに尺物を釣った事が無かったのである Kが尺上を釣って少々焦りながらも次のポイントへと歩き出した。
次の場所もなかなか有望そうだった 私は最近巻き始めたエルクヘアカディスをティペットに結びフロータントを染み込ませるとフッと息を吹きかけた
バックを気にしながら2,3回ロッドを振りフライをキャストする フライは思っていた所に一発で入りホッとしたその瞬間に岩陰から黒い影が走った、そしてライズ
「出た!」私は反射的にロッドを煽った 魚信が手に伝わってくる、それもデカイ 後ろで見ていたKが「大物ですよ、慎重にお願いします」言うので私は「もうまんたい!(無問題)」本当は心臓の鼓動はかなり高まっていた
岩魚はかなり暴れていて苦戦したが数分後無事私のネットの中に入った、見るとKの岩魚より少し大きいようで私は内心ホッとしていた 私はすぐに岩魚の口からフックを外し流れの中に戻した。
「先輩やりましたね」「あぁ」「次は僕がもっと大きいのを狙いますよ」と言うと餌箱からミミズを取り出し針に刺した 「K、これは大発見だな、ここは岩魚の楽園かもよ」「きっとそうですよ」
私はこの時岩魚の楽園を発見したと思っていた、しかしどうしたことかそれからパッタリと岩魚は姿を見せる事は無くなってしまったのだ 最初の2連続の釣果はいったいなんだったのだろうか。
2キロ程釣り上がった所で脱渓し林道を車へと歩き始めた
「残念でしたね」とK 「わるかったな 最初は大発見だと思ったんだが、やはり川沿いに林道もあるし釣人も多く入っているんだと思うよ」するとKが「いや僕は最初の岩魚でもう充分に満足していましたよ こうやって自然の中にいるのって良いですね、また釣りに誘って下さいよ」と言ったので「あぁ勿論さ、今度はもっと凄いところへ案内してやるよ」
”凄いところ”なんて所は知らなかったがついつい言ってしまった だがその後Kと多くの渓を釣り歩き本当に”凄いところ”を発見し、そして多くの岩魚に出会う事になったのである。
まぁ相変わらずKは餌釣り専門、私は何度もFFを勧めたがKは「日本人だからやっぱこれが一番すっよ!」と愛用のグラス竿を指差し笑った。
そんなKとの楽しい釣行が数年続いていたが、私にも彼女と言える人が出来同棲、そして結婚出産と忙しい日々が続きなかなかKと釣に行く機会がなくなってしまった
朝、会社で久しぶりに会ったKに「どうだ、行っているか?」と手で竿を振る仕草をすると「いや全然っすよ、先輩たまには付き合って下さいよ」とK
「おう!行くかS川なんてどうだ 私の感じではドデカイのいると思うんだが」と私が言うと「S川ですか 私も気になっていたんですよ、ぜひ行きましょう」と嬉しそうにKは言うと車に乗り込み仕事へと向かった。
それから数週間後の土曜の夜電話が鳴った、Kからだった 「どうです先輩、明日S川行きませんか?」と釣りへの誘いだった
だがその時私の娘が風邪を引いたらしく少し熱があったこともあり「わるいなK、娘が風邪で熱がある心配なので明日は行けそうにも無いな」と私も久しぶりの釣りなので少し残念ではあったが電話口でKにそう告げた
「いやいや、それは心配ですね娘さん大丈夫ですか?それじゃぁ釣りは先輩の都合の良い日にでも行きましょう」とK 私は「おう!デカイの一発狙いに行こうぜ」と次回の釣行の約束をして受話器を置いた。
しかしそれから数年Kからの電話も無く、私もなんとなくKへ釣の誘いの電話をする事は無かった 甘い?新婚生活、そして二人目の娘も出来たせいもあるかもしれない。
そんな時だった突然Kからの電話が鳴った 「先輩、明日付き合ってもらえませんか?」とK「付き合うってどこへ?」「S川です」「おうS川か、いや~悪かったな、約束してたのに行けなくて 勿論付き合うよ」「それじゃぁ明日4時に迎えに行きますんで」「4時な、わかった」と私は電話を切った
突然のKからの電話 そして電話越しからも窺えるKの寂しげな声に少し戸惑いはあったがすぐに釣りの準備を始めた。
午前二時札幌を出発し約二時間後私達はS川の林道奥にあるゲート前に車を止めた 空は明るみ夜が明けようとしていた。
つづく
平成元年の夏の終わり、私は会社の同僚、また釣友でもあるKとM川水系のS川支流へ来ていた。
