【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第1部 第2章~第3章)
第二章 理想への到達
〈神よりの賜もの〉
修道生活への召し出しは、神よりの特別の賜ものである。それを拒んだり、またのんきに、はいる時期を延ばすと、霊魂は大きな損害を受ける。だから、ある日、恵みのその時が来たら、霊魂は、神に従うか、従わないかを決定しなければならない。ピエリナは今まで両親によく従って待っていたが、今こそ、神の権利と、人間に対する義務との間に、すなわち、創造主と被造物の間に、選択を決しなければならなかった。今こそ神なる浄配に自分のすべてをささげなければならない。もう一刻の猶予もできなかった。
一九二四年夏のある日曜日、ピエリナはベンヤミーネをつれてワルサリチェへ行き、聖ヨハネ・ボスコ(ドン・ボスコ)の遺体のはいったガラスの棺を見学した。その棺には聖ヨハネ・ボスコの自筆のカードがはってあった。「多くの人は召されたが、暇がなかった。ピエリナがそれを見た瞬間、突然天からいなずまがひらめいたように、神の光が心の中にはいってきた。今こそ、雄々しく、修道院へはいる許可をうるよう努力しなければ、もはや恵みの時は再び来ないだろうと悟った。
翌日、友だちがある本を預ってくれと言った。ピエリナがその本を開くと、小さい聖テレジア(リジューの聖テレーズ)の「ある霊魂の記録」だった。夕食後、二階へ行って、街燈の光で読み始め、深い感動を受けた。「私はイエズスを愛したい。今までだれも愛さなかったほど、イエズスを愛したい。」ということばが最もピエリナの心を打った。突然ピエリナの霊魂の中に、甘美で落ち着いた平安が舞い降りた。手の中に顔をうずめ、心の中で強く召し出す神の呼びかけに聞き入った。ピエリナの生涯は、この「私はイエズスを熱く愛したい。今までだれも愛さなかったほど、イエズスを愛したい。」という主義に従って過ごされるのである。
しかし親たちにどうやって自分の決意を知らせたらよいのか? ピエリナは一生懸命祈り、小さい聖テレジアに対して九日間の信心を始めた。それが終った翌日、「扶助者の聖母会」の修院に行き、院長のことばを神のみ旨とみなしたいと考えた。院長はピエリナに向かい、落ち着いた、りんとした声で、来年の一月に入会するよう勧めた。ピエリナの心には新たな力がわき、覚悟はきまった。
その時からイエズスとの一致は、一段一段と深まり、暇さえあれば霊魂は深く神に沈んで、心の底から一心に「イエズスよ、あなたを愛します。」としみじみ繰り返し祈るのだった。「どうぞあなたのみ旨のままになさってください。どんな苦しみを与えてくださってもかまいません。私のための両親の悲しみも、私に譲ってください。どうぞ父母がわたしのために嘆き悲しむ姿を見せないでください。」それがピエリナの唯一の希望だった。
家の者に修道院へはいる決意を語る日を、一九二四年の諸聖人の大祝日ときめた。直接言う勇気がなかったので、手紙を書き、食後静かにテーブル掛けの下へ入れた。そしてベンヤミーネの公教要理のためでかけた。その時ピエリナの心はゲッセマニの園におけるイエズスのように、恐怖と寂しさにおののいていた。ベンヤミーネとできるだけ長くいて、家へ帰った。はじめて自分が家から追い出された者であるように感じた。母と妹たちはテレサの所へ行っていなかった。ピエリナのことを話しに行ったのだ。おそくなって帰ると、ピエリナにはひと言も声をかけず、まるで高い氷壁が間にきりたっているようだった。
