ヨハネの手紙1,2,3 解説 1
○
神は光
(1ヨハネ1:5-8)
「神は光であって,
神のうちには
暗いところが少しもない。
これが,
私たちがキリストから聞いて,
あなたがたに伝える知らせです。
もし私たちが,
神と交わりがあると
言っていながら,
しかもやみの中を歩んでいるなら,
私たちは偽りを
言っているのであって,
真理を行ってはいません。
しかし,
もし神が光の中におられるように,
私たちも光の中を歩んでいるなら,
私たちは互いに交わりを保ち,
御子イエスの血は
すべての罪から
私たちをきよめます。
もし,罪はないと言うなら,
私たちは自分を欺いており,
真理は
私たちのうちにありません。」
光の中を歩むことが,
神との交わりの
生活をすることです。
イエスの血(命)は,
わたしたちの罪からきよめます。
○
光の中に生きる,兄弟を愛する
(1ヨハネ2:9-11)
「光の中にいると言いながら,
兄弟を憎んでいる者は,
今もなお,
やみの中にいるのです。
兄弟を愛する者は,
光の中にとどまり,
つまずくことがありません。
兄弟を憎む者は,やみの中におり,
やみの中を歩んでいるのであって,
自分がどこへ行くのか
知らないのです。
やみが彼の目を
見えなくしたからです。」
イエス・キリストを信じる者は,
「兄弟を憎んでいる者」から
「兄弟を愛する者」にされます。
それは,
「やみの中」から
「光の中」に移されます。
○
世の欲
(1ヨハネ2:15-17)
「世をも,世にあるものをも,
愛してはなりません。
もしだれでも世を愛しているなら,
その人のうちに
御父を愛する愛はありません。
すべての世にあるもの,
すなわち,肉の欲,目の欲,
暮らし向きの自慢などは,
御父から出たものではなく,
この世から出たものだからです。
世と世の欲は滅び去ります。
しかし,神のみこころを行う者は,
いつまでもながらえます。」
「肉の欲,目の欲,
暮らし向きの自慢など」
は,この世のものです。
○
いのちを捨てる
(1ヨハネ3:16)
「キリストは,
私たちのために,
ご自分のいのちを
お捨てになりました。
それによって私たちに
愛がわかったのです。
ですから私たちは,
兄弟のために,
いのちを捨てるべきです。」
イエス・キリストの
十字架で示された愛に,
わたしたちがならいなさいと
言います。
○
神の愛
(1ヨハネ4:7-12)
「愛する者たち。
私たちは,
互いに愛し合いましょう。
愛は神から出ているのです。
愛のある者はみな神から生まれ,
神を知っています。
愛のない者に,神はわかりません。
なぜなら神は愛だからです。
神はそのひとり子を世に遣わし,
その方によって私たちに,
いのちを得させてくださいました。
ここに,
神の愛が私たちに示されたのです。
私たちが神を愛したのではなく,
神が私たちを愛し,
私たちの罪のために,
なだめの供え物としての御子を
遣わされました。
ここに愛があるのです。
愛する者たち。
神がこれほどまでに
私たちを愛してくださったのなら,
私たちもまた
互いに愛し合うべきです。
いまだかつて,
だれも神を見た者はありません。
もし私たちが互いに愛し合うなら,
神は私たちのうちにおられ,
神の愛が私たちのうちに
全うされるのです。」
互いに愛し合いなさいと言います。
それは,
神が示してくださっています。
○
兄弟を愛する
(1ヨハネ4:20)
「神を愛すると言いながら
兄弟を憎んでいるなら,
その人は偽り者です。
目に見える兄弟を
愛していない者に,
目に見えない神を
愛することはできません。」
兄弟を愛することが,
神を愛することになります。
○
互いに愛し合う
(2ヨハネ5)
「そこで夫人よ。
お願いしたいことがあります。
それは私が新しい命令を
書くのではなく,
初めから私たちが
持っていたものなのですが,
私たちが
互いに愛し合うということです。」
「互いに愛し合う」ということが,
神の命令であり,
2ヨハネの主題です。
○
真理を愛する
(3ヨハネ4)
「私の子どもたちが
真理に歩んでいることを
聞くことほど,
私にとって
大きな喜びはありません。」
私たちが真理を歩むことが,
喜びになります。
○
善を見ならう
(3ヨハネ11)
「愛する者よ。
悪を見ならわないで,
善を見ならいなさい。
善を行う者は神から出た者であり,
悪を行う者は
神を見たことのない者です。」
善を見習いなさいと勧めます。
悪を行う者は,
神を見たことのない者だと
言います。
2019.2.13