林道ゲート手前にある広場に車を止め釣の用意を済ませ上流へと林道を歩き始めた 出発時は少し小雨も降っていたが、日が昇る頃には雨も止んで雲の隙間からは青空も見え隠れしている
私はこの時気付いていた Kは餌釣り専門のはずが手にしているのはフライロッド しかし私はその事をKに問う事をしなかった 何時もの彼との様子の違いに気付いていたからである 私は少し戸惑いながらただ黙々と彼の後について歩いていた
1時間ほど歩いた頃彼が立ち止まり、「ここから降ります」と言う そこは林道が大きく左に曲がった所にある小さな沢で藪が覆いかぶさり少し不気味な感じがする
何もこんな所から降りなくてもこれまでに何箇所か渓へ降りやすい所はあったのに・・・と思ったがKは帽子をギュッと被り直すと藪を掻き分けながら降りて行ってしまった 慌てて私もヤッケのフードを被り彼の後を追う
苔に足を滑らせ、そして倒木に行く手を阻まれながらようやく渓の中に立った 朝の小雨の影響でびしょ濡れになってしまったがKは私のそんな姿を見て前歯の一本無い歯を見せてニヤリと笑う
私はそんなKの笑顔見て少しホッとしたのを覚えている
S川は川幅が広い所でも3メートル程の私にとっては小河川である 水は透明度が高くかなり水深がある場所でも底まで丸見え、このような渓は渓魚達のプレッシャーも高く釣には難しいと感じていた
だが渓流釣とは魚が釣れる釣れないと言う事だけではなく、このような美しい渓の中にいられるだけで満足してしまう事もあるのだ。
水の流れに手を入れると夏の終わりという事もありかなり冷たく感じた 今日は二人ともFFでそしてドライフライしか使わないので少し不安である。
入渓した所から遡行して程なくすると大きな淵が見えてきた 川の流れが大きく右に蛇行しそこには大きな倒木が沈みそして底が見えないほど水深があり大物の期待が出来そうな場所であった
私は早速ティペットの先にフライを結ぼうとベストのポケットを開けようとするとKが「ここでしばらく待ちます」と言い淵の見える所にあった50cmほどの石に腰掛けてしまった
「えっ!待つって何を?」「ライズです」「ライズってここでか」「はい・・・」
私はその時Kが何をほざいているのだろうと思っていた 私はその当時あまり渓流でライズを見た事が無かった もちろんフライを流せば渓魚がライズし捕食するのは見ているが、ましてやこの水深のあるこの淵でライズなんてあるのだろうかと
しかたがないので私も横に座ると今まで口数の少なかったKが口を開いた
「ここですよ先輩(Kは当時私を先輩と呼んでいた)、奴がいるのは」「奴って?」「そこに倒木が沈んでいるでしょう その少し下で奴は獲物を狙ってライズするのです。」「それも決まってある時間帯だけなのです 他の時間帯には絶対奴は姿を見せません、どんなに精巧に作られたフライでも例え本物の餌であってでもです」
そして更にKは「この淵は私にやらせて下さい、ここで奴を私が釣り上げるのを先輩に証人と言うかただ見ていてほしのです」「証人って・・・なんで私が?」「僕には先輩しかいませんし先輩じゃなきゃ駄目なのです」
「はぁそうなんだ・・・」私は彼の言う”証人”の意味が理解する事が出来なかったが、その真剣な表情にあっけにとられそれ以上Kに問う事はしなかった
私はベストから煙草を出し口に銜えた 火を点け煙を吐き出すと谷の弱い風に乗り流れていった。するとKはベストの胸ポケットから一枚の写真を出し私に見せた そしてこのS川に私を誘った訳を話し始めたのである。
私は社会人になるのと同時にFFを始めた 子供の頃から故郷の川で釣りはしていたが餌釣ばかりだった。
そんな中テレビで衝撃的な釣を見てしまったのでした、それがフライフィッシングである 長いラインを器用に振りそして魚を釣り上げる、そんな格好の良さに大変惹かれたのでした。
しかしまだ学生でもありましたし田舎の釣具店にもFFの竿なんかは置いてはいませんでした。だから札幌に来て社会人になり初めての給料でFF用の釣具を購入。
勿論あまりFFの事は知識が無かったので購入したのはセット物 ロッドやリールは勿論の事ラインやフライまで入っていました
早速私は次の休日にそれを持ち尻別川へと向かいました 川に付くと見様見真似でリーダーを結びその先にフライを結んで狙ったポイントへキャストする