数日後、皆がテーブルのまわりに集まった時、ピエリナの決心が父に知らされた。瞬間、父の心は打ちくだかれ、あまりの苦しさに死んだようになった。泣いた。母も泣いた。フランカも、アマリアも、そしてピエリナは? 顔を手の中に隠していたが、涙は一滴もこぼさなかった。神からその力を与えられたのだ。「そのお助けがなかったら苦しみのあまり死んだでしょう」とピエリナは書いている。
いよいよ別れの日が近づいた。修院へ持参するものを全部用意しなければならないのに、ピエリナはだれからも声をかけられず、話しかけることもできなかった。でも小さな妹のアマリアが仲介してくた。「ねえ、ピエリナちゃん、ママはね、今告解して来たのよ。そして神父様とピエリナちゃんのことを話して来たのよ。神父様は、修院にはいるのを許してあげなさいっておっしゃったって。ママから聞きましたよ。でも私があなたにしゃべったことだれにもいわないでね。みんなあなたに知らせたくないのよ。」「アマリアちゃん、お願い! ママにこういってちょうだい。必要な木綿を買っていただけないかって。早く用意しないと困るのよ。」
用意はすべてひそかに行なわれた。父が少しも見ないように、また直感しないように、木綿やその他必要なものをすべてととのえ、洋服も作った。ピエリナの親たちの犠牲は確かに大きいものだった。しかし神はそれに対して、より大きくお報いになったのである。
〈全くイエズスのもの〉
一九二五年一月二五日(日曜日)ピエリナはベンヤミーネと送別会をした。みんなはすみれの花をいっぱい持って来てくれた。それから手紙をくださいといって、便箋と鉛筆、ペン先をいっぱいくれた。ピエリナは、「いつでもあなたたちのためにお祈りします。」と約束して別れた。月曜日には、大きな女の子どもたちといっしょに、最後の共同聖体拝領をして、ほんとうの姉妹のように別れた。その日の午後三時を出発時間ときめた。ピエリナは最後の瞬間まで家のために働いた。父は娘との別れに耐えがたく、食事がすむとすぐ外出してしまった。母とテレサと共にワルドコまで汽車で行った。
今こそはじめて、ピエリナは志願者として修院の聖ひつの前にひざまずいていた。「イエズスよ、今ようやくまいりました。全くあなたのものです。今からは、世間を捨て、全くあなたのことだけ考え、あなたのためにだけ生き、『清さと愛の極致へ!』という理想に達するつもりです。」とピエリナは決意を申し上げた。
夕食の時、他の志願者たちと顔を合わせ、大喜びでその仲間にはいった。夕食後、院長は、「みなさん、おやすみなさい。さあベトローネさんをおかあさんのために泣くことができるようにひとりにさせてあげましょう。でもベトローネさん、涙も今は全くイエズスのものになりましたね。」ピエリナの涙が、底しれぬ幸福を喜ぶ涙であったことにだれも気づかなかった。
もはや「全くイエズスのもの」になったのだろうか?かわいそうなピエリナ!「全くイエズスのもの」になるには、どんなに大きな、多くの犠牲を要するかが、これから臨終までのピエリナの生涯によって明らかにされるのである。
〈喜びに満ちたスタート〉
しばらくの間、ピエリナは喜びに満ちていた。修院の門をくぐってから二日目、他の志願者たちと共にジャベノに行った。志願期にはいるためである。次の土曜、サレジオ会の院長リナルディ師の手から、志願者のメダイを受けた。その日のことを自伝に書いている。「イエズスよ、けさのご聖体拝領の時、あなたと私は契約を結びました。あなたは家の者のことやその他すべてのことを心配してください。私はただ夢中になって、あなたのことだけを思っております。」(ピエリナは文通が大好きだったので、手紙を書く機会を一度ものがさなかった。)
しかしピエリナの心のすべてはただイエズスにのみ、向かっていた。そのため、たびたび唱える射祷も、のばして「イエズス、あなたを愛します。もっともっと愛させてください。」としたが、このことばを唱えれば唱えるほど愛は燃えさかり、イエズスもまたその愛にこたえてくださることを感じた。そのころから、日増しに、からだが働いていても、精神は自由にイエズスを熱く愛することができるよう、単純な仕事を望むようになった。
