影巫女の部屋

御朱印紹介や、趣味の小説を主に投稿していきます。

御朱印 日運寺

2023-03-30 14:00:00 | 御朱印

千葉県南房総市にある日運寺に行ってきました。

日運寺といえば『房総のアジサイ寺』として有名なところですね。

歴史

古くは勝栄坊と称する真言宗(天台宗とも)の堂宇で、文永11年11月5日、日蓮が鎌倉より小湊への帰路宿泊し、住職行然が難問抗論するが、日蓮が法華の真理を以って説いたことにより敬服し日蓮宗に改宗。

元亀2年(1571年)勝浦城主正木時通の子で僧の林清を中興開山とし、正木時通・頼忠兄弟が再興し、時通の法名より「勝栄山日運寺」とした。のちに徳川幕府より寺領13石の朱印地を給せられた。

こちらが日運寺の御朱印です。

紫陽花のスタンプがあってかわいいですね(⋈◍>◡<◍)。✧♡

日運寺の紫陽花は2万株あるそうで…たくさんの紫陽花が綺麗でした。

*参照したもの*

・Wikipedia

・房総タウン


御朱印 両親閣妙蓮寺

2023-03-27 14:45:00 | 御朱印

千葉県鴨川市にある両親閣妙蓮寺に行ってきました。

このお寺は日蓮聖人のご両親の墓所として建てられたそうです。

歴史

当寺は、日蓮聖人の両親のご廟所(墓所)です。聖人はご両親をとても大切にするお方でした。

建長五年(1253年)清澄寺のお山で立教開宗し、ここに聖人を祖とする日蓮宗が始まりましたが、山から降りた聖人は、第一に父母を教化し、父に「妙日」、母に「妙蓮」という法名を与えた後、自らを日蓮と名乗るようになりました。
今日では大孝根本(たいこうこんぽん)の霊跡と言われる親孝行のお寺です。

日蓮の父(正嘉2年(1258年)没)と母(文永4年(1267年)没)がともに葬られた地に、大本山誕生寺(3世)を引退した日蓮の弟子で中老僧の日静を開山に創建された。

このお寺は町中にひっそりと建つお寺で、参拝したとき町中にあるのにどこか物静かな印象でした。

*参照したもの*

Wikipedia

両親閣妙蓮寺 ホームページ


限定御朱印 誕生寺

2023-03-27 14:40:00 | 御朱印

以前紹介した誕生寺の限定御朱印です。

2021年に日蓮聖人の誕生800年を迎えた記念として限定御朱印をいただいてきました。

日蓮聖人のイラストは漫画家コンタロウさんが生誕800年のために書いたそうです。

☆コンタロウさんについて

1974年、大学在学中に『週刊少年ジャンプ』(集英社)のヤングジャンプ賞に『先生の日』が佳作入選。

翌年の1975年、同じく『週刊少年ジャンプ』にて開催された赤塚賞に、応募した作品『父帰る!!』が入選し、同作品が掲載された後、『友情学園』で連載デビューする。


御朱印 誕生寺

2023-03-27 14:35:00 | 御朱印

千葉県鴨川市にある誕生寺に行きました。

誕生寺を言えば、日蓮聖人ですよね。このお寺には日蓮聖人の幼き頃の像や、日蓮聖人がご誕生になった際、水が湧き出てその湧き水で体を洗ったとされる『誕生水』も有名ですよね。

歴史

聖人は幼名を善日麿といい12歳までこの地で暮らした。

文永元年(1264)聖人は母梅菊の病を祈願し蘇生させる。延命した母梅菊はそれを記念し、「菩薩荘厳堂」を創建。

その後直弟子日家上人が建治2年(1276)10月、聖人生家跡に一宇を建立し高光山日蓮誕生寺と称したのが当山の始まりである。

明応7年(1498)、元禄16年(1703)の2度の大地震、大津波の天災にあい、その後現在の地に移る。

26代日孝上人は水戸家の外護を得て七堂伽藍を再興し、小湊山誕生寺と改称す。しかし、宝暦8年(1758)の大火により仁王門を残し全山を焼失。49代日闡上人が弘化3年(1846)現在の祖師堂を再建し、当時関東随一と称された。
また、国守里見家、正木家より御朱印を賜る。

