これから『シンクロニシティ』(偶然の一致)の話を書きますが、スピリチュアルととらえず、気軽に読んでくださいね。
あと、建物の説明が表現力なさすぎて、うまく書けずに冬の今となりました。実際は秋の始めの頃の話です。
大阪の大きい国道沿い(厳密には国道沿いは駐車場で、その横の細い道路を挟んだところ)に古い民芸調風の店舗の飲食店がありした。今は『焼肉』として有名な『民芸肉料理』のチェーン店の本店です。
けっこうな大きさの建物で、真正面に入口をそなえた藁葺きをイメージした大きな三角屋根のある3階立ての建物とその横に続く建物、その建物もまたその真横から見ると茅葺屋根風三角屋根というこだわり。
地方の昔からの建物を思わせる風貌で、和風・郷土・田舎っぽいというそんなイメージをすべて含めた雰囲気があるお店でした。
私が10代前半の頃にはすでに存在していたので、40年以上は前からあったと思います。その頃からも、昔話にでてきそうだなってそこを通るたび思うような建物です。
旅館だったら泊まってみたい気がするほど。
そこに建て替の旨を伝える張り紙がされているのを知ったのは、一年前くらいでしょうか。
そして秋の穏やかな日、その前を通ると、広い空間が出来ていて、すでに解体された後でした。
白い工事用の塀で囲まれていて、車両が通れるよう開いた間口から、撤去物すら跡形もなくきれいに整地され、作業員達が何やらしているのが見えます。
その様子を店舗前の細い道路から、年配の女性が立ち止まって、じっと見ていました。
よく目に付く、そしてどこか惹かれていた建物に、私は「写真に撮っておけばよかったな。」と軽い後悔の念に包まれたその時、
その間口で見ていたあの女性がスマホを取り出して写真を撮ったことには、大変驚きました。
「しかし私の撮りたかったのは、この殺風景じゃなく…」と誰にともなく私はツッコミを入れました。
きっとこの女性も在りし日のあの古風な建物を思い浮かべて、今の何もない光景を撮ったのでしょう。
そして、誰かに「あそこ、解体されてこんなになった」と、今はない昔の姿を思い出しながら画像を見せることでしょう。
見せられた方も、そこに建物は写っていないのに、建物の記憶をそこに重ね合わせます。
考えると不思議です。
それぞれの記憶の中の世界が思い浮かべられていて、各人それぞれがそこにいる状態。
同じ記憶であるかのように考えがちですが、似ているけれど、記憶の仕方・物の捕らえ方が違うので、微妙に、または大きく異なるのが記憶の世界だと思います。
記憶によって作られ、想いによって確固たるものになった世界。
人によって異なる世界。
それは、その人そのものの、その人だけの世界。
いわゆるパラレルワールド的な世界観で、人の数だけ世界があると思います。
それでも想いを同じ位置に馳せる事で、一緒にそこで存在することができると思います。
おのおの細部が違う光景で違っても。
もし私が写真を撮りたいと思った時、あの女性の心の世界と、私の心の世界が重なる瞬間があり、私はそれを『シンクロニシティ』というもので体験していた…としたら面白いですね。
抽象的な話になりましたが、最後までお読み頂きありがとうございました。