また同時に、自分を忘れて人のために尽くす機会を、ひとつものがしたくないと、日増しに、望むようになった。これは、「あるご聖体拝領から次のご聖体拝領までの間、神と隣人に対する愛と犠牲の機会を、ひとつも怠らぬこと」という「愛の最も小さい道」のプログラムのために、イエズスご自身が準備させてくださったものである。友だちに喜んで手紙の代筆をしてやったり、また同じ食卓にいる新しい志願者たちに沈黙の終った時話しかけたりした。みんな大喜びで毎日急いで食事をすまして「早く話してください。」と願った。
夕食後の休憩時間もいつも清い喜びに満ちていた。その昔、聖ヨハネ・ボスコが歩いた外廊下を往き来したり、聖歌を歌ったりして、「聖ヨハネ・ボスコのように、自分もイエズスの教えを熱烈にのべ伝えたい。」と熱く望むのだった。
聖ヨハネ・ボスコの創立した修道院には、気高い家庭的精神がみなぎっていて、ピエリナはその精神をたいへん愛した。上長のかたがたと姉妹同志の愛の一致は非常に深く、ピエリナが初めのころ家へ出した手紙にはいつもそのことばかり書いた。完全に幸福だった。善徳を行なうことは非常にやさしく、ピエリナの霊魂の小舟は、順風を帆にうけて果てしない愛の海の波間をどんどん進んだ。
「いつでもこうでしょうか?」と日記の中で聞いている。否。善徳をうるためには、これからどんなに雄々しく犠牲と戦い、自己を抑制しなければならないだろう。「競技者は、規定にしたがって競わなければ冠を得ない。」(二テモテ2-5)イエズスに従う者は、自己を捨て、自分の十字架をになわねばならないのである。
いよいよピエリナも実際にイエズスにならうため、イエズスに導かれて完徳の冠をうるまでの激しい戦いにはいるのである。
第三章 精神的試練
〈発端〉
ピエリナが神から託された特別の使命は「愛」である。イエズスは「われ地上に火を放たんとして来たれり。その燃ゆるほかには何をか望まん。」(ルカ一二・四九)と言われたが、現代、その愛の火はだんだん消え、多くの人々の心は冷淡になっている。その原因のひとつは、残念ながら、イエズスに特別にささげられた司祭、修道者たちの多くが、そのとうとい召し出しに答えて、神と隣人に対する熱烈な愛に燃えず、世間的な生活にかられ、冷淡と罪の惰眠に陥っていることである。もちろん、聖職者たちのその罪の源は、信者の家庭の犠牲精神、信仰道徳生活の一般的低下に因を発している。それゆえイエズスは自ら特別に選びたもうた聖人によって、信者たちの心にも、聖職者たちの心にも、新たな愛の強烈な聖火を燃やしたいお考えである。その選びたもうた聖人とはピエリナであった。ピエリナは「愛の最も小さい道」を人々に示し、あらゆる世紀の小さい霊魂たちに「絶え間ない愛の祈りの軍旗のもとに集まれ! 私にならえ!」と呼びかける使命を託されていた。その目的を果たすため、これからピエリナは、愛のいけにえとなって、あらゆる試練に出会うのである。まず自分が模範となり、神に対するこの愛の道が、どれほど使徒職的に効果があるか、どれほど高い完徳へと霊魂を導くかを、示すのである。
ピエリナは活動的な修道生活を深く好んでいた。だが神のみ旨は、ピエリナがその愛する「扶助者の聖母会」の生活を犠牲にして、観想的な修道会の沈黙のうちに、その使命を果たすことにあった。それはピエリナにとって非常に大きな自己献身を要し、ある意味で精神的に死ぬようであった。だが一粒の麦は地に落ちて死なねばならなかった。その犠牲の死によって、新たな生命が芽ばえ、現代の人々の冷たくなった心が再びさかんに燃え上がって、イエズスの聖心のわざが復活するのである。
