本日は、【無実】の【罪状】を着せられて【冤罪】で【殺害】された日です。

2020年01月28日 00時00分00秒 | 1937年 南京攻略...

本日は、1月28日は、

南京の中華門と雨花門の南の雨花台の【処刑場】で、第六師団長 谷寿御中将、同師団歩兵第45連隊中隊長 田中軍吉大尉、第16師団歩兵第9連隊 向井敏明少尉、同隊 野田毅少尉が、中国の南京軍事法廷で【無実】の【罪状】を着せられて【冤罪】で【殺害】された日である。

これを【国辱】【日本国民への侮辱】といわずして何を【侮辱】というのあろうか。

そもそも戦闘行為により【刀剣】での【戦闘による殺傷】は【合法】である。日本軍が当時用いていた三八式歩兵銃にも、銃剣を装着して戦闘を行っており、近接戦での攻撃に使用されている。
そして【競争】に関しても、本来【敵兵殺傷】に関しては何の問題ない。
実際の所、競争の成果を計測する人物も居無いし、記事を書いた記者と在っても居ない場所で会談して成果を語ったことなどを考えると【競争自体】があり得なかったことが分かり、向井氏は怪我療養中
戦後、月刊誌『中国』(昭和46年[1971年]12月号)に「追憶」という題で投稿された志々目彰という人物が書いた文章が今だに【根拠】として使われている。これは本多勝一氏が当時朝日新聞の昭和46年11月5日夕刊の連載記事で掲載したことによる。

引用《
占領した敵の塹壕にむかって『ニーライライ』とよびかけるとシナ兵はバカだから、ぞろぞろと出てこちらへやってくる。それを並ばせておいて片っぱしから斬る

という【鹵獲】した敗残兵への対応である。この描写には【民間人=非戦闘員】でもなく、本多勝一氏等のアカデミック(学術界)等の土下座強要派の【刷り替え】によるものであることが判る。
この記述は、火野葦平の『土と兵隊』に中に似た記述があるなど、志々目彰という人物への研究も進んでいるようである。(wikiの百人斬り参照
当然ながら【国際法】からは【非戦闘員】ないし【捕虜】殺害に対する行為は、【事由無く】の事であれば【陸戦法規違反】となり【相手方に鹵獲されれば】、現行犯ならば即刻【殺害対象】と成り得るのは確かである。
現行犯以外では例えば部隊が降伏の上武装解除後兵士の身分が解除されて捕虜であるならば又は【一般人】であるならば、少なくとも戦後米軍が行った日本軍のBC級を裁く為に開いた【横浜裁判】での東海軍/伊藤信男被疑者のように【捕虜か否か】【軍律は適法か】【調書の偽造はないか】【手続きの違法性は無いか】などの争点で争われるべきある。(実質的にはこのような横浜裁判も【法】としては、米軍や戦勝国の行為は【罪刑法定主義】を犯した【違法】状態であると考える。)
又【考慮】すべきものとして【非戦闘員】ないし【捕虜】殺害に関しても、国際法としては【例外】というものが在る。

①【非戦闘員】は、【兵士の資格が無い】にも拘わらず、【戦闘行為】又は【その補助】を行えば、【陸戦法規違反】であり、【捕虜と成り得る権利】が無いので、即刻【殺害・処刑】されても文句は言えない。

②【捕虜】が、敵軍の管理に【不服従】又は【反抗、逃走】を行えば、その【行為】に対して即時の【殺害・処刑】されても文句は言えない。

簡単に言うと①②の行為が例外行為であり。この事に該当すれば、【殺害・処刑】は日本軍の行為は【正当行為】による【合法】である。
土下座強要派の大学教授の吉田裕一橋大学名誉教授の著作物の判断にも、当時は、中国人による【ナショナリズム】の高揚による【抗日運動】が盛んで、【敵愾心の高まり】は【民間人】をしても同じで、【軍民】ともに【日本軍・日本国】への【敵対行動】が見られたと分析されておられる。

 

南京の前の上海戦では、【便衣隊】という【陸戦法規違反】のゲリラ攻撃も確認されており、兵士か非戦闘員かというそもそも軍民分離が為されない状態で【陸戦法規】という【条約】を無視した為、【条約保持形成】が為されなくなっていたという状況に陥りました。
その様な中で、【日本軍】のみがある程度の【陸戦法規】の【準用】を行ったというのが事実。


(出典:毎日グラフ The Mainichi Graphic 臨時増刊11/25 1965 P.10-11)

仮に南京攻略戦途上での【民間人】という【非戦闘員】への【殺傷】であっても、その【非戦闘員】が【戦闘行為】又は【準戦闘行為】を全く行っていなかったかどうか【不明】なのである以上は【百人斬り】ですら非道行為とは出来ないと云うことである。

しかも、ここで書かれたのは、野田少尉だけで、向井少尉については書かれておりません。そもそも【競争】そのものがなかったのであるし、田中軍吉氏に至っては、戦闘で使った300名を斬ったという荒唐無稽な話による刀の奉納だけで、【存在しない罪】に問われ殺害された。
どちらが【非道】か明確であると言えるであろうか。考えるまでもない。


【参考文献】



・稲田朋美著『百人斬り裁判から南京へ (文春新書)』 【Amazon】
・野田 毅著『南京「百人斬り競争」虚構の証明―野田毅獄中記と裁判記録全文公開』 【Amazon】
・毎日グラフ The Mainichi Graphic 臨時増刊11/25 1965 P.10-11
・火野葦平『土と兵隊』 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1256407

 

 

【参考サイト】



wiki 百人斬り競争 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E4%BA%BA%E6%96%AC%E3%82%8A%E7%AB%B6%E4%BA%89#cite_note-70



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