高階秀爾『名画をみる眼』
レンブラント「フローラ」-明暗のなかの女神-
事実、レンブラントがここで描き出したのは、物語のなかの架空の女神ではなく、彼にとって最も親しかったふたりの女性である。(略)三点のフローラは、彼の妻サスキアを描いたものであり、このメトロポリタンのフローラは、彼の後半生の伴侶ヘンドリッキエ・ストッフェルスにほかならないのである。
このような家庭の事情を背後においてあらためて彼の四点のフローラ像を見てみると、そこに、レンブラントの生涯がそのまま反映されているのに気づく。
1630年代に描かれた最初の2点では、彼の最も華やかであった時代にふさわしく、サスキアは豪奢なドレスを身にまとって、何の不安も心配もない若妻の姿で描かれている。
そして、最後のこのヘンドリッキエを描いたフローラになると、表面的な華やかさはすっかり消え、女神は豪奢なドレスや花飾りによってではなく、深い内面的な人間性によって輝くのである。
上記では、エルミタージュ、ロンドン、ドレスデン、メトロポリタンと計4点の≪フローラ≫が取り上げられている。
そのうち2点と、フローラではないが同じ趣きの1点が来日し、見ることができた。
エルミタージュ美、1634年頃
1992年Bunkamuraザ・ミュージアム
「レンブラント展-彼と師と弟子たち」
カッセル美、1634年頃
1998年伊勢丹美術館
「レンブラントと巨匠たちの時代展-ドイツ・カッセル美術館秘蔵の名画コレクション」
メトロポリタン美、1657年頃
2012年東京都美術館
「メトロポリタン美術館展-大地、海、空-4000年の美への旅」
いずれも素晴らしい作品である。
特に思い入れが深いのは、エルミタージュ美のサスキア版≪フローラ≫。
展覧会巡りを始めた頃に出会い、たいへん気に入って、展覧会の特大ポスターを購入。長く部屋に貼っていたが、老朽化が進んだため、引越しを機に処分した。
カッセル美の≪横顔のサスキア≫は、「サスキアに逢える秋」というコピー効果か、当時話題を呼んだと思う。
カッセル美のレンブラントは相当充実しているよう。画集を見ていてもカッセル美の名前が頻繁に出てくる。
メトロポリタン美のヘンドリッキエ版≪フローラ≫は、展覧会のあの出品構成からして、よく来日してくれたものだと思う。
ヘンドリッキエをモデルとした作品といえば、ルーブル美の≪水浴するバシテバ≫が忘れられない。