全世界の人々の神に対する信望愛の生活の良否は、大部分、司祭、修道者たちの神に対する愛の多少にかかっている。だがその神に特別にささげられた聖職者の中に、罪の暗やみに迷ったあわれな霊魂がいる。彼らをイエズスは、ピエリナの「兄弟姉妹」と名づけられたが、彼らが改心して新たな愛に燃え、イエズスの最も熱心な使徒になれば、無数の霊魂はイエズスへの愛に呼び起こされて、地の面は新たになるだろう。ピエリナは彼らの救霊と改心のために犠牲となり、彼らに代わって、心の暗やみと、言い表わせぬほどひどい精神的責め苦を忍ばねばならない。聖職を裏切り、高貴な位から深く堕落した彼らは、たびたび耐えられぬほど強い誘惑、苦しみ、失望、試練に責められ、心の地獄ともいうべき状態にいるので、彼らを助けるためには、自分が代わってそれらを耐え忍ぶべきである。彼らの迷いは、多くは、一方的に活動的生活のみ励み、沈黙、黙想、祈り、恵みをうるため必要な自制、忍耐を怠って、飲食の度を過ごしたり、世間的生活態度をとったり、つまり修道生活と正反対のことをすることから起こる。それでピエリナは自分の深く好む活動的使徒職を犠牲とし、絶え間ない愛の祈りによって間接的に、彼らの改心のため、イエズスに協力するのである。
だが、ピエリナはまだ自分の特別の使命と、神の特別のご指導の目的と意味を、全然知る由もなかった。そのため犠牲は大きく、試練はつらかったが、のちに「愛の最も小さい道」を示された時、ピエリナは、神がその子どもに、活動的使徒職を犠牲にさせたみ摂理の上智と御愛の深さを悟った。また晩年、イエズスは迷える聖職者の救霊と改心のため、ピエリナに向かって、生きている間に「兄弟姉妹」に代わり地獄の責め苦ともいうべき犠牲的生活をするよう要求されたが、その時すでに、その犠牲的生活のなんたるかを経験によって知っていたピエリナは、恐ろしいと思って泣きながらも、承諾するのである。犠牲の大きさを知りながら、喜んで、自由に承諾することにより、犠牲の恵みの効果は、無限に大きくなるだろう。そして迷える聖職者たちが改心して救霊をうるのみでなく、その召されたとうとい使命にこたえて、神と霊魂のため、英雄的に働くようになるだろう。のちに私たちは、神のピエリナに関するご計画の成就をみるのである。
〈貞潔の試練〉
ピエリナは修道生活にはいった最初の日、聖ひつの前で「清さと愛」を一心に請い願ったが、その清さと愛がどんなに大きな戦いと苦しみを通らねば達せられぬものかは、夢にも考えなかった。これまでのピエリナの貞潔は、自分が苦しんで獲得したものではなく、神から心へそそがれた徳にすぎず、また愛徳にしても、戦いに会ったことがなく、甘美な心から自然に流れ出たものだった。ピエリナが大聖人となり、特別な使命を達成するため、その清さと愛は試練の溶鉱炉で純粋に鍛えられねばならなかった。
先に、父が修道院へはいることを強く反対した時、ピエリナは精神的にも肉体的にも傷つけられて、心臓が弱くなったが、そのためいろいろなことを感じすぎるようになった。だから犯した罪や欠点についてくよくよ考えたり、なんでもかでも罪とみなした。また直情的で怒りっぽい激しい性格、あまりにも盲目的な完徳への熱望、人に心を打ち明けがたいこと、心戦に経験が浅いこと、などの弱点をめがけ、悪魔は非常に巧妙な工夫をこらして攻めよせてきた。神のおぼしめしによってその攻撃はだんだん強くなってゆくのである。