しかしフライは川面に落ちることは無く後ろにあった木の枝に絡まっていた・・・ 私はこの様子を誰かに見られていないかと思うと恥ずかしくなり慌ててラインを引くと”ピシッ!”と音がしティペットが切れた
一人で顔を赤くし再度フライを結びキャストした 今度はちゃんと狙った流れにフライを落とせた、だがすぐに流れに揉まれ水の中に沈んでいった そう浮力剤を付けていなかったのである、そしてその時はその存在自体知らなかったのでした
その日の釣果は言うまでも無いが勿論渓魚には出会う事はなかったのです。
私はその帰り道本屋に立ち寄りFFについての本を買いその日から猛勉強しました そして浮力剤の存在を知り、またキャストの仕方やフライの流し方など頭の中に叩き込んだのです。
そして3週間後にまた同じ川に向かいついに渓魚を釣り上げる事に成功 まぁ7寸程の岩魚でしたが手に持つ岩魚を眺め一人でニヤニヤしていた事、そしてひんやりと冷たかった事を今でも覚えています。
自分なりにFFの事が分かってきて、ある程度行けば渓魚には必ず会えるようになってくると源流の岩魚を釣り上げたいという欲望が出てきました
しかし北海道の源流といえば頭に浮かぶのが羆の存在である、とても一人では行く勇気が無くそんな願いを持ちながらいつもの川へ通う日が続いていたのです。
それから2年後です彼、そうKが我が社に入社したのは。私はKが同じ道南出身という事もあり目を付け飲みによく誘った、そして渓流釣の事をよく話して聞かせた そう、Kを渓流釣の世界に引きずり込む魂胆のだ
そんな事が5,6回ありついに彼の口から「そんなに面白いのであれは今度是非一度」と言う事になり次の休日にはもうKとB川の源流の中に立っていた
いきなり源流はどうかとは思ったがB川はずっと前から私が有望と目をつけていた渓であった それに今年のシーズンももう終わりが近づいていて私は焦っていた、今年中にはここへどうしても来たかったからである。Kは私の欲望をかなえる為の犠牲者なのかもしれない。
それでもKはそんな事も知らずに少し興奮気味である。渓の中に入ると早速仕掛けの付いた私のお古の餌用の竿を手渡す 実はKは子供の頃家の近くに川が流れていた事もあり釣の経験は何度かあるということ、それではと餌のミミズは自分で付けて貰うことに。そして私は少しホッとした・・・。
私はKの後方に立ち何も言わずに彼の様子を見ていた 彼は針にミミズを刺すと竿をそっと振り餌を流し込んだ 釣は経験している事もあり竿の振り餌の入れるポイントもなかなかのもんです
餌は流れに乗り流れていたがふと目印が止まった するといきなり仕掛けは流れとは逆方向に引かれていった
Kは「センパーイ来ましたよー」引かれる竿を上手く操りながら叫ぶ、「おいおい一投目からかい、ゆっくりで良いから逃がすなよー」と私、すると彼は「アイアイサー」と親指を立てニッコリ笑った。
彼の元へと行くとなかなかの大物のようで最初の笑顔はもうなかった ハリスは0.6号なので少し不安がある「おいK!あまり無理に引っ張るな!弱るまで待つんだ」「センパーイこいつは僕には無理かもしれません、代わってくださいよー」と言った
しかし釣りとは自分で釣り上げないとその感動はわからない、私はただ「頑張れ~」とニヤリと笑い一言 Kは少し涙目で「オッケイ牧場でーす」とどんな時もユニークな奴である
充分に時間をかけると渓魚は弱ってきているようだ 「K、もうそろそろ良いんじゃないか」 Kは頷くと大きく竿を引いた、すると渓魚はラインに引かれ岸にずり上がった
岩魚だ、それも尺を超えると思われる大岩魚だった 「いくら子供の頃経験があるとはいえ出来すぎじゃん、これはまさにビギナーズラックじゃねぇか」と私が言うとKは「エヘヘッ」と笑った
Kは岩魚を釣るのは初めてという事で私が1枚記念写真を撮ってあげる 写真を撮り終えるとKはすぐに岩魚を水の流れに戻してあげた 暫くは手の中でひらひらと尾を振っていただけだったが”ピシャッ”っと水音を立てもとの倒木の陰へと消えて行った。
「それじゃぁ次は私の番だね」と言うと「先輩も一発大物かましちゃって下さいよ~」とK 「まっかせなさ~い」とは言ったものの実は私は未だに尺物を釣った事が無かったのである Kが尺上を釣って少々焦りながらも次のポイントへと歩き出した。
次の場所もなかなか有望そうだった 私は最近巻き始めたエルクヘアカディスをティペットに結びフロータントを染み込ませるとフッと息を吹きかけた
