東京でカラヴァッジョ 日記

美術館訪問や書籍など

セガンティーニ≪悪しき母たち≫(名作を追う)

2014年05月18日 | 西洋美術・各国美術

犬養道子著『私のスイス』

 丸い帽子の美術館は、山の画家セガンティニの美術館である。
 スイスを深く愛したイタリア生まれの彼は日本ではあまり知られず(大原美術館蔵「アルプスの真昼」)、評価されない。おそらくクラシックな筆致によるものであろう。
 が、ひとたびアルプスの神秘を垣間見た者にとっては、彼こそは、画家である。
 アルプスの差しだすすべて ― 畏れ、憧れ、清冽さ、激しさ、類なき優しさ、大きさ、深さ、貧しさ、豊かさ、さみしさ、嬉しさ、そして無限にして偉大なるものの前に立つ、あまりに小さく、しかも山よりも大いなる意味を持つ人間存在への思い ― それらすべてを、描きつくしたのは彼である。
 何千回か足で歩いて実際に知った岩の肌を、雪のうねりを、氷の流れを、彼こそは絵筆に託した。

 キリスト教神秘思想に深く根差して生きたこの画家の、最終の大作は三部作である。「在る」、「成る」、「去る」。
 それが、三枚。それだけ、正面にかかげられるのが、丸帽子美術館なのである。

 三枚は、「見てすぐ帰る」絵ではない。見て、受けて、一時間二時間、味わう絵である。


 約10年間のスイス生活をもとに書かれた本書は、1982年の出版。
 名著と思っているが、現在のスイスとは相当違ってきているだろう。

 セガンティーニについても、1978年に回顧展があったばかりだし、印象派ほどではないにしろ戦前から紹介されてきたらしいし、「日本では評価されない」は言いすぎだろう。(揚げ足取り)

 セガンティーニ美術館は、エンガディン地方の高級リゾート地、1928年・1948年と2度冬季オリンピックが開催された町、サンモリッツにある。
 同美術館が所蔵する≪アルプス3部作 生・自然・死≫は、画家の畢生の大作であり、実質的な遺作でもある。
 2011年に損保ジャパン東郷青児美術館ほかで開催されたセガンティーニ展では、習作やパネルが展示された。
 一度実物を拝みたいが、絵の状態もあるのだろう、現地に行かないと見ることが叶わない作品のひとつである。


 ということで、画家の象徴主義作品の代表作の一つを。

 ≪悪しき母たち≫(1894年、国立オーストリア美術館蔵) 

 アルプスの画家というイメージから外れる、不思議な作品。
 悔悛者の魂を焼く煉獄の舞台を、酷寒の氷界に置いたということらしい。
 主題はさておき、その雪景色に強く惹かれる作品である。



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