まず実際に犯した罪、あるいは罪であったと思った欠点などを思い出させ、くよくよさせることにより、悪魔の攻撃が始まった。ピエリナの心は混沌と濁ってきたので、敵に打ち勝つため、これまでの全生涯の総告白をしたいと思ったが、許されなかった。そのためたいへんな事態となった。これまで不潔な悪魔はただひとりであったのに、突然無数となり、一致してピエリナの想像力、五感、全存在に不潔物の洪水を浴びせ始めた。それについてピエリナは、「私のあわれな霊魂は、不潔な外套でしめつけられていた。」と書いている。
今や、天を仰いでも、地に目をふせても、聖ひつをあこがれ、ながめても、十字架に慰めを望んでも、不潔な想像は雲のようにわいて心を満たし、どうしていいのか全然わからなくなった。ご聖体拝領の時にも、貞潔をそこなう絵や思いが頭の中に浮かぶので、あまりの苦しさに、ある日、「イエズス、こんな汚い心であなたを拝領することができるでしょうか。心が全く清くなるまでみ前にまいりません。」と叫んだ。だが、「これほど弱いみじめな私が、イエズスなしではどうなったことでしょう。」やっぱりご聖体拝領はせずにはいられなかったし、どんな時にもご聖体拝領は大きな力の泉である。
ピエリナがどんなに完全な清さを望んでも、それは一朝一夕で達せられるものではなく、長い忍耐強い心戦を要し、誘惑によって貞潔の徳は弱められるどころか、かえって強められるのである。それを知らなかったピエリナは、非常に苦しんだが、イエズスはピエリナを完徳と使命の頂へ導くため、その責め苦を除きたまわなかった。ピエリナは「臆病のため、またひとつのきびしいことばによって全然信用できなくなって」聴罪司祭にひと言もこれらのことを打ち明けなかった。今や修道生活の喜びは消え、心は苦痛に圧迫され、深い暗やみに落ち込んでいった。
〈愛徳の試練〉
心の暗やみはだんだんと暗さを増し、貞潔の試練のうえに、更に、神に対する愛徳の試練が加わった。次第に、心の中の光は消えていって、甘美さは失われ、愛の祈りを唱えても、氷った心から出る祈りには神が全然答えたまわぬ恐ろしい冷遇の思いを経験した。「イエズスは、次第に私の霊魂から引き上げ、もはやイエズスを感じないために、心は非常に苦しみました。」霊的生活の本質と、その発達の過程を知らなかったピエリナの心は、混乱していた。これまでイエズスがいろいろな心尽くしを見せてくださった間は、自分を愛してくださると信じられたが、今イエズスが姿を隠すと、その愛はなくなったのだと確信するようになった。この試練はもっと増し加えられ、神から全く捨てられたという感じが強くなっていった。もちろん、神はピエリナを全く捨てたもうたのではなく、あらゆる苦しみの中で最も苦しいこの責め苦によって、御あわれみの愛のご計画を実行したいおぼしめしであった。
「……神は、私に召し出しの恵みを与え、その召し出しは多くの苦しみによって生まれ、成長したのに、突然私の心から姿をお隠しになりました。この地上で神を失うほど大きい災いがありましょうか。私はこの最大の困難を味わい、心のうえにことばで言い表わせぬ悲しみがおしよせ、いつも圧迫するのを感じました。そして長い、何ヶ月かの間黙々と苦しみました。神に捨てられたと感ずることは、何にもまして最も恐ろしい苦しみです。十何年間も神は私の心の唯一の喜びであったのに。私は神に飢えかわき、どうぞ助けてくださるように、神に強く訴えました。全然慰めのない、空洞のような悲しい心をいだいて、私は子どもたちの洗濯物を分配しに寝室へ行くのに、あちこち迷ったり、修院の近くで働いている百姓たちを、きっとあの人たちは神から愛を惜しみなく与えられ、天国も用意されているのだ、とうらやんだりしました。ただ泣くことよりほか何もできませんでした。私の精神状態は、もはや回復の見込みのないほど混乱し、神に対する侮辱とさえなってきました。あなたが存在なさらず、あなたが私を愛してくださらないならば、戦ってもなんの役にたつでしょう? ある日非常に恥ずかしい仕事を命ぜられ、隠れていたいと思いました。たとえどんなに恥ずかしい仕事をしながら全生涯隠れて働いても、もし心の中に神を有し、その神にあなたを愛しますということができるならば、ほんとうにどんなに幸福でしょう。しかしその時心は暗やみに閉ざされ、すべての善は消えて、善への希望と励ましを感ぜず、神の御恵みの勧めも聞けませんでしたから、その仕事をすることはどんなにつらかったでしょう。」