バックを気にしながら2,3回ロッドを振りフライをキャストする フライは思っていた所に一発で入りホッとしたその瞬間に岩陰から黒い影が走った、そしてライズ
「出た!」私は反射的にロッドを煽った 魚信が手に伝わってくる、それもデカイ 後ろで見ていたKが「大物ですよ、慎重にお願いします」言うので私は「もうまんたい!(無問題)」本当は心臓の鼓動はかなり高まっていた
岩魚はかなり暴れていて苦戦したが数分後無事私のネットの中に入った、見るとKの岩魚より少し大きいようで私は内心ホッとしていた 私はすぐに岩魚の口からフックを外し流れの中に戻した。
「先輩やりましたね」「あぁ」「次は僕がもっと大きいのを狙いますよ」と言うと餌箱からミミズを取り出し針に刺した 「K、これは大発見だな、ここは岩魚の楽園かもよ」「きっとそうですよ」
私はこの時岩魚の楽園を発見したと思っていた、しかしどうしたことかそれからパッタリと岩魚は姿を見せる事は無くなってしまったのだ 最初の2連続の釣果はいったいなんだったのだろうか。
2キロ程釣り上がった所で脱渓し林道を車へと歩き始めた
「残念でしたね」とK 「わるかったな 最初は大発見だと思ったんだが、やはり川沿いに林道もあるし釣人も多く入っているんだと思うよ」するとKが「いや僕は最初の岩魚でもう充分に満足していましたよ こうやって自然の中にいるのって良いですね、また釣りに誘って下さいよ」と言ったので「あぁ勿論さ、今度はもっと凄いところへ案内してやるよ」
”凄いところ”なんて所は知らなかったがついつい言ってしまった だがその後Kと多くの渓を釣り歩き本当に”凄いところ”を発見し、そして多くの岩魚に出会う事になったのである。
まぁ相変わらずKは餌釣り専門、私は何度もFFを勧めたがKは「日本人だからやっぱこれが一番すっよ!」と愛用のグラス竿を指差し笑った。
そんなKとの楽しい釣行が数年続いていたが、私にも彼女と言える人が出来同棲、そして結婚出産と忙しい日々が続きなかなかKと釣に行く機会がなくなってしまった
朝、会社で久しぶりに会ったKに「どうだ、行っているか?」と手で竿を振る仕草をすると「いや全然っすよ、先輩たまには付き合って下さいよ」とK
「おう!行くかS川なんてどうだ 私の感じではドデカイのいると思うんだが」と私が言うと「S川ですか 私も気になっていたんですよ、ぜひ行きましょう」と嬉しそうにKは言うと車に乗り込み仕事へと向かった。
それから数週間後の土曜の夜電話が鳴った、Kからだった 「どうです先輩、明日S川行きませんか?」と釣りへの誘いだった
だがその時私の娘が風邪を引いたらしく少し熱があったこともあり「わるいなK、娘が風邪で熱がある心配なので明日は行けそうにも無いな」と私も久しぶりの釣りなので少し残念ではあったが電話口でKにそう告げた
「いやいや、それは心配ですね娘さん大丈夫ですか?それじゃぁ釣りは先輩の都合の良い日にでも行きましょう」とK 私は「おう!デカイの一発狙いに行こうぜ」と次回の釣行の約束をして受話器を置いた。
しかしそれから数年Kからの電話も無く、私もなんとなくKへ釣の誘いの電話をする事は無かった 甘い?新婚生活、そして二人目の娘も出来たせいもあるかもしれない。
そんな時だった突然Kからの電話が鳴った 「先輩、明日付き合ってもらえませんか?」とK「付き合うってどこへ?」「S川です」「おうS川か、いや~悪かったな、約束してたのに行けなくて 勿論付き合うよ」「それじゃぁ明日4時に迎えに行きますんで」「4時な、わかった」と私は電話を切った
突然のKからの電話 そして電話越しからも窺えるKの寂しげな声に少し戸惑いはあったがすぐに釣りの準備を始めた。
午前二時札幌を出発し約二時間後私達はS川の林道奥にあるゲート前に車を止めた 空は明るみ夜が明けようとしていた。
つづく
同じ渓に行くと必ず大物ポイントが一つ二つあるものです、
そこに行く度に今日こそはと挑みますけど思うように釣れないですね。
その2、つづきはまだでしょうか。
ちょうど今日お仕事お休みになりましたので続きUP出来ました
私にも大岩魚を逃がした思い出の淵や滝壺が多くあります やはり一番の思い出の渓は故郷のあそこですね もう一度とは思いますが叶えるのは難しそうです