すっかりご無沙汰になってしまいました。
ただの風邪を侮ってはいけませんね。
すっかり寝込んでしまって、ようやく体調は戻りましたが
もう2月なんですね、、、
今年の1月はなんだか今までになく厳しかった気がする。
とは言え、ここ佐渡は同じ新潟県でも降雪量は少ないらしいのですが、
その分、氷点下の寒さには慣れてなくて、
あちこちの家で水道管の凍結や破裂による漏水があった為
何度か調整の為の断水がありました。
この寒い中、9日間も停電している場所もあり、加えてフェリーの欠航などで物流が止まったりで、自然の驚異を痛感しています。
でも、そんな時、ラジオからこの人の懐かしい歌声が。
似てるかな、、、浜田省吾さんです。
今日はこの絵の話をしたいと思います。
この季節になると、浜田省吾さんの「悲しみは雪のように」が
ラジオでよくかかります。
そしてこの一枚は私の絵の原点になった(と思う)作品です。
1998年10月25日
浜田省吾さんのコンサート(~ON THE ROADツアー2001~)が
ここ佐渡で開催されることになったのです。
浜田省吾さんと言えば、テレビにも出ないし、コンサートと言えば
大都市で大きな会場での開催ばかり。
「まさか、こんな田舎でコンサート?…うっそー!!」
私も含め誰もがこんな反応。全く信じていませんでしたが、
そのコンサートの運営に、たまたま役場勤めの友人が関わっていて、
「ステージで花束と何か…感謝の気持ちが伝わるようなプレゼントを渡したいので、、、彼の絵って描けたりする?」
という、これまた信じられない依頼が、私に降ってきたのです。
もし友人が担当じゃなかったら、
課にもうちょっと予算があったら…
多分、いや、絶対私になんかに頼まなかったでしょうし、
私もそんな大それた事、引き受けなかったと思います。
なぜなら、この頃の私は子育て真っ最中。絵を描く時間も心のゆとりも持てませんでした。
いくら友人の頼みでも、時間もないし、画材も持ってない、
何より人物…苦手だし。むしろ恥かかせるかも。
「あー絶対無理!やっぱり断ろう!」って決めていたのに
「最前列のチケットあげるからさ!」
この一言でコロっと落ちてしまいました。
大喜びしたのは省吾さんの大ファンの夫と、当時の職場の同僚たち。
最前列5枚と引き換えにこの絵を仕上げました。
納期は1週間。
佐渡には画材屋さんがないので国道沿いのTUTAYAさんに行って
色鉛筆とパステル、製図用ケント紙、ポスターカラーと額を買い求めて
家族が寝静まってから夜中に食卓テーブルで描きました。
画材に色鉛筆を選んだのは乾かす手間がかからないから。
パステルは粉にしてこするとエアブラシのような風合いを出すことができます。
資料となった写真は浜田省吾さんのファンクラブ(Road&Sky)の会員(だったの?)の友人が用意してくれました。
計画は無事成功。
お礼にと頂いた色紙です
そして
ギターのピックです。
今思い出すととんでもなく無謀なことをしてしまったのだと思います。
でも、あの頃、あの仲間たちとだったからできたこと。
絵を手渡ししたのが丁度この「悲しみは雪のように」の間奏の時だったので
この曲が流れると、どんなに寒い日でも顔がカッカしてきて、
息が詰まります。
今の方がもっとうまく描けるのになぁ
あ、でも今ならぜったい断るわ。
あ、でも描いちゃうかなぁ、、、
なんて自問自答が雪のように降り積もる夜です。