どうして愛する院長に心を打ち明けなかったのだろうか? ピエリナの答えを聞こう。「イエズスがそれを許さなかったと確信しています。何度も行こうと思ったのですが、いつも最後の瞬間に、意外な妨げがはいって、行けませんでした。」
〈家へ帰る〉
もはや、精神の混乱状態はどうにもならぬほどひどくなり、愛する修道院にとどまることは不可能になってきた。だれもピエリナのひどい不安と戦いを理解することができず、またその治療法も知らなかった。自分で、家へ帰ることに決定して、その許可を願った。まず妥協策として、トリノ市の本修道院へ行くよう命ぜられた。そこのサレジオ会書記長だったカロジェロ・グスマノ師は、他の人々よりもピエリナの霊的生活を理解することができ、助けようと努力したが、神のみ摂理によって成功できなかった。隣人愛と忍耐に満ちたこの非常に熱心な司祭は、ピエリナがその使命に達することができるようにとイエズスのとうとい聖心に自分を犠牲としてささげた。その犠牲は神によって受け入れられ、のちにピエリナの使命の成就となって結実するのである。ピエリナは、その使命に従って、他の道、すなわち活動的修道院から観想的修道院へ移るが、グスマノ師の死後も、この二人の霊的一致が続くことがあとで明らかとなる。ピエリナは一九二五年一月二六日志願者となったが、翌一九二六年四月十七日(日曜)家へ帰った。
〈勝利を得るための武器〉
ピエリナが家へ帰ってから、カプチン会へはいるまでの三年間、「人間が耐えることができるすべての苦しみ」を忍んだ。新たにイエズスを見いだすため、生涯の終わりまで、痛悔女の修道院にはいって、恥辱の極致を生きることも覚悟した。
だが勝利をうるための武器はしっかりつかんでいた。祈りである。祈ることを決してやめず、祈りによって、不思議にも、少しずつ、やがて完全に敵の力を粉砕することができたのである。「私は神に飢えかわいて、ご聖体のうちに神を捜し求めました。もうご聖体拝領はしませんでしたが、ごミサには参加しました。聖変化で司祭がご聖体を挙げると、仰いで祈り、カリスを挙げると、神の御血よ、私を清めてくださいとひれふして祈りました。……とうといロザリオも毎日唱えました。」
自分の祈りよりも、他の人、特にまたもどってきた教会の無邪気なベンヤミーネの祈りにより頼んだ。「私はベンヤミーネに初聖体の準備をさせながら、その清い無邪気な祈りによって、イエズスの聖心から御恵みをいただきたいと熱望していました。その中のひとりは他の子どもたちよりも根本的に準備させる必要があったので、家へつれて帰って、イエズス様を愛することを教えました。ある晩その子が私に言いました。『ゆうべ眠れなかったので、何度も、イエズス様、あなたが大好きですとお祈りしたの。そしたら、ほんとに、イエズス様が私の心の中へいらしたの。私とってもうれしかったわ。』」
ピエリナは祈りに隣人愛を加えることを忘れなかった。周囲の人々を、優しく気高い真心をもって愛し、特に貧乏な人を熱く愛した。何かの手伝いや施しを頼まれると、断わることが全然できなかった。「すべてを与えること」がその理想であり、モットーだった。自分の改心の御恵みをこの方法によって得たいと願っていた。「私に施しをもらいに来た貧乏な人に、一度も断わったことがありませんでした。」