江戸時代の不受不施派(悲田宗)禁政のため幕命により天台宗に改宗するところだったが身延山が日蓮誕生地の由緒で貰いうけ一本山に格下げ(悲田宗張本寺の谷中感応寺、碑文谷法華寺は天台宗に改宗された。現谷中天王寺、碑文谷円融寺)。昭和21年大本山に復帰。

明治に入り大正天皇御幼少時、病弱の為病気平癒の御祈願を行った。その際、大正天皇の病気平癒の廟所が建立。
昭和から平成にかけて、50万人講を発願し諸堂を復興し、平成4年5月落慶式を行う。現在日蓮宗の大本山として全国信徒の参拝の地となっている。

誕生寺がある小湊地区は鯛が有名ですよね。天然記念物になっている鯛が入っていて、かわいらしいいかつ重みのある御朱印です。

なぜ、鯛がこんなにも有名なのか…それは日蓮聖人のご誕生と深いかかわりが……。

『日蓮聖人は、貞応元年(1222)2月16日、小湊片海の地に降誕した。

その時、庭先から泉が湧き出し産湯に使った「誕生水」

時ならぬ時に浜辺に青蓮華が咲いた「蓮華ケ渕」

海面に大小の鯛の群れが集まった「妙の浦」

という不思議な「三奇瑞」が伝えられている。』

この『三奇瑞』…とても考えられないことばかりですよね…。

話が変わって…2021年は日蓮聖人生誕800年という記念の年なんだそうです。

そのため生誕800年記念御朱印があるそうです。それはまた次回ご紹介しますね。

*参照したもの*

誕生寺 ホームページ

Wikipedia


御朱印 出雲大社(いすみ市)

2023-03-06 15:24:00 | 御朱印

今回は、前回の国吉神社でちらっと出てきた出雲大社です。

千葉県いすみ市にある出雲大社です。

出雲大社といえば島根県にある出雲大社が有名ですよね。

御神体

大国主命

歴史

出雲大社の本宮は島根県出雲大社町に鎮座し、大国主大神をお祀りしてある神社です。
大国主大神は、古事記・日本書紀等の神話の中で日本の国土を代表する葦原中国の主催者として語られており、天之冬衣神と刺国若比売の間に生まれた神様で、混乱していた我が国を平定し開拓を進められた神様です。

ところが、高天原の天照大神が遣わした使者の求めに応じて、国土の支配権を高天原に譲り渡して、自らは霊魂の逝く幽冥界の主宰進となった。また、神話「因幡の白兎」の中で語られているように医薬に通じ、苦しむ者を見捨てないで、生命の危機を救う神様としても語られています。
 
中世以降、大国主大神は大黒点(七福神の恵比寿大黒様)と習合し、福の神や縁結びの神としておおくの人々を惹きつけてきた。

十月を神無月と呼ぶのは全国の神々が出雲大社に集まり、留守となるためと云われており、出雲大社に集まった神々は、大国主大神の前で縁組の相談をするなどとも伝えられている。
今日では、縁結びの神、農耕の神、福徳、出世、開運の神として厚く信仰されている神社です。

実は、いすみの出雲大社は、島根の出雲大社から分祀された由緒正しい神社なのです。

関東では相模原とこのいすみの2箇所にしかないという貴重な神社なのです。

また、いすみの出雲大社の右隣には日御碕神社があります。(大元は島根県出雲市の日御碕に鎮座する神社です)
出雲大社の「祖神(おやがみ)さま」として崇敬を集めています。

国吉神社の案内看板を見て、出雲大社があることを知った影巫女は

「え!?出雲大社って島根県のあの…?!え?なんで?どういうこと??」

と内心パニックになってました。

後々、神主さんからお話を聞いたり文献を調べてみると……

『出雲大社で内紛があったとき、御領地だったいすみ市に避難されていた一派がいた。

その一派がいすみ市を大変気に入ったのだそう。
それで出雲に帰る時に怪力の大男を連れて帰って、相撲大会に出させたらその大男が優勝。

褒美として御神体をいくつかと神職2人をこのいすみ市に送ったので、この地に出雲大社が鎮座した。』

ということなのだそう。

なんとも不思議な縁ですね。

*参照したもの*

千葉県いすみ市苅谷鎮座 国吉神社・出雲大社上総教会 ホームページ
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