〈暗やみにかかわらず〉
心の暗やみにもかかわらず、隣人に対して、ていねいに、心の優しさと愛の限りを尽くし、自分の義務を完全に忠実に果たし、聖化の努力をやめなかったピエリナは、相変わらず、全く神のみに身を捧げる熱望を持っていた。その暗やみが、神からの試練であって、ピエリナの犯した罪の罰ではないこと、また自分はご聖体拝領もできない者と感じていたが、実際は、神の御目には全然別のものであったことなど、まだ悟らなかった。だから、だれにも自分の苦しい暗やみについて打ち明けることもできなかった。しかし神のみは、ピエリナの心の殉教の証人であり、その涙と犠牲を、忘れずにひとつ残らず集めて、ピエリナを守りたもうたのである。
見よ、ピエリナの心のまっ暗やみを破って、最初の光線が一条射し込んだ。自分の心をあれほど強く地獄へ引っぱろうとした悪魔たちに一度も負けなかったという事実を、突然悟ることができたことが、大きな慰めを得るもととなった。神は何か他のご計画をもっていらっしゃるのではなかろうか。神のみ旨のままに、どんな道でも雄々しく進もうと決心した。
自分の熱望に応じて、再び修道院へはいることにした。しかしどの修道院を選べばよいか。ピエリナは「扶助者の聖母会」に熱くあこがれ、そこを深く愛していたが、まだ心の試練が続いているのに、再び新たに入会許可をうることができようか。神のみ摂理によって、霊的生活について経験の深い年とったある修道院長に会うことができた。ピエリナのむずかしい問題を聞いて、まずよく祈ったうえで返事をすると約束した。その返事はカプチン修道会にはいることであった。それはボルゴ・ポ・コルソ・カッサーレにあった。そこでピエリナはその修道院を訪れ、院長と相談して、試験的に入会許可をもらった。そして一九二九年四月十七日、当時の聖ヨゼフの祝日に入会した。それはちょうど三年前に家へもどったと同じ月と日であった。「その定められた時刻に、自動車でカプチン修道院に到着しました。いっしょに行ってくれたフランカに口づけして別れ、修道院の呼鈴を鳴らしました。すぐに戸が開き修院の中にはいると、院長様は私を迎えて抱擁してくださいました。しかしカプチン会の修院には私をひきつけるものは何ひとつなく、私の自己献身は完全でした。」かくてピエリナは神のみ旨に従うため、自分の愛する活動的修道生活を犠牲にして、観想的修道生活にはいったのである。
〈試練の終わり〉
今やカプチン会にはいって、長い苦しい試練がついに終わるかと思えば、決してそうではなかった。引き続き試練は以前よりますます力を加えてピエリナにくだった。神がピエリナの上にひどい責め苦を下せば下すほど、ピエリナはその苦しみを新たな愛のいけにえとして神にささげた。そして神がそのいけにえを受け入れなければいれないほど、新たな愛をふりしぼって、またその苦しみをささげた。このように神なる大司祭イエズス・キリストと、そのいけにえなるピエリナの間に神秘的崇高な愛の競争が行なわれ、ついに試練は極致に達した。もしそれ以上の試練が下れば、どんな人間でも絶望してしまうほかなかっただろう。
志願者の心の困難によく気がつく修練長は、ある晩、ピエリナを自分のへやにつれていって、母の愛の心で話しかけた。ピエリナはすっかり信用して、心を打ち明けた。そして二人はともども涙にむせんだ。ひとりは同情のあまり、もうひとりは苦しみのあまり。修練長は、「小さいテレジアへの九日間の祈りをいたしましょう。」という結論を出した。それについて自伝に書いている。
「一九二九年五月八日、昼ごろ、私たちはポンペイの聖母に対する信心のために、聖堂にまいりました。連祷の中のひとつの呼びかけ『すべての恵みの分配者なる聖マリア』という偉大な教義を表わすことばが、強く私の心をうちました。そして新しい希望が心に満ち、熱心に祈りました。その時、示現がありました! 私は聖ヨゼフが幼児イエズスを抱いて天からお降りになるのを『知的に直観』しました。そしてだれかが心に話しかけるのを聞きました。それは誘惑者の蜜のように甘いことばではなく、私の守護の天使の声のようでした。しかしもしまちがえてだまされることを恐れて、その声に耳をかしませんでした。その声は『善徳の花を集めなさい。』といっていました。
その日はちょうど聖テレジアへの九日間の祈りの最後の日でした。善徳の花を集める機会がいっぱいあったので、その晩八時ごろ自分のへやにもどると、一日集めた花を、十字架のもとに愛をこめておきました。突然見えない御かたが私のそばに近寄りたもうという印象をうけました。同時にその御かたを愛したいという新しい、激しい望みがわき起こりました。私はベッドの上にひざまずき、犯した罪について完全な痛悔を起こすように努力しました。そういたしますと神からの光が心にはいってきて、心の暗やみはだんだん追い払われていくではありませんか。そして光の射し込むほうにイエズス様が待っておられるのを見ました。それは心の目で見たのか、ほんとうの目で見たのかはっきりわかりませんが、確かにイエズスだったということをはっきり知っております。だんだん暗やみが消え失せるにつれ、光とともにイエズスは近づいておいでになり、私のそばに立って罪のゆるしを与えてくださいました。私はイエズスに勧められて愛のいけにえとして自分をおささげいたしました。その時とうといイエズスは、私の心の所有者として、私の心を新たに占領なさいました。それからどうなさったかわかりませんが、突然イエズスは見えなくなりました。けれどもイエズスを自分のうちに感じて、私は無限に大きな喜びの海に沈んでおりました。
真夜中朝課にまいりました。けれどもその時間は厳沈黙の時間でしたから、修練長様に何も申し上げませんでした。翌朝のご聖体拝領の時、前のような心の甘美さを、再び感ずるかと思いましたが、その感じは少しもなく、その代わりイエズスが確かに私のうちにおられること、そしてその御声を直感しておりました。
以前は善徳をただ善徳そのものとして愛していたのみでありましたが、今からは、英雄的な自己犠牲という高い値を払って、何がなんでもその善徳を獲得しなければなりません。私の霊魂の中のすべてを、新たに形造らねばなりません。」
〈新たに形造る〉
「新たに形造る」ということばは深い意味を含んでいる。今までピエリナは、変わりやすい感情に基づいて信心を行なっていたが、残酷な試練によって、ピエリナの心は非常に発達し、もはや心の甘美さなしに、根気強く善徳を実行することができ、その信心は、常に燃える愛の堅固な土台に立つことになった。だから試練は全くむだではなかった。それは神のご計画に従って、ピエリナの使命の準備をさせたばかりではなく、使命を果たすためにも重大な役割を果たしたのである。
これからしばらくの間ピエリナはイエズスの御声を聞くが、それは全く「愛の最も小さい道」のメッセージをいただいて、人々に伝えるためのみで、それほどとうとい賜ものをいただいても、やっぱり、いつも変わらず、善徳をうるために、言うに言われぬ苦しい努力を重ねなければならなかった。のちにこの賜ものはなくなり、ただ信仰だけに導かれて歩み、準備の時と同じような激しい試練を受けるが、その時にはもはや心の平安を失うことなく、前よりも完全に神の御恵みにこたえ、急速度に愛徳は増して、ついに完全な愛の頂上に達し、いつまでもその状態を保つのである。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます